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 これらは私が描いたマンダラです。(厳密にはマンダラ的図形といったほうが良いかもしれませんが、一応マンダラと呼ばせてもらいます)こういった図形を自己流にかれこれ15年くらい描いています。
 このマンダラを書くことには、心を引きつける面白さがあり、心身を整える効果も高いので、私の健康法の根幹になっていると考えています。これは本当に不思議ものなので、多くの人に知ってほしいと思っています。
 そこで、今回から数回にわたりマンダラについて、その形の普遍性、私流の描き方、描くことの効果等々いろいろと書いてみるつもりです。



 マンダラは、密教という仏教の流派で悟りの世界を表したとされる図です。儀式や瞑想のために用いられてきました。
 古代インドで「マンダラ」は「円・丸いもの」を意味する言葉で、円を基調とした構図の中に丸や四角の幾何学的な形がシンメトリーに配置され、その図形の中にたくさんの仏の姿が描かれているものが多いです。奥行きはなく平面的な図案で描かれ、とても濃密で魔術的な雰囲気があります。
 インドでおそらく1500年以上前から作られていて、密教の教えとともに中国や日本、ネパール、チベットに伝わりました。

 そんな宗教的、伝統的なものだったマンダラですが、20世紀になって新しい意義をマンダラに見出したのが、スイスの心理学者ユングです。
 ユングは精神に病を抱える人たちがマンダラ的な絵を描くことや、自らのマンダラ制作の経験、東洋哲学についての研究などから、マンダラは人間の中の意識と無意識、心身、聖俗といったさまざまな要素の統合の象徴である、という考えを持つようになりました。
 自らの患者であった人達が、精神のバランスを回復して治るときにマンダラを描くことが多かったり、ユング自身もマンダラを描くことで心が安定するのを感じたりしたそうです。
 マンダラはユング心理学で最も重要かつ深遠なものとされ、その考え方は人間やマンダラの新たな可能性を示すものとして大きなインパクトを与えました。



 マンダラの形は通常、中心があってそれに対する円形があります。そして、その円の中が区切られたり、円の外に図形があったりしますが、それらの図形がすべて左右・上下の幾何学的なシンメトリーを形作っているのが特徴だと思います。
 実は、この形の特徴を持つ図は密教のマンダラ以外にも世界各地あらゆるところにあります。太陽や花、車輪といった形を表したものとされることもあり、多くが聖なる図形とされてきました。
 ここでその世界中にある、マンダラ的な形を持ったものをいろいろと挙げてみます。本当にたくさんあるのでその普遍性に驚かれると思います。


 まずヒンドゥー教には円の中に三角形が配置される図形が特徴的なヤントラというものがあり、マンダラのように瞑想のために使われています。
 ヒンドゥー教の寺院であるアンコールワットは上から見ると建物がマンダラのように配置されています。
 イスラム教のモスクの装飾や、キリスト教教会のバラ窓などはマンダラのようなシンメトリーを持つものです。
 古代メソポタミアにもマンダラ的図形の聖なるシンボルがありました。
 ケルト(古代ヨーロッパの中西部に住んだ人々)の文化にもマンダラ的な文様が数多く見られます。そしてケルトの人たちが、紀元前2000年以上前に巨大な石で作ったストーンヘンジもマンダラ的な形を持つものでした。
 古代中国で作られ、日本にも持ち込まれた銅鏡のデザインもマンダラそのものです。
 日本の縄文時代の人々は、広場や墓のある中心に対して同心円上に家があるという形状をした環状集落に住んでいましたが、この環状集落もマンダラ的な形に通じるものがあると私は思います。
 ネイティブアメリカンもメディスン・ホイールと呼ばれるマンダラのような図形を、祈祷や病気の治療などのために用いていました。
 中南米ではアステカやインカなどにマンダラ的なものが多くみられます。
 その他プリミティブアートや現代絵画などの芸術、ペルシャ絨毯やハワイアンキルトなどの手工芸などにこのマンダラ型シンメトリーは数多く表現されています。
 ユングは「集合的無意識」という語を使い、人の意識の奥深いところにはすべての人がつながっている領域がある、と主張しました。
 そのユング的な見方をすると、マンダラによく似た図形が文化的に全くかかわりのない世界のあちこちで見られるのは、その形が無意識でつながっている人間の心をひきつけ、精神に大きな影響をもたらすものであるから、という事になるのでしょう。
 

 ここまで述べたことから、人間に神聖と思わせる不思議な力がこの図形にあることを理解してもらえたと思います。
 しかし、マンダラ的図形は人間が作りだすだけでなく、他の生物や物質の中にまで見られるということがあります。
 野菜や果物を輪切りにした断面を見ると、かなりのものが中心を持った放射状シンメトリーになっています。キノコも傘の裏側を見ると中心から放射状のヒダがあります。多くの花の形もマンダラ的と言えるものでしょう。
 ある種の藻にはマンダラ的な美しさを持つものが存在します。(クモノスケイソウなど)
 植物の根の断面図にもマンダラを感じさせるものが多いですし、木の年輪もそういった造形なのだと思います。
 そして、奄美大島近海に生息する「アマミホシゾラフグ」という魚は、驚くことに海底の砂でマンダラを作ります。オスがそのマンダラの模様を作り、メスがその中心に卵を産み付けるのだそうです。

 物質の中にあるマンダラ形としては、水晶や雪の結晶などがまず思いつきます。そして、塩やビタミンCなども顕微鏡で見ると美しいシンメトリーを持っています。
 あと物質かどうか分かりませんが、音によって作りだされる幾何学模様「クラドニ図形」というものもあります。音で振動する板の上に置かれた砂が、音の周波数の違いによってさまざまな形になるというものですが、この神秘的な美しさはマンダラ的と言っていいでしょう。
 こういったシンメトリーを持ったものは他にもいろいろあると思います。
 石を水面に落としたときに出来る同心円の波紋。また銀河はブラックホールを中心に持つマンダラ形ともいえます。原子核を中心に電子が回る原子のあり方や、太陽の周りを惑星が回っている太陽系なんかにもマンダラ的な調和があるでしょう。

 人間の作りだすものだけでなく、自然の中にもマンダラ的なシンメトリーが存在するということは、この形の持つ本当の意義を言葉で言い表すことは難しいのではないかと思います。
 ここまで書いた多くの現象から考えると、マンダラの形はあらゆる物質の根底に存在する言葉を超えた調和を表すものなのかもしれません。そのため私たちはこの神秘的な形に知らず知らずのうちに引きつけられるのでしょう。



 マンダラはこれだけ普遍性のあるものですから、当然現代人の心もとらえています。
 スピリチュアル系のアーティストでマンダラを描く人はけっこういるみたいですし、絵を描く人の中にも無意識にそういった形のものを描く人もいます。またマンダラ塗り絵の本なんかもたくさん売られています。
 手芸などでこの形のものを作っていれば、それはマンダラの形がもたらす、心を安定させる効果を受けていると言えるでしょう。そして、マンダラに興味がなくても日常さまざまなことでシンメトリーにこだわる人がいますが、そういった行いもマンダラを求める心と同じだと思います。

 
 
 私はマンダラを15年くらい描いています。(途中あまりやってなかった時期もありますが)
 私の場合、意識的に描こうとしたのではなく、軽い気持ちで絵を描いていたら、突然これが出てきたというかんじでした。初めはとても驚いたのですが、好奇心から描いていくうちにだんだん引き込まれるようになりました。そして、さまざまな面白い発見があり、今まで続けています。
 昔は夢中になって一日中書いていたときもありましたが、今はあまり劇的な発見とかないので、一日に10分くらいだけです。
 心に作用するのと同時に体を整えるということもあるので、これを描けば心身の健康法になると思っています。


 今回の記事でマンダラ的な形の普遍性と不思議についていろいろと書きましたが、少し関心を持ってもらえたでしょうか。
 マンダラにはとても神秘的な力があると思います。
 マンダラを鑑賞する、その図形のものを身の回りに置く(そうすると宇宙エネルギーが集まるなんて話もある)、マンダラ塗り絵をやってみる、なんてこともいいでしょうが、私としては描くのが一番マンダラの持つ力を感じられるものと考えています。
 この宇宙の本質につながっていると言える形を、自然に心から湧き出るように描ければ、その人に応じた解放がもたらされるはずです。
 次回は、そういったマンダラの描き方について説明します。







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今回は私流のマンダラの描き方を説明します。
 マンダラをアート作品として作るワークショップなどもあるようですが、私の方法はそういったものとは違っていると思いまます。私のやり方ではマンダラを最初から意識的に描こうとはせずに、自然に出てくるようにします。
 前回の記事で書きましたが、スイスの心理学者ユングは、精神に病を抱えた人に絵を描かせるとマンダラの絵がよく現れることがあり、それは病気が治るときに多い、ということを発見しました。ユングの「個性化とマンダラ」(みすず書房)という著書には、ユングの患者が自由に絵を制作する中で、どのようにマンダラが出現するかが書かれています。
 私が紹介する方法も、こういった自由な描画からマンダラが生まれるようにするものです。

 とはいっても普通に絵を描いて、無意識的にマンダラを描き始めるなんてことはあまりないでしょう。そこでどうすればマンダラが出てくるかというと、その鍵は長電話をしているときのいたずら書きにあります。
 長電話をしている時に手持ち無沙汰でいたずら書きをして、変わった絵を描いたことがある人は多いはずです。意識は話すことにいってるのですが、手は勝手に訳の分からないものを描いているというあれです。
 あのいたずら書きを長電話をしながらではなく描いてみるようにすると、マンダラが出てきやすくなります。

 紙に筆記具の先をのせてリラックスし、心・手の赴くまま自由に描きます。頭で考えて何かを描こう、とかせずに、手が動くままにいろいろ書いてみます。
 説明して理解してもらうのはちょっと難しいかもしれませんが、どう描けば心が落ち着くか感じながら手を動かすかんじです。とにかく人に見せるための絵を描くわけではないので、あまり気にせず書いてみてください。
 
 ペンを持つ手が目的もなく勝手に動く感覚がつかめてくると、だんだんこうやって描くのが楽しくなってくるはずです。
 楽しさとともにこのいたずら書きを続けていけば、具体的なものや抽象的な線、文字のようなもの、なぐり書きなど人それぞれいろいろ出てくると思います。
 自分の意識とは関係なく手が動くように感じ、ちょっと怖くなるかもしれないですが、これは別に霊に取りつかれているとかではないので大丈夫です。
 こうやって描いているうちに、どれくらいかかるかは分かりませんが、画面に丸の形が現れだし、それがマンダラにつながっていくと思います。
 そして、このマンダラを描いていくことで、体や脳を整える健康法としての効果が実感できるようになるはずです。

 これを行う上で注意する点としては、とにかく手が求める動きを行うということです。
 意識的にマンダラの形にもっていこうとはせず、手が求める嘘のない線を描き続けていく中でマンダラが現れるようにします。
 また頑張って描こうとしないことも必要です。リラックスして描き、飽きたらそこで止めるようにします。
 これは音楽を聴きながら、テレビを見ながらでも描けます。意識的でない線を描くためにはこうするのも良いかもしれません。
 冒頭に載せている写真では完成したかんじのマンダラですが、きっちり最後まで完成させなくても良く、自分で「もうこれは描きたくない」と思ったらそこで止めて、次のものを書いたほうがいいと思います。


 私は自発動という、体が意識と関係なく動いて、自らを自然に整えてくれる動きを健康法として行っています。
 筆記具を持つ手を自由に好きなように動かすというのは、この自発動を行う感覚が分かればやりやすいと思います。紙の上でペンを手に持って行う自発動の結果、マンダラが現れてくるとも言えるのかもしれません。



 マンダラが自然に出てくるようになると、さまざまなバリエーションのものを描くようなると思います。
 私はマンダラの本質は抽象的・幾何学的な形・線であると考えていますが、マンダラ的な構図の中に具体的なものを描きたいとか、マンダラに色を付けてみたいという人もいるかもしれません。
 この場合、もちろん心が楽しく落ち着くのが何より大切なことなので、そうやって描くことをお勧めします。でも、あまり作品として作り上げようとすると、自然にマンダラが現れにくくなるかもしれないので、そこは注意が必要だと思います。
 



 ここで私がどんな感じにマンダラを描いているかお見せしたいと思います
 使っている筆記具はシャーペンです。力を入れなくても線が引ける4Bの芯を使いシャーペンで描いています。
 紙はA4のチラシの裏です。どうでもいい紙を使うのは美術作品を作っているのではないのと、描いても途中で止めてしまったり、マンダラの形にならずグチャグチャ線を引いて終わりということもあるからです。

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 まず初めに、紙の中央に中心点を書きたくなります。
 前回の記事で、世界中に神聖とされるマンダラ形のものがあり、さまざまな植物や物質の中にもこの形が見られるということを書きましたが、それらのマンダラすべてにおいて最も重要なのはシンメトリーの基点となる中心だと思います。
 マンダラの形の不思議な力、調和の源はこの中心にあるのではないでしょうか。私がマンダラを描いているときも、ここからすべて始まっているという感覚があります。

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 中心から縦と横に線が伸びて、斜めの線が入り

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 そこから円が出てきて

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 線の間を分割していって、これが細かくなっていきます。
 意識的にこれをやっていているように見えるかもしれないですが、手が自然とこう描くことを求めてこの手順になります。自分でも本当にこれを求めているのか?もっと他の描き方をしたいんじゃないか、と自問しながら描いていますが、どうしてもこれになります。

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 だんだん細かくなると全体に均等に線が伸びなくなり、最近はこんなかんじで終わることが多いです。

 今ではたいていこの描き方になっていますが、こうなるまでにはさまざまな段階がありました。それについては次回の記事に書くつもりです。



 今回紹介したマンダラを描くことは、私たちが毎日行っている人間的・社会的な活動とは少し違う次元で起きるものだと思います。
 社会は意味・効率を求めますが、このマンダラを描くのは私たちの生活する現代社会の価値観からすれば全く無意味で無駄ということになるでしょう。
 しかし、この描き方ができるようになると、社会的な意味・価値とは異なる何かをこのマンダラに感じられると思います。
 こうやってマンダラを描くことには体を整えてくれる効果もあるのですが、これには言葉でハッキリ言えない引き込まれるような不思議さ・魅力があります。
 どのくらい描くとマンダラが現れるかは分かりませんが、人に見せないいたずら書きを行うだけでもとても楽しいものなので、気長に続けてみてください。そして、手の動くままに描いていって、あなた自身のマンダラ作りだし、紙の上に現れる宇宙の神秘に触れてみてください。






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 今回は私流のマンダラ制作について、それがどういった風に始まったかということや、15年ほど描いてきた中でマンダラがさまざま変化してきたということがあるので、それらについていろいろ書いてみたいと思います。
 

 私は17才くらいの頃から岡本太郎の本が好きになってよく読んでいました。
 芸術や人生について熱く語る太郎さんに惹かれて彼の作品をいろいろ見てまわったり、自分でも抽象的な絵を描いたりしていました。作品を展示スペースを借りて発表したこともあります。自分では面白いものを作っていたつもりでしたが、思い返すと若気の至りで、あまりたいした絵ではなかったと思います。
 ただそれらの絵で卵の抽象的なイメージとか、マンダラ的な構図の作品をよく描いていたということがあったので、無意識にマンダラを求めて絵を描いていたということもあったのかもしれません。
 芸術家を気どっていましたが、5~6年すると自分でもあまり手ごたえがなくなって、ほとんど描かなくなってしまいました。 

 そして、15年ほど前のこと、なんとなくいたずら書きをしたくなり、鉛筆で漫然と抽象的な形を描いていました。すると手が自然と何かの形を描き始めるのに気づきました。
 当時私は、体を自分の意志とは関係なく動かして歪みを整える自発動のやり方を見つけよく行っていたのですが、たぶんその時、自発動の感覚で鉛筆を動かしていたのだと思います。
 手が勝手に動きだしたので、「もしかしてこれを続けていけば、この先すごいピカソみたいな絵を描きだすのではないか」と思ってしまいました。そして、こうやっていると心にしっくりくる感じがして、とても楽しく引き込まれるように線が描けます。


 最初に描いたのはグチャグチャした線や、よく分からない変わった形のものだったと思います。
(このマンダラの描き方をやってみたいという人は、初めに手を動かした段階で思いがけないものを描いてしまい、それが自分の心の中の闇みたいに思えて嫌になるかもしれません。でもそれを続けていけば描くものは整っていくので、気にせずどんどん描いてみてください)

 その初めの段階の次には、一本引いた線のすぐ横に等間隔で同じような線を引いて、それを画面いっぱい描いていくということに熱中しだしました。
 この波紋のようなものを几帳面に描くことの後に始まったのは、腕も使った画面全体でやるなぐり書きです。
 そして、これを少しやっていると、動かしている腕がだんだん回転しだして、円をグルグル描きだすようになりました。(だいぶ昔のことですが、この時のことは忘れずにいます)
 それから今度は画面に一つ円を描いて、その中を分割して何か描いたりすることを始め、それがだんだん整ってきてマンダラの形が出てくるようになりました。

 この当時マンダラについての知識がどれくらいあったかは分かりませんが、何か面白そうなものが出てきたと、夢中になり次から次へと描いていきました。
 この時のマンダラはチベットの仏教寺院にある密教のマンダラに近くて、画面にたくさんの丸と四角が使われて、上下左右に門があるといった構図をしたものが多かったです。また今はそんなにやらないのですが、紙の中心をきっちり決めて強くシンメトリーを意識していたということもあります。
 
 この密教的なマンダラを描き続けていると、だんだん画面に濃密な気配が漂い始め、あるときその頂点ともいえる魔術的なマンダラができあがりました。
 かなり芸術的な作品だったのですが、これを含めて当時描いたものは何故かすべて捨ててしまい、ここでお見せできずとても残念に思っています。せめて一番すごかった一枚だけでも取っておけば良かったのですが。
 しかし、その完成度の高いマンダラを描いた後は、気持ちがはじけてしまったのか、緊張感のあるものが作れなくなり、次第にあまり描かなくなってしまいました。



 熱心に書かなくなってから数年ほどして(この間パニック障害になったりした)、無性にまたマンダラが描きたくなり、毎日テレビを見ながらだけど2時間くらい描くようになりました。
 この時初めに描いたのは混とんとしたもので、中心の点をまず描いたら、そこから何か出てくるように渦を巻きながららせん状に線を描いていきます。それからいろいろな形を描いた後、初めと逆のパターンで渦巻きながら中心に帰って行って描き終わるという風でした。
 これはあるゆるものの誕生と死を暗示しているような感じで、描いていて気持ちがとても落ちつくものだったということを覚えています。


 この描き方を少し続けた後に、今度は左手を使って描いてみたい、という気持ちになりました。
 慣れない左手を使いいろいろ書いていると、次第にフラクタル的なものを描きだしました。フラクタルというのは幾何学の言葉で、全体像と一部分が相似している構造の図形を指します。
 このフラクタルなマンダラからは描いたものが残っているので写真をのせていきます。

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(見づらくてすみません)

 この数年前に右手で描いていた密教的なマンダラもフラクタル的な要素を持っていましたが、これほど明らかではなかったです。
 この後フラクタルなものはなぜか全く描かなくなりました。左手を使い始めため、何か脳内で特別な変化が起きたのかもしれません。

 フラクタルと言えるか分かりませんが、こんなものを描いたこともあります。
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 ちょっと変わったものもお見せします。 

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 最後のガチャガチャした絵は、心に問題を抱える落ち着きのない子どもがよくこういったものを描くみたいです。
 


 フラクタルの次には同心円のものを描きだしました。

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 この頃になると右側は右手、左側は左手で描くようになりました。
 こうやって両手を使うというのはとても面白いことだと思います。右手と左手で描くことで右脳左脳を均等に刺激して、そのバランスを自ら整えているのかもしれないです。
 マンダラを描くとき左手も使うようになったことで、左手で字を書くことを始め、それが以前紹介した般若心経の写経をすることにつながりました。
 同心円を描いているとだんだん円の外側に放射状の線が現れてきて(冒頭のマンダラ)、その後徐々に中心からその線を引くようになりました。これは前回の記事で書いたように中心点から縦横に線を引き、その間を等角度にどんどん区切っていく形で描いていきます。

 初めはこんな風にシャーペンでかなり細かく念入りにかいています。

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 筆ペンを使っていたときもありました。

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  それまで円がなかったのだけれど、途中から円が現れてきました。

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 中心からすべてのものが放射状に現れるといた感じでしょうか。もうマンダラとは言えない形かもしれないです。
 この頃まで右側は右手、左側は左手描いていましたが、だんだん現在は右手左手で決まった側を描くといったことはなくなりました。

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 現在はこんなかんじで、画面全体を線で埋め尽くすことはなくなり、まばらで描き終えるようになっています。
 ここ数年はこの放射状が続いていて、この先なにか別の展開があるかは分からないです。ずっとこんな感じでいって、まばらなところがなくなるように描いていくのでは、という気はしています。
 マンダラを描いていて興味深く感じるのは、いつ描いても自然に現れていたマンダラが出てこなくなり、どうしてもグチャグチャしたものしか描けなくなる時があることです。
 こんなかんじです。

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 マンダラを描き続けて形が固まってくると、一度それを解体してまた新たに作り直そうという創造と破壊のような働きがあるのかもしれません。


 今思うと、岡本太郎のように人の心を揺さぶる芸術家にはなれませんでしたが、マンダラという絵画の一つの究極の形にふれることができ、これからもこの不思議で本質的なものを描き続けられるのは、私的にはまあそれなりに良かった、と言えるかもしれないです。
 そして、こうやってマンダラを描くことで、自分の心身だけでなく、私の周りのさまざまな事にも調和をもたらしている、と私は思っています。



 マンダラを描くことで心身や、画面上のマンダラが整ってきます。そうやって整うと、マンダラの最も重要な部分に思える中心にある点の奥に入っていき、さらに根源的なものに近づいていっているように感じます。中心の奥深くに入ると、そこには隠れていた歪みがあり、それをマンダラを描いて整えていくことで、根源的なものの力がより現れやすくなる、という感覚を私は持っています。 
 このことを通じてこの中心にある根源と関係を持つことには、言葉では言い表せない意味があると私は思っています。この意味はマンダラを描いて直接体験しなければ分からないと思うので、今回私が書いたことに興味を持たれた方は一度お試しください。
 やろうと思えば紙と鉛筆で今すぐこの不思議な動きを知ることができます。





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 前回までの「マンダラ健康法」の記事で、マンダラについての考えや私流の描き方いったことに関して、おおよそのことは書いたと思っています。
 しかし、先日机を整理していたら、前に描いたマンダラがいくつか出てきました。
 これまでの記事で私が描いたさまざまなマンダラの写真をのせましたが、机から出てきたマンダラはそれらとちょっと違った感じのするものでした。
 私も取っておいたのを忘れていたのですが、けっこう面白いものだったので、今回参考までにちょっと紹介したいと思います。

 
 今はマンダラを両手で描いているのですが、最初は右手で描いていました。
 そのときのものは密教のマンダラのような構図をしたものでした。当時のマンダラは全部捨ててしまっていてブログでお見せできなかったのですが、机の中から出てきたものにその右手時代のマンダラによく似たものがありました。
 こういった感じです。

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 密教のマンダラは上下左右に門がある宮殿のような形をしたものがありますが、これらはそれに近いかんじがすると思います。




 前回の記事で私のマンダラ変遷の流れを書きました。
 次にお見せするものはその流れの中から出てきているのですが、けっこう変わっていてめったにない形のものなのでおもしろかったです。

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 これらは描こうとして描いたものではありません。すべて手が好きなように動いた結果出てきたものです。
 今は放射状のマンダラしか描きませんが、こういったバラエティに富んだものが毎回現れば面白いのに、と多少思ってしまいます。




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 これらは放射状のマンダラですが、少し前に描いたもので、中心に黒い部分があります。ここのところがまだ解消されていない何かだと思います。これは描いているうちに徐々に小さくなって次のようになっていきました。
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プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
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