健康な生活を送るために食事が果たす役割の大きさはどれくらいでしょうか。私達の毎日の食事がどういったものなのか、またどのように食べるのかは、毎日の積み重ねとして必ず自らの体に反映されます。口にする食べ物は私達の体の材料になるものだから、その食べ物がどういったものなのかのある程度の知識は必要ですし、また食べ方にも知っておけば役に立つこともあります。
誰でも毎日否応なく食事するのだから、それをちょっとした工夫と知識で良いものにすれば、食事は睡眠と並ぶ無努力の健康法になります。
そして、これから無努力食生活というタイトルの記事で時折、私が食事に関して心がけている事を書いていきたいと思います。いろいろな事柄があるので、知られているものも多いですが参考にしてみて下さい。

健康法は興味を持ったら、試すつもりでやるのが大切ではないでしょうか。どんなに人が良いと言う方法でも正しくない事もあるし、その人に合わない事もあります。だから試しにやってみて、体にどういった変化があるのか観察してみて、何らかの効果があったものを続けるのが良いやり方だと思います。変化の無いもの、頑張らないと出来ないものを続けるのはストレスになって逆効果です。
これから書いていく食に関する記事が、生きるのに必ず必要な食を憂いや悩みではなく、喜びの源にするための助けに少しでもなれれば幸いです。

私の昔からの食に関するモットーは『好きなものを、好きな時に、好きなだけ食べる」でした。なので、今まで体に良いから嫌々食べるとか、食べたいけど太っるから健康に良くないからと我慢するということをほとんどした事がありません。理由は簡単で我慢するとストレスになるからです。
食事は本来リラックスさせる行為のはずですが、あれはいけない、こうしなくちゃと常に考えていると、ストレスを解消させるはずの食事が逆にストレスを作る元になってしまいます。
そのストレスがたくさん溜まると、ダイエット中ならこらえきれなくなり逆にたくさん食べてリバウンドしてしまったり、何か健康的と言えないストレス発散をしなければならなくなったりしがちではないでしょうか。
そういう楽しくない結果を招く位なら、初めからストレスのたまらない食べたいものを食べる食事をした方がいいと私は考えてきました。
食べることの我慢から来るストレスは人間の根源的な欲求である食を楽しめなくさせるます。このストレスは思っているより大きく、人生全般に悪影響を与えかねないと私は思っています。
スタイルや健康といった頭の考えで、食べるという本能を後ろめたい目で見て抑制すると、押さえつけられた本能は必ず何らかの形で暴発します。私達の思考と本能ではその深さ、エネルギーの大きさが違うので、本能を抑える行為は失敗に終わる事が多いでしょう。
そうはいっても本能のおもむくままに食べれば絶対に甘いものカロリーの高いものをたくさん食べて太り、最終的には病気になってしまうのだから我慢は必要だと多くの人は考えます。しかし、本能はそれほど愚かで私達を破滅に導くようなものなのでしょうか。

このことに触れる前に、食べることに関するもう一つの大きな問題を先に指摘させてもらいたいと思います。それはストレス食いと呼ばれるストレスを解消するための食べ方についてです。
先ほど述べたのは食に対する抑制から起きるストレスでしたが、ここでのストレスは食に関係ない事での一般的なストレスです。
これは嫌な事があってストレスを受けた時に、ウサを晴らすためにやる誰もが経験したことがある食べ方だと思います。多少体に負担がかかっても、たくさん食べたり、飲んだりしてストレスが解消されればたまになら悪くありません。しかし、このストレス解消のための食べ方が日常化している場合には注意が必要でしょう。確かにこの状態で好きなように食べたら、肥満や病気になってしまいます。
ですからこれは好きなように食べるうんぬんの話ではなく、原因となっているストレスを取り除くのが先決です。
そして、この食べる事でストレスを解消している時に、食べすぎだと反省し食欲を抑制すると、ストレスが倍加してさらに悪い状態になってしまいますので気をつけましょう。
食べ方が異常になっているような場合は、その原因になっている強いストレス(気づかないでいるものもある)に向き合うのが一番の解決策です。

(次回へ続く)

(前回からの続き)

それでは本能はそれほど愚かなものかという話に戻ります。
私は前回に言った二つのストレス、食に対する抑制によるものと、一般的なもの、これらが少ない場合には好きなものを気の向くままに食べたとしてもそれほど悪い結果を招かないと思います。
ここで本能に従った方が良いという例として、フィンランドで行われた調査を紹介します。
これは循環器の疾患の危険性がある人を二つのグループに分けて、一方には定期的な健康診断と投薬治療を行い、もう一方には健康指導を行わずに好きなように生活させるというものでした。15年後にこの二つのグループを比較すると健康指導を受けたグループの方が死亡率が高かったというものです。
病気を気にしてストレスを感じながら節制するよりも、好きなように生活してストレスを解消した方が長生きできるのではという結果を示した有名な調査です。
また野生動物は健康情報など気にせずに本能のまま食べ、人間が及びもつかない強い生命力を発揮します。本来は人間も動物なのだから本能に従って食べれば健康でいられるはずですが、食生活の変化、社会の影響、ストレスなどによって健康に生きるための本能が損なわれ、私たちの食に対する悩みが生じて来ています。
気候、風土に合った伝統食(日本でいえば和食)が人間の本能にかなった食といえると思います。伝統食の中にある私たちの先祖が科学的知識もない中で作り上げてきた知恵には、動物の本能の確かさに感じるのと同じような驚きを覚えます。しかし、そういった本能に基づいていた日本の食も現代ではおかしな姿に変わってしまいました。

しかし、その損なわれた本能を回復させるためには、やはり本能に従うしかないと私は思います。人間の知識なんかより深い知恵を持つ本能は自身を健康に戻す術を知っているはずです。
例えば異常なストレス食いなども考え方によっては、強いストレスを解消できないために本能が体を壊させることによって、ストレス状態から逃げられるように仕組んでいるとも考えられます。
あまり良いものと言えず止められない偏った食習慣があったとしても、体が強く欲しているのならそれを抑え込まずに続けたほうが正しいです。(病気があって命にかかわるような時には話は別ですが)何か馬鹿げて見える欲求でも体が求めているのなら、それには私達の考えを超えた必要性があるはずです。
そういったやっかいな欲求も自ら禁ずることなく満たしてあげていくと、不思議なことに次第にやっかいなものでは無くなってきてコントロール可能などちらでもいいものへと変化していきます。それは問題を起こす子どもを厳しく叱るのではなく、その子の気持ちを理解し愛情をかけることで子供が落ち着いていくのと同じようなことです。これは食の問題だけでなく他の問題にも当てはまると思います。
そして、この状態になれば、好きなように食べても、あまり極端な事にはならずに健康的な食を無理なく食べられるようになります。
本能の好きなようにさせれば、必ず本能自体の健全さが働きます。良くない食は体の働きに対してやはり良くないものですから、体としては避けたいはずです。でも偏った食習慣を止めるためには本能、体がその食の悪影響を実際に感じないと止めることは出来ません。本能自体が働くことで初めて体への悪影響を理解し、止めることが出来ます。しかし、私達が食習慣を改善させるために行うのはいつでも頭脳、知識による本能への命令であり、こうやって命令してしまうと本能の働きは歪められ、反発を招き、本能の体への敏感さが発揮されなくなってしまいます。
制御困難でどうしようもなく見える食習慣も本能の働きの一部であり、本能、体は無数の要素の関わりの上に成り立っているので悪い食習慣もただ矯正させられる対象としてあるのではなく、何らかの体の必要性があって行われていて、本能はその必要性がなくなった時に体をさらに調和したものにするべくその食習慣をあるべき位置に導きます。私達に出来るのは好きなように食べてその働きの邪魔をしないことだけです。

しかし、実際にはストレスの問題が大きかったり、本能が解消すべき体の問題が蓄積していたりするので中年以降の人が完全に好きなように食べるのは少し難しい面もあるかもしれません。(とはいっても食と本能の関係はこれまで説明したようになっていると私は思うので決して本能を無理に押さえつけるような事はしないで下さい。そして中年以降の人でも食の本能の健全さを探求してみたいという人は本能に従って食べてみて下さい)
本当はストレスも少なく、体力もある若いうちにこの本能に従った食べ方を体得するのが一番良いと思います。

食べ方というのは本当に人それぞれで、一流のアスリートの偏食、イチロー選手や体操の内村航平選手のそれ、また1日に青汁一杯で何年も健康に生活している女性がいたりする事を考えると何が正しいとか言えなくなりますが、なにより食べると元気になる食べ方が一番ではないかと私は思います。
食べて調子がよく、気分が晴れ晴れする食べ方をしていれば基本的に正しい。好きなように食べるというのは体が喜ぶように食べる事です。
しかし、好きなものを食べても元気がでない、気分が良くならない時にはストレスがないか思い返してみたり、これからこのブログで書いていく食に関する記事を参考にしてご自身の食に関して見つめ直してみて下さい。

ある有名な歌手が「おいしいものは体に悪い」と言っているのを聞いた事があります。
しかし、私は「おいしいものは体に良い」と思っています。
私は自らが菜食なのでこういう考えを持つに至ったとは思わず、一般の人でもストレスなく好きに食べればこういう結論になると思っています。
面白いのはハリウッドセレブみたいな人達にベジタリアン志向な人が多い事です。世界中のどんな贅沢な物でも食べられる大金持ちの彼らがそういった食事をするのは、好きな物を食べ尽くして最終的に私が言ってきたような体の喜ぶ食にたどり着いたと見るのはあまりにこじつけに過ぎるでしょうか?

無努力食生活2回目のテーマは、現代を健康に生きるには欠かせないと思われる料理をする事について書いてみたいと思います。
料理をしないと健康に生きられないとは、少々大げさに聞こえるかもしれません。今は便利な世の中だから外食、コンビニ、惣菜屋に冷凍食品と何でもあるし、ヘルシー志向で作られている物も多いから利用した方が得と考える人もいるでしょう。
しかし、こういった食べ物のほとんどはミネラルが不足しているそうです。詳しくは「食事でかかる新型栄養失調」(小若順一著 三五館)という本を読んで頂きたいのですが、その本によると日本の食のミネラル不足は深刻で、厚生労働省の職員食堂の食事でさえミネラルの摂取基準を満たしていない現状だそうです。
ミネラル不足はカルシウムならイライラしたり骨が弱くなる、マグネシウムなら循環器に障害が起きるなど、とさまざまな悪影響が出やすくなります。
現代ではごく普通に料理して食べていてもミネラル不足に陥ってしまう可能性があるという事ですので(ミネラルの問題については別の記事で書きたいと思います)、外食などでは絶対に不足してしまいます。なので意識してミネラルを取る必要があります。

ミネラル不足の他にも、添加物の問題や栄養面、経済性など自分で料理するメリットは数限りないです。
さらに料理するという行為自体が、材料を把握して段取りを考えて作業する、手先をよく使い五感を刺激するなど、と脳を全体的に使う事によって脳の活動によい影響を与えることになります。作業に集中するのでストレス解消効果もあるそうです。
ですから料理するのは生きる上で役に立つ大切な事であり、普段料理しない人でも趣味にするのにとてもいいと言えると思います。(しかし太古の昔からたいてい人間は自らの家で料理してきたのであって、現在のように料理をほとんどする事なく生活できるというのは異常な事態なのかもしれません)

私自身は飲食店で長く働いていたり、食べる事も大好きなのでいつも料理はしています。なので大いに料理するのを勧めたいのもあってこの記事を書いたというのもあります。
料理は上手くできない、苦手という人におせっかいに聞こえるかもしれないけどアドバイスさせて頂くと、良いレシピを見つけるというのがあると思います。ネットでも本でも作りたいと思わせる料理や、簡単でわかりやすい作り方ののったものを見つけると役に立ちます。後は習うより慣れろです。

忙しかったり、疲れていたりで簡単な事も出来ないという場合、とりあえずご飯を炊くのはどうでしょうか。レトルトのご飯を買うよりも、高価な米でも家で炊いたほうが安くつくそうなので経済的ですし、キムチや納豆、卵などと食べればおいしいし栄養もとれます。ミネラルもゴマや海苔とかを常備して一緒に食べたり、さらに雑穀を入れたりして炊けば何もしないよりかは全然違います。

私は菜食なので野菜料理しか作りません。野菜限定なので作るものもパターン化されるかといえばそんな事はなく、テレビの料理番組なんかを見ていると、料理研究家の方たちが思いもよらない作り方をよく紹介してくれるので、いろいろ楽しめて料理は本当に奥が深いなーと感じています。
この前見て面白かったのはゆずスムージーというもので、ゆずの種を取り、まるまる一個を全部ざく切りにしてミキサーに入れ、甘酒、水と一緒にまぜるというのをやっていていいなと思い、甘酒がなかったので豆乳と砂糖を入れて作ってみると香りがさわやかでビタミンC,酵素も取れるし、とてもおいしくて毎日でも飲みたいと思いました。
ゆずの白いワタの所までミキサーに入れてしまうのが発見でした。さっそくアレンジしてゆず全部を細かく刻んでみそ汁の具にしてみました。酸味と香りがでておススメです。
料理は凝りだせば何でも自分で作れますし、そんなに手の込んだ事をしなくても自ら作ればおいしく、安全に、安く食べれます。料理に関心を持つだけで人生で退屈することは少なくなります。 

この前、久しぶりにファミレスに行ったら、外は真冬で寒いのにお冷の中に氷がいくつも入っていて、少し口に含んでも体が寒々して困ったという事がありました。
昔はそんな事は気にしなかったけど、5年ほど前に冷たい物には注意した方がいいというのを知ってからは、いろいろ気を付けて夏に氷をたくさん入れて何かを飲むというのもしなくなりました。
しかし、周りの人はといえば冬でも冷えたビールやジュース、そしてアイスクリームを食べる人も普通にいるので、私の体がヤワになったのかなとも思いますが、調べてみるとやはり冷たい物を摂るのはあまり良くないみたいです。

まず冷たい物を摂ると胃腸を冷やしその働きを低下させます。そして、消化を悪くして下痢をしやすくなります。お腹を壊しやすいという人は、あたり前のように思っている冷たい物を摂る習慣が原因という事があるかもしれません。
冷たい物は胃腸だけでなく肝臓や腎臓の機能も低下させます。さらに内臓の血行悪化を引き起こして体温を下げたり、基礎代謝を低下させ、むくみや肥満の原因になるそうです。

腸の温度は体温より少し高めの37℃の時が一番良く働くので、体はその温度を常に保とうとします。けれども冷たい物を摂って胃腸を冷やすと、体は腸の温度を上げるために余計なエネルギーを使わなくてはなりません。その消耗はかなりのもので、夏バテを起こす原因はこれによる所が大きいそうです。
冷たいものを摂ると脂肪がつきやすくなると言われるますが、これなどは冷える内臓を少しでも温めるために、体が脂肪をつけているという事もあるのでは無いかと私は思っています。

そして、私が冷たい物を摂るのを止めようと決めたのは医学博士の西原克成先生の本を読んでその弊害を知ったからでした。
腸には人の免疫機能の60%が集中しています。西原先生によると、冷たい物を摂って腸を冷やしてしまうと、腸のパイエル板のM細胞という所から腸内のバイ菌が体内に大量に入り白血球に取り込まれます。それが血液とともに巡り体中にばらまかれて細胞内感染を起こすと、私たちの体の根本のエネルギーを作り出すミトコンドリアの働きを阻害して、さまざまな病気(アレルギー疾患、免疫病、精神疾患など)の原因となるということです。
(腸を冷やさないという事ともう一つ西原理論の柱になっているのは口呼吸しないという事で、口から呼吸するとのどの扁桃のM細胞という所が冷やされて免疫機能が低下して、そこから腸と同じようにバイ菌が体に入ってしまうそうです)
この説を知った頃、私の体調はあまり良くなかったので、少しでも体のためになるならと、冷たい物を摂るのを止めました。それ以来、真夏の暑い時に時折アイスが食べたくなって食べたりしますが、他は冷たい物が欲しくて困る事もありませんし、昔から言われている通りに冷たい物は体に良くないので体も喜んでそれを受け入れているのだと思います。

東洋医学の考え方を大切にしている国ではやはり冷たい物で内臓を冷やすのを避けているみたいです。
東洋医学の考える冷たい物とは冷蔵庫も製氷器もない時代の物でしょうから、現代の日本人の冷たい物好きはあきらかに行き過ぎているでしょう。ヨーロッパでも日本のようには冷たい物を摂らないというのを聞いた事があります。
まあ頑張るという言葉が好きな日本人は、交感神経を優位にする冷たい物で気持ちを高めているのかもしれません。
私の祖母は90近くで今は足が弱くなって編み物をして過ごしていますが、昔は物凄い働き者でした。祖母は畑でとれたもの中心の健康的な食事をしてきましたが、夏には氷いっぱいのとても冷たい水を飲むんです。体に良くないなんて事は知らないで気にせずに飲んで動きまわっていましたが、そんな祖母も血圧が高いくらいで大きな病気もなく現在まで来ているのを見ると、冷たい物は絶対に良くないとも言えなくなります。そして、食べる事にこだわりを見せない人の唯一のこだわりなのだから、祖母にとっては無くてはならない楽しみだったのかもしれません。
私も食生活の記事の一回目に好きなものを食べるのがいいと勧めているのだから、冷たい物がとにかく好きという人には止めたほうがいいとは言いませんが、一応こういった事があるというのは知ってもらいたいです。
女性は特に内臓の冷えに注意が必要です。

最後にもうひとつ。牛乳を飲む事の賛否が分かれていますが、たいてい牛乳を飲む時は冷えた物の場合が多いですから胃腸を冷やします。このことは牛乳をのむデメリットの一つだと思います。 
プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く

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