パニック障害を克服するための方法について3ヶ月ほど書いてきました。この間、自分なりにいろいろと調べたり、考えたりして勉強になることも多かったです。
 最後にこれまで書いた事を簡単にまとめたものと、不安に対して心理的に対処する方法について書いて、パニック障害についての記事の締めくくりにしたいと思います。

 パニック障害の原因は一つに絞ることが出来たら分かりやすいですが、原因と思われるものが数多くあるので、一つのやり方がある人に良かったとしても、それがあらゆる人に効果的とは限りません。そこがこの病気の回復を難しくしているのかもしれません。
 しかし、よくなるための基本と一応考えられる事はあると思うのでまとめてみます。

◇ストレスに対処する 初めにパニック発作が起きるのは、過度のストレスに長期間さらされた結果と考えられます。そのストレスがどういったものなのか知り、それに対処して心身をいたわるようにする必要があります。
 しかし、ストレスの原因がはっきりと特定できて取り除きやすい場合はいいのですが、自ら気づきにくい体や心、生活習慣の中に原因があることがパニック障害の場合多いかもしれません。なので、それを見つけて改善していくのが難しいという面もあります。
 それでも、日々のストレスを少なくして、心身に無理をさせないのがまず大切でしょう。そして、音楽を聴いたり、呼吸法、瞑想、温泉、マッサージなどリラックスできる時間を持つのもいいと思います。

食事 パニック障害改善のために食事で注意したい点は
 アルコール、カフェインはなるべく避ける。
 低血糖の原因になる、甘いものやジャンクフードを控え、血糖値を急激に上げないGI値の低いもの(玄米など)を食べることを意識する。
 冷たいものを取りすぎない。
 精神の安定に必要なミネラルの摂取を積極的にする。(大豆や緑黄色野菜、海藻、ゴマ、ナッツ、小魚、チーズ、レバーなど)
 パニック障害、うつなどと関係があるとされる脳内物質セロトニンの材料となるトリプトファンを摂取する。トリプトファンは肉、魚、豆類、卵、チーズなどいろんな食品に含まれています。セロトニンの合成にはトリプトファンのほかに炭水化物とビタミンB6が必要ですが、バナナにはその3つが含まれているのでよく勧められます。
 私は特に納豆や豆腐、枝豆などの大豆製品が、精神の安定に大切なトリプトファン、カルシウムやマグネシウムといったミネラルを含み、タンパク質、食物繊維、ビタミンEも多く、抗がん作用もある健康にとても良い食品なのでお勧めだと思います。
 添加物の多い加工食品や外食に注意して、大豆製品や野菜、魚、果物、味噌・漬物等の発酵食品などの和食を中心にしてバランスよく食べるのがやはり基本になると思います。
 
◇生活習慣 なるべく早く眠るようにして規則正しい生活を心掛け、夜型の生活にならないようにします。
 朝から十分太陽の明るさを感じると、セロトニンが分泌され気分が安定します。そして、夜になるとそのセロトニンから睡眠をもたらす脳内物質メラトニンが作られて、よく眠れるようになります。また、適度に日光を浴びるのも必要です。

◇リズム運動 ウォーキングやジョギング、水泳、自転車、ラジオ体操などのリズム運動はとても効果的とされています。(体を動かす運動でなくても噛むことや呼吸法をリズムよくやってもいい)
 これらは有酸素運動で体の酸素摂取能力を高めて体力向上をさせるほかに、リズムよく運動する事によるセロトニンの分泌効果があります。
 パニック障害の治療に使われる薬SSRIは、セロトニンを脳内に増やして症状を落ち着かせる働きをします。SSRIを飲み本当の意味で回復するかは疑問ですが、症状が楽になる事は確かにあるみたいなので、精神疾患には幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを増やすのが必要ということだと思います。
 セロトニン研究の第一人者、有田秀穂東邦大学名誉教授のセロトニン分泌のための3原則は、1・太陽光を浴びる 2.リズム運動を行う 3・ふれあいの心を持つです。
 これはパニック障害やうつ病の方にはよく知られた説みたいですが、私は今回パニック障害について調べる中で初めて詳しく知りました。私も何かで知った漠然とした知識で日中歩くのを行い、その効果は感じていたけれど、有田先生の本を読んでセロトニンやセロトニン神経、リズム運動のことなどを知ったのはとても勉強になりました。
 そして、リズム運動についてあれこれ、という記事に書きましたが、これらの事から両手をリズムよくこすり合わせるなどの方法を思いつき。毎日行っています。
 この方法は、脳と関係の深い手を一定のリズムでこすり合わせる事で。脳を整える効果が期待できます。精神疾患は脳のバランスの悪さが関係していると思います
 私自身これを毎日やる事で、自分の中に解消されず残っていた不安感も減ってきたように感じられましたので、ウォーキングなどの普通のリズム運動の他にもこれは一度試してみてほしい方法です。

 ここまで書いたストレスに対処する、食事・生活習慣に気を付ける、リズム運動を行うなどは基本的なものですが、私が病院に行かずにパニック障害を治した方法は自発動と暴露療法でした。この事については、病院に行かずパニック障害を治す、という記事に詳しく書きました。よろしかったら参考にしてみて下さい。
 そのほかに私が行ったものでは、、体のコリを解消して、そこにたまった乳酸を減らす というのも効果があったと思っています。

 私は病院に行かなかったので、パニック障害の薬を一度も飲んだことがありません。だから、薬については一般的なことしか言えず、また薬に関してはパニック障害の方はかなり詳しいと思いますが、この病気に対して処方される新型抗うつ薬SSRIは問題が多い薬だと思います。
 さまざまな副作用や依存性があるにもかかわらず、副作用、依存性は少ないと宣伝されているこの薬は、覚せい剤と似た性質を持ち、人を異常に興奮させます。そして、麻薬と同じように禁断症状を起こして止めるのが難しく、飲み続けると脳の神経にダメージを負わせる可能性があるといわれます。
 こういう危険性のあるSSRIを大量に飲めば、元々の精神疾患の上に薬の副作用、依存性の症状が加わってどんどん悪い状態になってしまいます。
 大切な自分の心と体を守るためにも薬は減らしていったほうがいいと思います。(なお、減薬は専門家の指示のもと慎重に行う必要があるそうなのでご注意下さい)

 (次回に続きます)

 現代はインターネットやスマホなどのテクノロジーが発達した事で情報量が膨大になりました。それによってさまざまな物事を知れるようになって便利で効率的な世の中になり、楽しいことも増えました。そんなインターネットの恩恵は数え上げる事ができないでしょう。
 その一方で、圧倒的な量の情報に溺れてネット中毒になってしまったり、必要のない余計な欲望をかきたてられたり、社会の変化が速くなってついていくのがストレスになる、また犯罪やネットいじめといった弊害も多く生んでいます。
 そして、SNSやLINE、メール、携帯電話などでいつでも誰かとつながっていられるようになり、これもまた便利で楽しい事ですが、誰かとつながっていられるというのは見方を変えれば、それに束縛されてしまい一人でいることができないのを意味していると思います。
 これらのインターネット、スマホ、SNS等の出現で私たちの生活はそれ以前と大きく変わって(若い人はこれらがなかった時代のことは知らない訳ですが)、あれこれ考えをめぐらせなければならない事柄が増え、自分だけの干渉されないゆっくりした時間が減ってしまったとも言えなくもありません。
 四六時中ネットで自分の興味のある事のみに接し、役に立つ情報を探していたり、誰かとつながっていると自分という意識から離れられなくなり、自己意識が肥大化してしまいます。
 人は自分を中心とする限られた意識から離れる時間を持つのが大切で、その状態でないと人は周りのいろいろなものに気付く事ができないと私は思います。何気ない景色の美しさや自分の周りにいる人の存在・気持ち、世の中のたくさんの物事にはあまり自分の関心ばかりにとらわれていると気づけません。
 そうする事が何か役に立つのかと考える人も多いでしょうが、それは自分を狭めて、息苦しくする考え方だと思います。あまり自分のことばかりにとらわれた態度は、後になって自分に跳ね返ってきます。
 (こんな事を言う私も自身を省みてみて、自分ばかりに関心が向いていることが多いですが・・・。)
 自分であることから離れて周りに目を向ける事は、それが何かはうまく説明できないけれどとても大切なことではないでしょうか。

 現代人はこういった感じにネット社会の影響や生活環境が厳しくなっている事などで自己意識が大きくなって、周囲に無関心になっているところがありますが、パニック障害になる人も自分へ意識が集中して周りが見えなくなっているところは同じだと思います。パニック障害の症状は昔からあったみたいなので、テクノロジーの発達が病気の原因ではないだろうけど、これまで述べた社会の変化も多少は関係があるでしょう。
 思考が絶えず働き、生真面目にああしよう、こうしなきゃ、自分に自信が持てない、人からどう思われているだろうかと考えがちなパニック障害の人の性格と予期不安・広場恐怖によるパニックが起きたらどうしよう、あそこへは行けないといった考え、さらにネット社会によって増える様々な情報も合わさり、頭の中にはたくさんの考えが湧いていっぱいになってしまいます。そして、あれこれ考えてしまう事で、不安がさらに大きくなってしまうという事もあると思います。
 この絶えず思考が働く原因としては、呼吸が浅い・乱れている、緊張をもたらす脳内物質ノルアドレナリンが多く、不安を和らげるセロトニンが少ない、幼少期に安心感を十分得られていなかった事などが考えられますが、体力、気力を含めた体全体のエネルギーがあまりないので気持ちに余裕がないというのもあると私は思います。体力・気力がないので物事を効率的にやろうとしたり、物事をやりきる自信がないので考えをめぐらせてしまうという事があるのではないでしょうか。

 以前、神経症の治療で有名な森田療法の本を読んでたら、森田正馬氏が神経症の人にどこかに行く用事を頼み、その人がそれをやってきたという報告をした時に「不安にならずにできました。」と言うと、森田氏が「あなたが不安になるかどうかは関係ない。ただわたしは用事を済ましてほしいと言っただけだ。」と答えたというのが書いてあったように覚えています。
 また他の本で、あるカウンセラーが精神的な症状を持った青年に、今日は何をやった?と尋ねると、その青年が買い物や銀行に行くといったとりたてて詳しく話すほどでもない用事をした事を、今日はいろいろやりましたという口ぶりで話すのを聞いて違和感を持ったという文章も読んだことがあります。
 この2つの話の、物事を行うのにそのことを考えるのではなく、それが「自分に」出来るかどうか考えてしまうとか、大した用事でなくてもそれを行うのにやらなきゃと考えなければ出来ないという事は、いろいろ気にしてしまう性格でパニック障害になられた方には(私もそうですが)、気持ちが理解できるという人がいると思います。
 一般的にはなんでもない普通の事を行うのに考えてしまうのは、やはり体全体のエネルギーが少ない所から来ているのではないでしょうか。(パニック障害はスポーツマンや会社の社長といった体力のあるタイプの人が発症する場合もあり、そういった方は今話している例には当てはまらないと思いますが)
 精神疾患にはならないような人は体力・気力があるからいろいろ意識しないで物事がやれて、想定外のことが起きたとしても自分なりに対処できます。また、こうしたらどう思われるだろうとか受動的に考えずに、自らの感情、やりたいことを持ってるのも大きな違いのように思います。
 結局、考えをめぐらすのは自らのエネルギーの不足を補い、頭を使って物事をなんとか行い、周りについて行こうとして一生懸命にやった結果とも考えられます。しかし、休むことなくあれこれ考えてしまう事はエネルギーの浪費ですし、繰り返しますが不安は考える事自体が作りだす面があります。ですから、「大変だ」とか「怖い」と考えずに物事が行えれば一番いいのですが、考えないでいようと思うのも考えなので、考えないようにすることはなかなか難しいことだと思います。(考えないでいるための方法については次回に書こうと思っています)
 しかし、物事を楽にやるために体力・気力のエネルギーを高める事はやろうと思えばいろいろと出来ます。実際こちらからのアプローチのほうが簡単で成果が出やすいのではないでしょうか。
 気にしすぎる性格やパニック障害を改善するために、体のエネルギーを高めるのが特に意識すべき大切なことだと思います。
 エネルギーを高めるためには規則正しい生活、睡眠、良い食事は基本でしょう。そのほか定期的な運動と楽しめる趣味(大きな声を出すのは良いので好きな人はカラオケなどいかがでしょうか)で自らの体力・気力を高めるようにすれば、様々なことをやりきるだけの自信を持てるようになっていくと思います。

 このブログでは日常生活で努力なしにできるエネルギーを高める方法を紹介しています。日常に意識を変えて行えば、よい成果を得られるちょっとした方法です。これらはすぐに大きな変化をもたらさないかもしれないですが、毎日やっていけばその積み重ねは大きな違いになって現れると思います。

 スミマセン、最後は無理やりな宣伝になってしまいましたm(__)m

 以前、お得な健康法5 笑って健康という記事に書きましたが、笑うことには大きな健康効果があります。よく笑うだけで免疫力が上がり、がん細胞を退治してくれるNK細胞が活性化される、体内のストレス物質が分解される、などたくさんの効果を得られます。
 難しいことは何もなく、ただ笑えばいいのだからとても簡単です。
 パニック障害の改善のためにも、とても多くの健康効果のある笑いが役に立つというのは確かでしょう。しかし、パニック障害の症状はかなりつらいから、なかなか笑える気持にはなれないかもしれません。
 でも、つらい状況だからこそ笑いが必要で、その中で笑うことが出来れば大きな救い、力になるとも言えるかもしれません。
 ユダヤ人の心理学者フランクルが、第二次世界大戦中のユダヤ人強制収容所での自らの体験を綴った「夜と霧」の中に印象的なエピソードがあります。それは、著者が仲間と一日一つはジョークを披露しあう事を約束して、いつ殺されるかわからない絶望的な状況に耐えたというものですが、これはどんな時でも笑いが大切で、笑いが人を救う力さえ持つという事を痛切に教えてくれるエピソードだと思います。

 どうしたらつらいときに笑えるかというのはなかなか難しいですが、笑いの健康効果の研究によると、楽しくなくても作り笑いをしてみるだけで脳は楽しいと判断して、先ほど述べた効果が多少得られるそうです。「ワッハッハ」と笑うようにし続けていると、だんだん本当に楽しくなってくる笑いヨガというのがありますが、これはこの働きを使っているのでしょう。
 笑いを日常的にして、ふだんから笑える事を探したり、考えたりして冗談を口にしているようにすればいいかもしれません。でも笑いといっても、他人や自分を傷つける笑いは避けたいものです。(しかし、自分の状況を笑いに変えられれば、それはそれで大きな力になるとは思います)日常的に笑いを心掛けていれば、いろんなものが笑いにしやすくなるのではないでしょうか。
 あと、一番手軽なのはやはりテレビ、ラジオの笑える番組を視聴する、落語を聞く、面白い本、マンガ、ネットを見るなどでしょう。
 自分が本当に笑えるものを見つけて笑うようにすれば、自分を少し忘れてリラックスでき、笑ったあとは体が元気になるのを感じると思います。
 パニック障害の人は予期不安などをいつも抱え、思いつめて真面目すぎる気持ちを持ってしまうところがあると思うので、笑えるテレビ番組等は見る気分にならないかもしれないけど、たまには不真面目でいい加減な気持ちになって笑ってみるのもいいと思います。
 
 漫画家の楳図かずおさんが、恐怖と笑いは本質的に同じものだという事を話しているのをテレビで見ました。「漂流教室」「洗礼」など多くの恐怖漫画とギャグ漫画の「まことちゃん」を描いた楳図さんは、一つの物事でも近づいてみれば恐怖、それを離れてみれば笑いになると言います。
 これを聞いて、以前、ある怖がりのお笑い芸人がテレビ番組で、ホラー映画の「13日の金曜日」は絶対に見られないけど、もし街なかでジェイソンから逃げ回るシーンを上空から撮影したものだったら見られる、と冗談を言っているのをを見た事があるけど、これなんかは楳図さんの説のわかりやすい例えだなと思います。ジェイソンに見つかってしまうかもという人の視点からだと恐怖以外の何物でもないですが、上から「あーっ。そっちに行っちゃダメー!」とか言いながら見れば確かに笑ってしまうかもしれません。
 パニック障害の人の不安・恐怖を笑いに変えるのは難しいだろうけど、不安なときは視点が自分にきわめて近づいている状態なので、なるべく視点を自分から引いて見てみるようにすれば、怖さを和らげられるのではないでしょうか。

 視点を離すというのと少し似た感じのする、見方を変えたら不安が笑いになって助かったという経験があります。
 パニック障害の克服を行い、ある程度出歩けるようになった頃、山歩きをしてみようと思い、1時間くらい登ると見晴らしの良い場所に行ける山道を登りました。1時間くらいといってもずっと登り坂ですし、体力的な心配がある上に、パニックが起きないかも不安でした。
 でも、自分を試すつもりで気持ちを奮い立たせ登り始めると、私の周りにハエが一匹まとわりついてきます。こっちはそれでなくてもナーバスになっているのに、うるさいなと追いはらいながら歩きました。
 汗びっしょりになりながらゆっくりしたペースで登りましたが、道のりの3/4を過ぎたころにはかなりキツくなってしまいました。あまり無理するとパニックになりそうなので、引き返えそうかと考えてたところ、同じ奴なのかハエがまたしつこくまとわりついてきます。
「あっちにいってくれ!」
 昔は簡単に登れた道も歩けない事とうるさいハエに追いかけられる我が身に何ともツキのない情けなさを感じていた時、ふとこの状況の見方を変える考えが浮かびました。
「もしかして、ハエは俺を励まして応援しながらついてきてくれているんじゃないか。」
 こう考えたら、ひとりでおかしくなって笑ってしまい、あと少しの残りの道もなんとか登る事が出来ました。
 山登りをすると自然のエネルギーを受けてハイな気分になったりするのでこんな冗談を思いついたのかもしれませんが、視点を自分から離してハエに移したことでこんな見方が出来たのだろうなと思います。この後にこれほど面白い視点の変化は起きたことはありませんが、私にとっては忘れられない経験でした。
 お笑いのネタでこういうのをやっているのは、今人気のどぶろっくですね。「もしかしてだけどー」と視点の変換を(妄想)を格好よく歌って笑わしてくれます。
 
兄弟漫才コンビ中川家の兄、中川剛さんはデビューしてから数年してパニック障害を発病して、仕事も外出もままならなくなってしまったそうです。仕事が減ってきても病気の事は周りに隠していましたが、このままではどうにもならないので思い切って先輩逹に打ち明けようと、初めにアホの坂田、坂田利夫師匠にパニック障害であるという事を打ち明けました。その時に、坂田師匠が言った「お前な、パニックだかピクニックか知らんが、わしらの仕事そんな真剣に考えてやるようなもんと違うで。」という言葉に救われ、気持ちが楽になったそうです。
 さらに他の先輩達からも励まされて病気もよくなっていき、自分たちのペースで仕事ができるようになり、2001年のМ1グランプリチャンピオンにもなり、現在まで活躍しています。
 坂田師匠の言葉はお笑い芸人としてのものですが、考えてみれば人生だって本当はそんなにまじめに考えすぎるものでなく、冗談の笑いとともに楽しく過ごしていけばいいものなのかもしれません。パニック傷害の方などは特にこう考えるほうがいいのではないでしょうか。

前回からの続き)

 前回はその危険性があまり知られてないものとして、トランス脂肪酸(マーガリンなど)と白砂糖を取り上げました。今回は食品以外のものについて書こうと思います。

 まずは、日常よく食卓で使われるラップです。 
 家庭で使うラップには「ポリ塩化ビニリデン」製と「ポリエチレン」製のものの2種類があります。
 もし、家で使っているものが無添加のポリエチレン製ならそれは安全ですが、ポリ塩化ビニリデン製のものだったら、健康に対してあまりよいとは言えないので、ポリエチレン製のものに替えることを勧めます。
 ポリ塩化ビニリデン製のラップはテレビでよく宣伝したりしていますが、問題がいろいろ指摘されている製品です。
 まず、ポリ塩化ビニリデン製のラップからは、乳がん細胞を増殖させる物質が溶け出すのが実験で確認されています。さらに、ポリ塩化ビニリデンは丈夫で硬いので柔軟剤を添加していますが、これに環境ホルモンが含まれ、胎児に悪影響を与える可能性があるとも言われています。
 また、「使うな危険!」(講談社)という本の中で、ポリ塩化ビニリデン製の家庭用ラップを水に浸して、それに金魚を入れる実験をしてみたところ、金魚が暴れだしたり、動かなくなったりしたそうです。
 こうなるといったい何で作られているんだろうと思ってしまいますが、製品を写真で名指しされた有名家庭用ラップ2商品の製造会社が、これに対して抗議したという話も聞かないので、これは事実ということでしょうか。
 無添加のポリエチレンラップは(無添加という表示があるものを選んでください)多少くっつきが悪かったりもしますが、ポリ塩化ビニリデン製のものより安全ですし、値段も安いですからこちらを選んだほうがよいと思います。
 さらに家庭用のポリ塩化ビニリデン製ラップより危険なのが、スーパーなどで使われる業務用のラップです。
 業務用ラップはよく伸びますが、柔軟剤としてアジビン酸エステル(脂肪族多塩基酸エステル)というアメリカで20年以上前に発ガン性ありとされた物質が添加されています。これは熱で溶けだしてきたりするので、これに包まれたものをレンジで温める時は別の容器に移した方が安全です。

 次に取り上げるのはトイレにぶら下がっていたり、男性の小便器の中に置かれている丸い消臭剤「トイレボール」と呼ばれる商品です。
 このトイレボールは特有なにおいがしてトイレの防臭効果、防虫効果があるそうですが、トイレボールの主成分はパラジクロロベンゼンで、これは花粉症をひどくさせる物質とされ、発ガン性も指摘されています。トイレボールをトイレに置くと、揮発して家全体がパラジクロロベンゼンに汚染されてしまうそうです。
 厚生労働省もあまり厳しくないパラジクロロベンゼンの許容値をだしていますが、それを軽く越えてしまうほどトイレボールからのパラジクロロベンゼンの揮発量は多く、とても危険ですので使うのはやめた方がよさそうです。

 ほかにも、合成化学物質で作られて、使用すると髪や肌をかえって痛め、また皮膚から有害化学物質を吸収してしまうシャンプーやボディーソープ。そして強い電磁波を発する電子レンジやIH調理器、携帯電話、スマホなども注意が必要です。
 薬にも効果がなかったり、飲む必要のないもの、かえって症状を長びかせるもの、抗がん剤や抗うつ薬などの怖い副作用をもつものなどがあります。また多種類の薬を飲むことにも弊害があります。

 このように、日常生活の中でごく当たり前に使っているものに、調べてみると危険性があるということがかなりあります。日本は行政もマスコミも企業の経済性重視で、消費者に対する安全を軽視する風潮があります。
 ヨーロッパでは、脳への危険性から子どもの携帯電話の使用を制限するようにしている事を多くの日本人は知らないと思います。
 薬の危険性については近頃少しずつ話題になってはいますが、日本人の薬の消費量は多く、風邪に対して効果のない抗生物質を処方したり、インフルエンザ治療薬のタミフルの全世界の消費量の約7割が日本だったり、アレルギーの根本的解決につながらないステロイドを多く使う弊害、新型抗うつ薬を使用し始めたことで自殺者がかえって増えたのではないかという話があったりするなど、薬の乱用ともいえる問題は数多くあります。
 シャンプーや携帯電話、製薬会社のCM、宣伝がバンバンされているテレビ、新聞等のマスコミからではそれらの危険を知るのは無理ですし、毅然とした態度をとってほしい行政も企業に甘いことのメリットでもあるのでしょう、ほとんど信用できません。
 そんな状況の日本で生活するには、知らぬが仏という態度でいるのもいろいろ煩わされず、運が良ければそれらの害も受けずにいられるので一つの方法かもしれませんが、健康に不安があったり、病気をしがちな人や騙されたくない、本当の危険性を知りたいという人は、自らこういった知識に関する本を読んだり、ネットで調べるなりして自分なりに判断する必要があると思います。
 私も「買ってはいけない」「食べるな!危険」や安保徹先生、近藤誠先生の本などはけっこう読みますが、それらから自分で納得した情報、知識で生活するようにしています。
 そうすると買い物では良い製品は少ないから不便だったり、少し値段が高かったりする事(それでも余計なものを買わなくなるので経済性は良くなると思います)以外は生活がとてもシンプルで健康的になり、有害化学物質にさらされない快適さを感じられます。
 さらに、なるべく薬を飲まないようにするのも体に良い事だと思います。
 様々な製品の毒性は、それを使えばただちに何か起きる訳ではないからわずかなのかもしれませんが、あらゆるものに有害性が懸念されるものが入っているので、それらが長年ちょっとずつ蓄積される事の影響は十分考えられます。

でも、本当に有害と考えられる物は多いので、すべての事を気にして際限がなくなりストレスになってしまい、それで健康を害しては元も子もありません。しかし、せめて少しずつでも毎日使うものに注意したり、不必要なものを使わないようにするのは大切なのではないでしょうか。

 ふだんの生活で何気なく口にしたり、使ったりするものに、健康に対して危険性があるものがあります。それらはこういった事に関心を持つ人にはある程度知られていますが、マスコミや公的機関では積極的に伝えようとしないので、知らないという人もけっこういるでしょう。
 今回はこういった情報の周知を微力ながら手伝うつもりで、日常生活で避けたほうがいいものについて書いてみようと思います。

 まず、最初に取り上げるのは、マーガリンやお菓子、揚げ油に含まれるトランス脂肪酸です。
 このトランス脂肪酸の事でよく問題視されるマーガリンは、原料の植物油を常温で固体に保つようにするために「水素添加」と呼ばれる科学処理がされます。そして水素を添加する製造過程でトランス脂肪酸が生成されます。
 このトランス脂肪酸は人体にとても有害で摂りすぎると、悪玉コレステロールの増加と善玉コレステロールの減少をもたらし心筋梗塞や狭心症のリスクを高めます。そして、肥満やアレルギー疾患との関連、胎児の体重減少、流産を生じさせる可能性などが指摘されています。
 このため多くの国ではトランス脂肪酸の摂取に対する規制が行われ、食品含有量表示の義務付けがされています。
 そして、アメリカでは昨年トランス脂肪酸の食品への使用を禁止を決定しました。
 一方、日本の行政はトランス脂肪酸の危険性を認めながらも、対応はほとんど何もしていないのが現状です。
 日本人のトランス脂肪酸の平均摂取量は少ないとされ、マーガリンなんかも以前と比べてかなり含有量が減ってきているようですが、トランス脂肪酸はマーガリンの他に、ショートニング、ファストスプレッドなどと呼ばれるものにも含まれ、これらはクッキーやお菓子、アイス、コーヒーフレッシュ、パン、クリームなど様々なものに使われ(甘いものなんかの原材料表示を見るとたいていのものに入っている)、揚げ油としても外食、ファストフードなどで広く使用されています。
 これだけのものにトランス脂肪酸が含まれていれば、マーガリンを毎朝パンに塗ったり、クリームの入った菓子パンや揚げ物をいつもたくさん食べる人はざらにいると思うので、日本人の摂取量が少ないというのはちょっと疑問に感じます。
 危険性が伝えらてない上に、何にどれくらいトランス脂肪酸が含まれているか分からない状態では消費者も身の守りようがありません。
 また、大量生産で工業的に精製加工された植物油にもトランス脂肪酸は含まれているそうなので、家庭で使われるサラダ油等にはトランス脂肪酸がかなり含まれています。(エクストラバージンオリーブ油やゴマ油、一番絞りのキャノーラ油などの圧縮法で作られた植物油、バターなどの動物油脂にはそれほど含まれていません)こうなると私たちの身の周りには別名「狂った油」と呼ばれるトランス脂肪酸が満ち溢れているともいえます。
 この現状を変えるのは大変な労力がかかり、常に企業優先で経済性重視の日本のお役所は見て見ぬふりで何もする気はないのでしょう。アメリカの決定で少しは変化が起きればいいですが。
 そして、行政も食品業者もこの点に留意しているとは思えないので、私たちはこれに関して自己防衛するしかないと思います。
 なのでマーガリンやお菓子、サラダ油、外食の揚げ物などには十分注意が必要でしょう。


 次に取り上げるのは白砂糖です。
 私がつねづね疑問に思うのは、塩分の摂りすぎの害については口やかましく言われるのに対して、砂糖の摂りすぎについての注意喚起はあまりされない事です。
 ジュースやアイス、ケーキにどれだけの砂糖が入ってるか、糖分の摂りすぎで何が起きるかについては控えめにしかアナウンスされません。(そして薬を飲ませるためなのかメタボに関してはうるさい)
 お菓子・チョコやアイス、ケーキ、菓子パン、和菓子などとジュース、スポーツドリンクには大量の砂糖が使われているので当然ながら摂りすぎには注意が必要です。
 家庭で使う場合は、化学薬品を使って精製されミネラル等をほぼ取り除かれた、カロリーだけで栄養が全くない白砂糖(グラニュー糖、三温糖なども含む)は特に避けるべきものだそうです。
 精製された白砂糖は消化・吸収がとても早いので、たくさん食べると血糖値が急激に上がります。そうするとそれを下げようと、血糖値を下げるためのホルモン・インシュリンが過剰に分泌されて低血糖になります。
 低血糖が続くとエネルギーが不足するので、今度は体が血糖値を上昇させようとしてアドレナリンが分泌されるようになります。アドレナリンが増えるとイライラしてキレやすくなったり、不安になりやすかったり、不眠になったりしやすくなります。そして、そういった精神的に不安定な状態を鎮めようと甘いものを食べると、再び同じ事が起こって悪循環に陥ります。
 この状態を長期間繰り返すと、インシュリンの働きが低下して糖尿病へつながっていきます。
 さらに白砂糖は酸性食品なので、大量に摂取すると体が酸性に傾き、それを中和するために体内のミネラルが使われます。この時、特に使われるのはカルシウムで、白砂糖にはカルシウムが含まれてないので、体内の骨や歯のカルシウムが使用され骨や歯が弱くなってしまいます。
 砂糖を多く摂ると体を酸化させて老化を早めたり、疲れや貧血、うつ、アレルギー疾患、記憶力低下、認知症などの原因になるとも言われています。
 糖分は食事で炭水化物を食べていれば特別必要ないみたいですが、人は甘いものが好きなのでなかなかそうもいかないと思います。なので、糖分を摂る時は、白砂糖の弊害を避けるために、ハチミツやメープルシロップ、黒砂糖やきび砂糖、水飴などのカルシウム、ミネラルを含んでいるものを使ったり、そういったもので作られた製品を選んだ方が良いです。
 また、低カロリー食品等に使われるアスパルテーム、サッカリン、スクラロースなどの人工甘味料は安全性に疑いがあり、あまりたくさん摂取すると健康被害を受ける可能性があるので注意が必要です。
 メディアが白砂糖の批判をすると「訴訟の準備をします」といった書面が届くという話を聞いた事がありますが、白砂糖の原料の約60%は海外から輸入されているので、この砂糖の問題は世界の食物を牛耳る大きな組織と関係する話かもと想像してしまいます。
 白砂糖は使っているうちに甘みに慣れて摂る量を増やしてしまったり(ミネラルが入ってないので満足感が得られにくいと言われている)、習慣性があって依存してしまう麻薬のような性質を持ったものなので、怖い話ですが私たちは知らないうちに甘いものの虜になり、飼い慣らされてしまっているのかもしれません。
 また、甘いものの摂りすぎはストレスが原因という場合もあると思うので、ストレスに対処して解消するのも大切でしょう。

 (次回へ続きます)

 パニック障害を治すためには、あまり自分がパニック障害だと思い込まないほうがいいと私は思います。
 自分はパニック障害なんだといつも意識してしまうと、実際の取りまく現実がパニック障害の人という事で固定化してしまい、それに囚われて病気から抜け出すのが難しくなるという事があるのではないでしょうか。
(またパニック障害という名前も重いかんじでとても治しにくい病気という響きがありましたが、パニック症と呼び方を変えていこうという動きがあるのは良い事だと思います。なお、この動きについては最近になって私も知りましたので、このブログでは名称を途中で変えると混乱するため、障害のままにしてあります。)
 ブログでパニック障害克服、パニック障害と何度も話しておきながらなんですが、病気克服のためには自分がパニック障害という事を忘れているくらいがいいといえるかもしれません。
 私は病院に行かず、薬も飲まなかったですし、人に病気のことを話すのもあまりしませんでした。そして、パニック障害についての本もほぼ読まなかったので、自分がパニック障害だと意識する時間は少なかったと思います。
 最初の大きな発作の時以降に、突然前ぶれもなく襲ってくる発作や睡眠時の発作などに苦しむ方もいるそうですが、私にはそれらはなく、予期不安や広場恐怖といったものに直面しなければならない時はありましたが、それ以外はなるべく不安に思う事や発作を起こしそうになる事はあまりしないで、自分が病気だというのを意識しなくても済むようにやれる事だけをするようにしていました。
 自分がパニック障害だと思い、出来ないことをあれこれ考えて悩んでしまい、マイナスの気持ちばかりになってもなかなか展望は開けません。
 どうしても前向きになれない時は、ネガティブな気持ちのままでいて気持ちが上向くのを待つ必要もありますが、自ら悩みを作り出して落込む必要はないと思います。
 これは日本の教育や親の子どもに対する態度も影響してるのでしょうが、欠点を指摘してはそれを直すように日本人は小さいころから言われ続けている所があるので、マイナスばかりが気になってどうしてもネガティブになりがちです。
 しかし、たとえ家から出られないような症状であっても、掃除、料理などの家事や生活を規則正しくする、趣味、気晴らしなどの楽しみ、また何もしたくなかったら思い切り休むなど出来ることを積極的に行いポジティブな気持ちで生活して、自信を持つのが大切だと思います。
 道のりがどれだけ遠いとしても、やれるのは今ここから一歩一歩進んでいく事だけなので、前向きな気持ちでいる方が良い結果を早く得られやすいはずです。
 不安、発作が起きないように注意して自分のできることを行い、あれもこれもやれる、あれをしたい、あそこに行ってみたいと思えるようになれば自然とできる事・範囲も増えて、さらに今まで出来なかったことをやってみようという気持ちにもなれます。
 何をやるにもあれこれ考えずに普通にやれた頃に戻れればいいですが、そうもいかない現実があります。無いものねだりをするよりも、出来る事を(やれる事はいくらでもあります)する事で前向きな気持ちでいれば、そうしているうちに体にエネルギーがわいてきて、その活力が病気の克服に役立つはずです。体の活力を増やすのは大切なので、いろいろな方法(楽しいことをする、気持ち良い運動、休息、食事など)でエネルギーを高めるようにしたほうがいいです。
 
 私の経験を少し話してみようと思いますが、 パニック障害もだいぶ良くなったと思っていた頃、私の住む田舎から電車で2時間ほどかかる都会へ行く用事がありました。たぶん大丈夫だろうと久しぶりに電車に乗って行ってみる事にしました。乗っている時間は少ない方がいいかなと考え、停車駅の少ない特急に乗りました。
が、しかし、電車が動き出すと急に不安が湧き起こってきて、次の停車駅まで1時間も止まらない!、閉じ込められた!と思うと、気が動転して冷や汗がでて、何度もトイレに吐きに行ったりしてどうしようもなくなりました。本当に電車を止めてもらいたかったですが、1時間なんとか我慢して停車駅で降りて、目的地に行くことなく、落ち込みながら各駅停車の電車で帰ってきました。
 帰り道となると怖さがなくなり、見慣れた街に帰れば体も普通に戻りましたが、その時はとても悔しくて読んだことのなかったパニック障害の本を立ち読みしたのを覚えてます。
 たぶんそのころの状態なら都会に行ったとしても、人込みや街並み、騒音などに圧倒されてパニックを起こしていたと思います。
 パニック発作が起きるのはノルアドレナリンの過剰分泌、考え方の歪みなどそれぞれに一理あるでしょうが、脳も含めた体全体のエネルギーの不足というのも大きいと私は思います。病気だから体は休めているだろうけど、体のエネルギーの流れが悪く活力がない状態なので外からの様々なエネルギー、ストレスに負けてしまい、パニック発作につながるように私には感じられます。
 私もこの時はショックを受けましたが、特急電車に乗る用事はいつもはないので、気持ちを切り替えて日常生活で出来ることのみに専念していると徐々にエネルギーも高まったのか気付かないうちに、特急電車も高速バスでも普通に乗れる自信がつき、乗れるようになっていました。
 どうしても電車に乗るなど、それを克服しないと生活に支障があるような事の場合は話が別ですが、もしそうでなければ無理にマイナスにこだわる必要はなく、私がやったように別の事に目を向けた方がいいと思います。

 何か困難なことに挑戦して、それを達成して自信を得るというのもいいと思うけど、あまりに無理をして何かに到達しても、脳は満足しても、ストレスで肉体が無意識的にダメージを負う事があると思います。
 例えば、富士山に登って自分の限界に挑戦するなんていう事を聞いたりしますが、若い頃何回か富士山に登った経験から言うと、富士山に登る前にいろんな山に登って経験を段階的に少しだけ積んで登れば、富士登山はそれほどメチャクチャ大変といいう事でもないです。
 しかし、ふだんから運動をせず、山登りもした事がないという人がいきなり登るのは無理というもので、5合目から山頂まで7時間以上かかったりするのは限界に挑戦というか少し危ないと思います。そうやって登れば達成感はあっていい思い出にはなりますが、そういう挑戦は何度もできませんし、ストレスにもなります。だったら、体を少しずつ作ってラクに登れるようになる方が合理的ですし、登山も楽しめます。
 この登山の喩えで今までこの記事で熱弁してきた事がイメージしてもらえればいいですが、難しい困難な事をいきなりやろうとするよりも、簡単な山から登り始めるように少しずつ出来る事を増やして経験を積んでいけば、難しく大変に思える事も知らないうちに達成できるようになると思います。
 こういうかんじで行動する方が、頭だけで考えて自信過剰になったり落ち込んだりして体がついていかない脳優先の状態ではなく、頭も体もお互い納得して行動し、継続していける方法だと思います。
 

 しかし、それでも人生にはどうしても避けられない大変な事、恐怖を感じる事に直面しなければならないことも多いですが・・・・まぁ、それは結局起きた時に考えるのが正解だろうから、前もって心配しないようにしたほうがいいのでしょう。

 これまでパニック障害の克服のための方法について3ヶ月ほど書いてきました。
 その中の私の経験・考えも含め、さまざまな方法を知ってもらい症状に悩んでいる人の改善に少しでも役立つことが出来たらと思っています。
 そして、今回から数回ほど今までに書ききれなかった、この病気について私が思っている事を書いて、このブログでのパニック障害克服に関する記事の締めくくりにしたいと思います。

 私がパニック障害になった事でよく思うのは、もしこの病気になっていなかったら、別の病気になっていたんじゃないか、という事です。重度のうつや他の精神疾患、肉体的な病気ならガンなどです。
 パニック障害になる人は精神的に繊細であったり、神経質だったりして、心や体の不調に敏感な場合が多いかもしれません。それは実際、心身が弱くていたわらなくてはいけないという面もあるからだと思います。
 一方、生まれながらに体が丈夫で、徹夜しようが熱が少々高かろうが平気という人もいますが、そういった人はその丈夫さゆえに自分の体に無頓着で、いたわる事をあまりせず、体を酷使しがちになります。あまり自らの体を過信してしまうと、体の異変に気づきにくくなってしまう事も多いかもしれないですが、ガンになりやすいのはこういった肉体的に強く、無理も平気という人に多いと、ある医師が書いた本で読んだ事があります。多少体が悲鳴を上げても頑張ってしまったり、SOSに気づけなくてガン(重いうつ病や過労死等もそういった面があると思いますが)になってしまう事もあるでしょう。
 その点、パニック障害になる人は体の状態に敏感なので、無理をして本当に体を壊す手前の所で体が警告を起こし、それがパニック発作として表れたというのもあると私は思っています。
 他の病気と比べるというのは変ですが、ガンだったら直接命に関わる病気です。しかし、パニック障害はそれで命を落とす事はないと一応されているので、その点では少し安心できるのかもしれません。(それ以外では困った事も多いですが・・)
 パニック障害になるのは一見マイナスばかりのようですが、発症する前の状態そのままでいれば命が危なくなってしまうので、そこから逃避させて体を救い、さらにパニック障害になった外因・内因に自ら気づくようにさせている面があるんじゃないか、また体が弱いから助かり、体が強かったら助からないという逆説的な事もあったんじゃないか、と思いもします。

 物事の善悪は一面的に決められず、良いは悪い、悪いは良い、持つは持たない、持たないは持つといった事が長い目で見るとけっこうあるのではないでしょうか。パニック障害になった事にも良かったところは必ずあります。人生はそう簡単に割りきれるものではないはずです。

 こういった人生の逆説的に見える真理について多く語るのは、中国の老荘思想でしょう。これは二千年以上前の古代中国で老子、荘子によって説かれた思想で、私は「道(タオ)」や「無為自然」、「胡蝶の夢」など通りいっぺんの事しか知りませんが、自然、社会、人生の摂理や知恵を説くとても奥深い教えだと思います。
 その荘子の言葉に「無用の用」というものがあるんですが、それが今述べていた事と関係する所があると思うので、ちょっと取り上げてみます。
 「無用の用」は荘子の著書とされる「荘子(そうじ)」で言葉の意味を少し変えながら、いくつかの話の中に出てきます。

 ある所に大きなくぬぎの巨木がありました。それを見た木工の職人の頭が「舟を造れば沈むし、棺桶を作れば腐るし、道具を作れば壊れてしまう。全く使い道がなく取り柄のない木だ。」と言うと、その晩、職人の夢の中にくぬぎの巨木が現れて「すべて役に立つとされる木は実をもがれ、枝を折られ、人間の用のために切り倒される。何の役に立たないからこそ天寿を全うすることもできるのだ。」と告げるという話。
 山の木は有用なため切られ、漆の木は塗料となるので切られる。虎やヒョウの美しい模様は狩りを招くもとになり、タヌキを捕らえる特技を持つ犬はそのために繋がれて不自由な思いをする、あまり有用だと身の災いになる、といった話。
 また、大地は広大だが人の使うのは足の踏んでいるわずかな広さである。もし踏んでない地面を不要だとして、それを掘ってなくしてしまったら、その土地は有用だと言えるだろうか?一見役に立ってない無用のものが実は役に立っている。無用があるから有用が成り立つという問答など、ほかにも違う意味を持つ「無用の用」の話もありますが、私の興味を持ったものだけ書いてみました。
 パニック障害の人が無用というわけではありませんが、私は使い道のない木だから天寿を全うできるという話を読んだ時に、そんな考え方もあるんだととても心を動かされました。そして、さきほどのガンになりやすい人の話などとあわせて考えると、これは人生の一面について的確に指摘したものにも思います。
 体を気にしたり、恐れにいつもとらわれて、現実社会からすれば役に立たなく、無意味に思える事も、見方を変えれば用になりえるという発想。こんな考えが二千年以上前、日本では縄文時代の頃に説かれているというのに驚いてしまいます。そして、社会からすれば。無用な事の多い私の生に意義を与えられたように感じて少し気が楽になりました。
 現代社会は効率とか経済性、有能さなどが特に重視されてそれを追い求めますが、そういったものばかりではなく、人の気持ちや自然、取り柄のなさや無意味なものなど有用からこぼれ落ちたものも大切で、無用だからこその自由やものの見方があるんだと思ったりもします。

 中国では昔から秩序や礼節を重んじる儒教の教えが国によって取り入れられてきましたが、老荘の思想はそれに対抗する形で存在し、儒教的な堅苦しさからの開放という役割をしてきたところもあるそうです。
 日本にも古代から儒教は取り入れられてきて(日本仏教の先祖供養などはもともと儒教の教え)その影響は大きく、忠君報告といった考えや縦社会みたいなものは儒教からのものでしょうが、儒教と比べると老荘思想はそれほど日本に広まらず、私は日本社会に感じる息苦しさの訳はこんな所にもあると考えます。

 「道徳」を学校の教科にしようという動きがあり、これは現政権か文部科学省か誰が進めているかは知りませんが、何が正しいというのを決めてもらえば何も考えなくてラクになります。その正しい事も、アメリカの言いなりになる事か、武器や原発を売って金をかせぐことか、お上の言うことを疑わずに従う事か何か分からないですけど、そういった事を学校で教えるようになったら、ますます生きづらい社会になって私という存在の無用化も進むなと思ってしまいます。
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