座禅、瞑想には数多くのやり方がありますが、どのやり方を行うといいか迷ってしまうところがあります。
 それらは、それぞれの目的や効果があると思いますが、やり方を一つに決めてしまうと、心身がそれで固定化して、柔軟性を失ってしまう、ということもあると思います。
 さらに、方法によって異なることを勧めている場合もあるし、間違ったことを教えられているかもしれません。

 例えば、ある方法の座り方では右足が上にくるが、別のやり方だと左足を上にした方がいい、と教えたりします。
 この場合どちらが正しいのか、またはどちらでもいいのかはハッキリしません。
 でも、もしこれに関する正しい答えがあったとしたら、間違った方を教えられていた人はだいぶ損をしてしまうことになります。(私としてはその時々で楽な組み方をすればいい、と思ってます)
 だから、こうしなさいと教えられた方法でも間違っていたり、自分に合ってないことがあるかもしれないから、実際に効果があるか自ら確かめてみる態度が必要でしょう。



 前回の記事で無努力静功という私なりのやり方の説明をしました。
 それは座禅、瞑想を行うときに要求される姿勢、呼吸などの決まり事なしにただ座り、自らに起きることをそのままにさせることによって心身を整える方法です。
 制約なしに座っていると、体を整えるための動きである自発動などいろいろなことが起きるのですが、何が起きるかは毎日異なります。
 それは体の歪みが複雑だからということや、人は毎日変化しているので、静功を通して心身が要求することも変わるからだと思います。
 こうやって日々変化しているものに対して、姿勢とか呼吸、何らかの方法といった決まったものを押し付けるのは、心身を一定の型に固めてしまうように思えます。



 無努力静功中の体の落ち着きのない動きは、自発動につながりますが、この時よく動かしたくなるのは手や首です。
 手いたずらや首を動かすのは、それだけそこに歪みが多くあるということだと思います。
 ほかにも口や眼を動かしたくなる時もあります。
 これらの動きは、体の好きなように動くままにさせていると、だんだんその動きが少なくなってきます。
 動きが減るのは、その箇所が整ってきているからだと考えています。
 以前、私は手や口をせわしなく動かしていましたが、今は昔のように動くことはありません。
 そして、よく動かしていた当時は顎の歪みがひどくて、軽い顎関節症のような症状があったことがありましたが、口の自発動をしているうちによくなりました。



 私は、無努力静功を行うのが、心身を整えるための簡単で良い方法だと思うので、決まり事なく座るのを是非お勧めしたいのですが、ずっとこれをやっているとたまに飽きてくることもあります。
 そこで座っていたい気持ちはあるけど、何もしないでいるのも嫌だなと思った時に、気分転換的に行う方法を少し紹介したいと思います。
 今まで決まり事がないほうがいいと言ってきたのに、とツッコミを入れられそうですが、これらは努めてやるということでなく、気が向いたら遊び感覚で試してみてくださいというものなので参考にしてみてください。



 座っているとき、削ってない新しい鉛筆やそれくらいの長さの棒を用意して、その両端を手のひらの真ん中にあてて、はさんでみます。
 こうすると、両手のポジションがいいのか、気が出入りするとされる手のひらの労宮穴を鉛筆でつなぐので気の循環が起きているのか分かりませんが、頭によぎる考えが少なくなったり、自発動が起きやすくなったりします。


 禅や瞑想でよく行われる呼吸を観察するという方法はたまにやりたくなります。
 呼吸をコントロールするのではなく、自らの自然な呼吸をそのままに観察します。
 息が左右どちらの鼻の穴をよく通っているかとか、どれくらいの強さで呼吸しているかなど、ふだん意識しない自分の息の仕方を見ていると、呼吸が穏やかになり、心が落ち着いてきます。
 人は考え事を始めると呼吸が乱れてくるといわれていますが、呼吸をじっと観察していると滑らかになっていくので、頭の中で余計な考えが浮かばなくなっていくのでしょう。
 あと、呼吸を数えるという方法も、よく行われるものですが興味深いと思います。


 ヨガの瞑想の本で、座りながら目を閉じ、まぶたの裏側を見つめる感じで目に映る暗さを見ると良い、というのを読んだことがありますが、これもかなり面白いです。
 目を閉じればただ暗いだけで何も見えないと考える人が多いでしょうが、よく見てみるとその暗さの中にチラチラするもやのような光があったり、ぼんやりした形が出てきてそれが変化したりとさまざまなものが見えます。
 こうやってその暗さを見ていると、日常的な意識から離れていく感じがします。
 それらのものを見続けていると、次第に光が集まって一つに見えてきたりするそうなのですが、私はたまにやるだけなので、そこまでいったことはありません。


 座りながら周りに聞こえる音をすべて聞く。
 頭の中で考え事をしていると、ふだん気づかない私たちの周りのすべての音を聞くことは出来ません。
 だから、こうして音をすべて聞こうとすると、脳の中のおしゃべりが少なくなり、自然と心が静かになっていきます。


 座りながら丹田を意識する意守丹田法。
 丹田の位置は臍の下3センチ、または10センチのところの奥とか、臍から体の内部へ入ったあたりなどいろいろな説がありますが、その下腹部の辺で一番体に力の湧く感覚の起きるところを意識するのがいいと思います。
 丹田は古来から重要視されるだけあって、ここを意識していると体に力が入る感じがします。
 丹田の他には会陰(肛門の少し前)なんかも意識すると気が発生する場所とされています。
 また、足裏の中心のツボ・湧泉や脊椎の真ん中、眉間など、意識すると良いとされるところはいくつかありますが、やり過ぎると気分が悪くなることもあるので注意して行います。


 最後にちょっと変わったものとして、ティッシュをちぎって軽く丸め、それを耳の穴に詰めて座るという方法があります。
 こうやって静かにしていると、耳の中が動いてティッシュがガサガサと鳴るのに気づきます。
 これは脳脊髄液の循環を促すための頭蓋骨の動きではないかと私は思っています。
(たくさんの骨が組合わさった頭蓋骨は動くようにできている)

 この動きは微妙なので、ふだん私たちは意識してませんが、耳に詰めたティッシュの感触のせいでその小さな動きに気づきやすくなります。
 脳脊髄液は、頭蓋骨と背骨の中にあって、脳と脊髄を衝撃から守る役割をしています。
 そして、頭蓋骨の動きなどによって頭→背骨→仙骨と循環して、脳と脊髄に栄養を運び、老廃物や毒素を取り除く働きもしますが、これはホメオスタシス・体の機能維持に大きく関係しているそうです。
 この循環がうまく行われないと、体の不調の原因になるとされています。

 脳脊髄液の流れを良くするために頭蓋骨を調整する療法(クレニオセイクラルセラピー)もありますが、呼吸を観察しているとだんだん穏やかに整ってくるように、ティッシュの音で気づく頭蓋骨の動きを観察しているとこの動きが自然に促され、少しずつ頭と背骨の歪みが整っていくのではないかと考えています。
 私の場合、頭蓋骨のバランスが悪いからだろうけど、音が聞こえてくるのはほぼ左耳です。
 おそらく両耳の中が同じように動くのが理想的なのでしょうが、そうなるためにはこの動きをじっと見て、好きなようにさせるのが必要だと思います。
 耳の中のゴソゴソという音を聞いていると不思議と心が静かになってくるから、この時には頭蓋骨のポンプが滞りなく働いて脳脊髄液が良く流れているのではないかと感じています。

 と、もっともらしく説明をしてきましたが、この脳脊髄液の話は私の仮説です。
 でも実際にティッシュの動きを意識すると体が整ったり、余計な考えが起きなくなるのを私は経験するので、興味を持たれた方は一度試してみて下さい。

プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
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