今回は風呂で体を洗うついでに、リンパの流れも良くする方法を紹介しようと思います。
 リンパ(液)は、静脈に沿って全身に張りめぐらされているリンパ管の中を流れています。そのリンパの働きは、体の中の毒素や老廃物をろ過して取り除くことです。ですから、リンパの流れが良いと、疲労回復を早め、免疫力向上をもたらしてくれます。
 そして、体内にたまった余分なものを排出すると、体の内側だけでなく見た目にもスッキリしてきます。
 リンパは、筋肉を動かした時と手などによる外からの刺激によって流れます。
 リンパを意識的に流したことがある人は多くないと思いますが、そういう人が体をあまり動かさないでいると、リンパの流れが悪くなってしまいます。さらに体の歪みも大きかったりすると、老廃物などがたまりやすくなる部分ができてしまい、それが体型の崩れや健康への悪影響をもたらす原因となったりします。
 人それぞれ体の動きの癖があったりして、リンパがうまく流れない部分があるので、意識的にリンパを流すようにしないと、その部分はずっとリンパの流れが悪いままということになってしまいます。

 リンパマッサージの本などを見ると、リンパを流すときはオイルやジェルを使うとよいと書かれていますが、私は体を洗うのと一緒にできれば一石二鳥だと思い、3,4年くらい前からこのついでのリンパケアを行っています。これは体の洗い方を少し変えるだけでよいので、覚えてしまえばラクに続けられる方法だと思います。
 行う時は、 食後すぐや飲酒後は控える 肌にキズやトラブルのある時はそこを避ける 妊娠初期は行わないことなどに注意してください。そして、やってみて調子が悪かったら、様子を見るようにしてみてください。

 やり方はまず、リンパ管を流れてきた老廃物をろ過するリンパ節という場所をもんでほぐします。
 リンパ節は、耳の前と下のあたり、鎖骨の上下あたり、わきの下、そけい部、ひざの裏側に特に集まっているので、ここを最初にもんでおきます。このリンパ節をたまにもんでおくだけでも健康効果があります。
 それから手で体をなで洗いするのと一緒にリンパを流します。
 リンパ液の70%以上は皮ふのすぐ下を流れているので、リンパを流すときは、手でやさしくさするだけで十分です。(小鳥をなでるように、と例えられます)逆に強すぎる刺激は流れを悪くしてしまいます。
 全身をなでていきますが、リンパはリンパ節に向かって決まった方向で流れているので、それに沿って流していきます。

 頭はおでこの生え際から、頭頂部→後頭部へとなでて流し、側頭部は耳のほうへ下ろします。
 顔は全体を縦の中心から左右に、手のひらを密着させて耳のあたりへ流します。皮ふが薄いので、顔は特にやさしくなでていきます。これは朝、顔を洗う時も意識してやれば、顔のむくみも取れてスッキリします。仕上げにこめかみの辺から耳の下の所まで手のひらで流します。それから首も上から鎖骨のほうへやさしくなでおろします。
 次に、腕は手先からわきの下へ向かって、それから肩、胸、背中もわきの下へ向けてなでていきます。肋骨もわきの下のリンパ節に向かってなで上げます。
 背中の下部、腰のあたりは、体の前側のお腹のほうへもってくるようにします。お尻も前に流すように、そけい部へとなでで行きます。そして、お腹は背中から流してきたものと一緒に(見えないのでイメージですが)、そけい部へなで下ろしていきます。
 足はまず足の裏を指のところからかかとへ流し、そしてふくらはぎからひざ裏へと流します。足の甲も指先からスネ、ひざまでとなで上げてきてから、太ももの表裏をそけい部へ流してくるかんじでやります。

 私は日本手ぬぐいで体を洗うので、以前はそれを使ってリンパを流してましたが、本当にさするくらいでいいというのを知ってからは、手でやるようになりました。でも、日本手ぬぐいでも軽い力でやれば問題なくできます。こっちのほうがやりやすい人もいるかもしれません。とにかく一番良くないのは力を入れてやったり、やりすぎたりすることなので、そこは注意してください。
 ふつう風呂で体を洗うときは、行ったり来たりとこするので、これでリンパも流れているように思えますが、リンパケアで一方向へ流すようにするのとではかなり効果が違っていて、正しいやり方をすると、肌の状態や疲労の回復の程度に差があるのを感じます。

 今回紹介した洗うついでのリンパケアは、リンパ節をもみ、洗う方向、順番を知ればいいだけなので、2,3回意識的にやればすぐ覚えられます。いつでも簡単に体を洗うのとリンパケアができるようになってお得ですので、一度お試しください。


 ここからは余談になりますが、目の下の骨のふちを目頭から目じりへと指をあててずらしてみて、ジョリジョリと触るものがあったら、それがリンパのつまりだというのを、むかし聞いたことがありました。そこで自分で触ってみると、ジョリジョリしたものがありました。
 それから、体のほかの部分でも同じようなものがないかと探すと、内もものつけ根に触ると痛いボコボコしたところ、肋骨に沿ってリンパのつまりと思えるゴリゴリした塊があるのを見つけました。
 内もものところは、毎日少しずつもんで流すようにすると、リンパの詰まった痛いかんじはなくなって柔らかくなりました。
 肋骨の塊はさするだけでは流れそうにないので、石けんを泡だててから爪の平らな所を押し付けて、みぞおちの所から脇のほうへ、ゴリゴリしたつまりを流してみました。すると、驚いたことに、その部分がたちまち内出血してきたんです。
 これにはとてもビックリしたけど、まあ大丈夫だろう、と思い肋骨のほかの所もそうやって爪で押し流してみると(わきの下の近くは特に大きなゴリゴリがあった)、3ヶ所くらい内出血してしまいました。おそらく相当何かが詰まっていたのだと思います。
 しかし、アザができた体を鏡で見てみると、全体的に上半身の体型がいい感じに変わって、胸の部分が広がったように見えました。たぶん老廃物のつまりが流れたので、それまで固まっていた骨格がほぐれたのでしょう。
 この肋骨のゴリゴリはその後、爪で流しても内失血しなくなり、完全に取れたわけではないですが、詰まったかんじはなくなりました。
 これがリンパのつまりなのかははっきりしませんが、やはり何か老廃物の滞りみたいなものだったのでしょう。これは強めに押し流すととれていきますので、一度風呂で肋骨を触ってみてこのゴリゴリがあったら、体の中心から脇の下の方へ骨に沿って流してみるといいと思います。

 ここ数年、タモリさんが肌をきれいに保つ秘訣として長年続けている「タモリ式入浴法」が話題になっています。これはとても簡単な方法で、入浴時に
*湯船に10分以上つかる
*石けんやボディーソープを使って体を洗わない
というものです。
 タモリさんによると、体の汚れのほとんどは湯船につかることで落ちるので、石けんを使ったりする必要はないとのことです。
 皮膚の専門家もタモリ式の効果を認めていて、石けんやボディーソープで体を洗いすぎると、必要以上に皮脂を落としてしまったり、皮ふの表面に存在して酸性の膜を作り、皮ふを守る働きをする皮膚常在菌を殺してしまうので、乾燥肌やベタつき、アトピーなどの原因になることがあるそうです。特にボディーソープは常在菌をほとんど殺してしまいます。(テレビCМでは肌をなめらかにするなんて宣伝してますがボディーソープは化学物質の塊ですので、同じように添加物の多いシャンプーともども注意が必要です)
 「タモリ式入浴法」はネット上でもかなり評判が良くて、「そんなに洗わなくても問題ないと分かった」「乾燥肌が治った」などの感想が多いようです。ただ、よく洗いたいところ、首、わきの下、股、足などや、日焼け止めを塗ったところは石けんを使って洗ったほうがいいという意見もあり、人それぞれのやり方を工夫しているみたいです。私は2日に一回、石けんを使って気になるところを洗ようにしています。
  企業の宣伝で成り立っているテレビで、石けんやボディーソープを使わないという話がおおっぴらにされ、それがブームになったのはけっこう面白い現象だなと思いました。
 
石けん、ボディーソープで洗いすぎないほうが良いというのは昔から言われていましたが、タモリさんや福山雅治さんなどの有名人が勧めることのインパクトは大きいですね。タモリ式がもっと広まれば、肌のトラブルも減りますし(ボディーソープが売られるようになってから皮膚科の医者が忙しくなったという話も聞いたことがあります)、無駄なお金を使わないで済むのでいいことずくめではないでしょうか。

 私も洗わなくていいなら楽でいいなと思い、湯船につかるだけにしたり、手でなでるように洗ったりするだけの日が多くなりました。
 それまでは体を洗うときは日本手ぬぐいで石けんをつけずに洗っていました。
 これは手で洗うのとナイロンタオルで洗うのとの間といったところでしょうか。ナイロンタオルやブラシと違って、日本手ぬぐいの生地は肌になじむように思います。
 ここ最近はタモリ式でこの方法で洗わない日も増えたけど、それまでは毎日こうやって洗い、汚れや垢も取れてスッキリしていました。そして、たまに自分の手で体のあちこちをこすって、垢すりをすれば肌がスベスベになります。
 タモリ式だけでは汚れが気になるという人は、日本手ぬぐいで一度洗ってみてはいかかでしょうか。少し洗いにくいけど、優しくなでるように洗っているうちに慣れてきます。

 裸でいられる入浴時は体のメンテナンスがいろいろとできる時間だと思います。
 垢すりは肌がスベスベになるのでクセになりますし、今までの記事で書いた冷えをとって血行を良くする温冷浴、全身のツボ押し皮ふひっぱりなどは手軽で健康効果が高いのでお勧めです。
 次回は風呂で体を洗うとき簡単にできる、老廃物を流して、疲労回復や体型をすっきりさせる効果のあるリンパケアについて書きたいと思います。

 最近はジョギングやマラソンが流行しているので、走っている人を見かけることがとても多くなりました。
 走るのはダイエットのためとか友達に勧められたとかさまざまな理由があると思いますが、激しい運動をして体を鍛えれば、健康になると考えている人も多いかもしれません。
 しかし、この考え方が当てはまるのは若いうちだけで、中年以降は激しい運動をすると体にかえってよくないというのは、近頃メディアでよく言われるので、知られるようになってきたと思います。 
 なぜ良くないかというと、激しい運動をすることによって呼吸量が増えて酸素をたくさん取り込んむことで、体内に大量の活性酸素を発生させてしまうからです。活性酸素が増えると細胞などを傷つけて免疫力を低下させ、さまざまな病気の原因になり、老化を早めます。
 また、生物が一生に行う心拍数は決まっているので、激しい運動を行って心拍数を上げすぎると寿命が短くなってしまうとも言われていて、実際激しいスポーツを行った人の寿命はそうでない一般の人より短いというデータもあります。
 ですから、運動が体に良いというのは、ウォーキングやジョギングなどを行えばいいという程度のことだそうです。それをマラソンやロードワークなどと本格的に走ったりすれば、軽い運動とは言えず、さらにタイムを縮めようと考えて走ったりすると心身に大きなストレスを与えます。そして、走りすぎることでヒザや腰を痛めやすくなることもあります。

 日本人の持つ運動のイメージは学校の部活動の勝ち負け重視、鍛練、我慢が素晴らしいといった意識から抜けないので、運動は激しいものということになりやすいのでしょう。
 若い人は活性酸素を除去する能力が高いので、激しい運動をしても問題がありません。若いときの激しい運動は、心肺機能や筋力を強めたり、精神力を鍛えたりと、大人になって生活していくための基礎を作るためにある程度必要だと思います。
 しかし、30代後半くらいからは、健康のためと思って激しい運動を行うのは良くありません。辛いけど健康のためにと頑張って運動するのは、ストレスや活性酸素を増やすので逆効果以外の何物でもありません。
 中高年の運動は軽い有酸素運動で十分で、無理に運動しようと考えなくても、なるべく歩くことを心掛けたり、家事や掃除などでこまめに体を動かすようにするだけもけっこう運動になるそうです。
 体も道具や物と同じで使わなければダメになるし、激しく使えば壊れやすくなる、そして適度にていねいに扱って手入れすれば長く使えるということだと思います。

 ―――、とここまで「激しい運動は健康に良くない」ということを述べてきました。これはこれで正しい事実ですが、それでもこのことは、人の考え方次第なのではないかと、これまでと正反対のことを言いますが思います。
 運動はここまで言ってきたように、お酒やおいしい食べ物、嗜好品と同じように適度に楽しむ分にはあまり問題ありません。しかし、中には思い切り体を動かさないと気が済まないという人もいるでしょう。人それぞれ体のつくりが違って、運動の軽さ、激しさの程度も違うはずです。
 子どもの頃からずっと運動してきたという人は、人と体の強さが違うでしょう。そして、激しい運動が好き、試合の勝ち負けが楽しくてしかたない人もいると思います。
 ジョギングをすれば、いい汗をかいて、体も引き締まる、「ランナーズハイ」になって気分も爽快、人生に前向きになり、とにかく楽しいし健康的(これは疑問ですが)と考えている人に「活性酸素が増えてよくないですよ」と言ったところで、大きなお世話だという話になるでしょう。結局このことは、飲酒のようにリスクを知って、自己責任で楽しめばいいということではないでしょうか。
 (「ランナーズハイ」は脳内にベータエンドルフィンという物質が分泌されるために起きる現象ですが、これが起きて気持ち良くなるのは体が健康だからということではなく、体に非常な負担がかかっているために鎮痛効果のあるベータエンドルフィンが苦痛を消しているということです。走ることが快感になってやめられないという人は、脳内麻薬と言われるベータエンドルフィンの中毒になっている状態だそうなのでご注意ください)

 私は走るのが苦手なので走りませんが、歩くのは好きです。そして、マラソンほど激しくはないと思いますが、山登りが好きです。 山は空気がきれいですし、森の中では気持ちが穏やかになってきれいな景色を見ながら歩いたり、大変な思いをして頂上に着いたときの達成感、そしてそこで食べる弁当のおいしさと一度その楽しさを知れば本当にハマってしまいます。
 しかし、やはり長時間山道を歩くのはハードですから、活性酸素は発生するでしょうし、遭難や思いがけない事故もあって危険なところもあます。
 それでも登山の楽しみを思えば、そんなことは考えずに行きたいなと思ってしまいます。
 私はたまに行くくらいだからたいした影響はないと思いますが、頻繁に登る人は活性酸素の影響があったとしても、そんなことは気にしないでしょうね。楽しいことを我慢して長生きしてもつまらないと思ってしまうし、我慢することはストレスを増やすからかえって良くないということもあるかもしれません。

 私は若い頃、地図のコースタイムよりどれくらい早く歩けるか、なんてやっていましたが、今はそれはきついのでなるべく息を切らさず、口でハアハア呼吸しないで歩く方法を考えたりしています。こうすればハッキリとは解らないけど、活性酸素の発生を少しは抑えられるのではと期待しています。
 私は夏山しか登らないので今年の山登りはそろそろ終わりですが、来年はこの方法の研究成果をブログで書けたらいいなと思っています。

 無努力静功3では静功を行うときに一番楽な姿勢・悪い姿勢をとることの意義について説明しました。
 静功4の記事ではそうやって体を楽にしていると顔の筋肉も同時にゆるみ、今まで内に秘めて隠していた、人に見られたくないような表情が出てくるというということを書きました。
 そして、良くない顔は表に出てきて表現されれば解消されていくので、自分で見て驚くような顔をしていたとしても、その顔でいれば安心感や開放感があるということも書きました。
 しかし、良くないネガティブな顔でいると、それに伴った感情が出てくるときがあります。その感情はとてもネガティブで激しいものである場合が多く、そういった感情が現れると戸惑ってしまうこともあると思うので、今回はそういったことへの対処法について書いてみたいと思います。

 誰でも辛いこと、嫌なことがあればそれに対する悲しみや怒りなどの感情が自然に出てきます。そのときに感情が表現されずに心の中に抑え込まれると、それは筋肉や骨格のゆがみとなって体に刻みつけられます。そして、その刻みこまれた感情が外に現れてくると私たちはとても不安になるので、それを避けるために体を固くして抑圧された感情からくる体の歪みをブロックしてしまいます。
 しかし、楽な悪い姿勢でいると体がゆるみますから、このブロックがとれてネガティブな顔や感情が現れてきます。
 出てくるのは、今までに抑圧され蓄積されたさまざまな感情です。憎しみや暴力的なもの、いろいろな欲望、自己否定、さみしさ、悲しさ、ねたみ、など、自分の中にこんなに強い感情があるのかとショックを受けるほど強いものかもしれませんが、これらはすべて出してしまうほうがいいと思います。
 激しくあまりにネガティブな言葉が湧き上がってくることがあったり、それが現れることで恥ずかしくなる、自分が自分でなくなる、何か悪い存在に変わってしまうなど、不安な気持ちになったりもするかもしれません。しかし、静功で座りながら起きることを無理に止めずに、そのままにさせれば、やがてそれらの感情は消えていきます。一度これを経験すると、静功を行うたび、また日常生活の中でも、それらの感情は出てくるようになるかもしれないけれど、とにかく抑え込まれたものの気の済むようにさせれば、長い期間かかるかもしれないですが必ずこれは終わります。
 このとき注意してほしいのは、感情を出るままにさせるだけで、感情が望むことはしないようにすることです。実際に行うと警察に捕まってしまうような欲求、感情も出てきますので注意してください。
 感情があまりに強いときには想いを声にしたり、心の中で繰り返しつぶやいたりが止まらないこともありますが、それも自ら気の済むまで行います。

 これが起きると、自分が本当はどのような感情を持っているのか知ることができます。
 そして、その良くない感情を持った自分を見つめれば、そこにはそれ以上でも以下でもないありのままの自分がいるだけであり、それ自体には何の問題もありません。認めたくないかもしれませんが、ただそういう自分であるということを知れば、それ以外のものになる必要はありません。ネガティブな感情があったとしても、それに対して何もせず、感情の動きをそのままに見つめていれば、それは消えていきます。
 ネガティブな感情にとらわれ振り回されて、問題、葛藤が生じるのは、感情的になってはいけないとかマイナスの感情を持つ自分は認めらない、とその感情から逃げたり、抑えつけようとするからです。そうすると結果的に、嫌な感情を自身のうちにいつまでも根付かせてしまいます。

 本音と建前を使い分けるのが日本の社会と言われますが、誰でも建前の部分ではいい顔をしていたとしても、本音では不満や憤りを持っています。その場合は自らの感情がどこにあるか分かっているから、それを発散させたりすることが可能です。一方、不満や怒りなどを良くないもの、考えてはいけないものとしてしまう人もいます。自然な本心に向き合わず、感情の存在を無視して抑え込むようにしていると、それは大きなストレスになって心身の病の原因になります。
 しかし、内にこもった感情を抱えていても良いことはありませんから、それをなるべく吐き出し、発散させるようにする必要があります。
 不満などネガティブなものを発散する方法は遊びに出掛けたり、体を休める、飲み食いや買い物といろいろあると思います。
 インターネットも不満のはけ口として使われている面があって、ネット上ではふだんあまり人に見せられない感情をさまざまな形で吐きしたものも多く、これはこれで精神衛生上の意味はあると思いますが、ネットで悪口等を書いて発散するのでは、いつまでもその感情から抜け出せずとらわれ続けてしまうのではないでしょうが。
 ネガティブな感情は、それを作り出す原因に対して直接抗議するとき以外は、形を変えて別の人にぶつけたりしないで(嫌な感情の連鎖が起きる)、自ら吐き出したり、感情を見つめてそれが消え去っていくようにして処理したほうがいいように思えます。


 無努力静功を行うと起きることして、悪い姿勢、良くない顔、ネガティブな心とそれぞれ書いてきましたが、考えてみればタイトルに使われる悪いやネガティブという言葉は、一般的にはそう見えるということだけで、あまり的確な言い方ではないかもしれません。自然と出てくる姿勢、顔、心は私たちのありのままのものなのだから、良いとか悪いと評価すべきではないでしょう。
 ここまで何度も言ってきたように、ありのままの見た目に良くない姿勢には嘘が一切なく、これは体自身が望むより健康な姿勢につながっているのだから、悪い姿勢、顔、心はむしろ正しい、ポジティブなものであると私は考えています。
 ですから本当は、「悪いといわれるが実際はそうではない姿勢のススメ」とかのタイトルにしたほうがいいのでしょうが、訳が分からなくなってしまうので分かりやすいものにしています。

 手足は特にケガをして傷をつくりやすいところだと思いますが、今回はそんな手足の傷を早く治すための方法をご紹介します。

 西勝造という人が編み出した西式健康法は、心身に対する独自の理解に基づいた奥深い健康法です。その中に毛管運動という全身の血行を良くするための方法があるのですが、これが傷に対しても効果があります。 
 正式な毛管運動は、寝転んで手足を真っすぐ上に伸ばして振るというやり方をしますが、傷があるときには手や足だけを心臓より高く持ち上げ(真っすぐに伸ばさなくてもよい)念入りに微振動させるようにします。1回数分くらいやり、1日に何度やってもかまいません。
 私も指を切ったときなんかにやりますが、傷を悪化させることもなく痛みがすぐなくなり、治りも早くなっていると思います。

 どうして治りがよくなるかというと、心臓より高い位置で小刻みに振ることで、手足の血流が一時的に悪くなり酸欠状態になりますが、こうなると細胞が断食状態になって傷に栄養が行かなくなり、細菌が繁殖せず、化膿しなくなります。さらに酸素と栄養を断つことで、傷ついた細胞を新しい細胞に再生させる働きが促されるそうです。
 そして、毛管運動を終え、手足を下すと今度は急速に血液が送られるので血行がよくなり、毛細血管のすみずみまで栄養と酸素が送られ傷の治りを助けます。
 やっていると痛くなることもありますが、それは良くなるために起きる好転反応だそうです。
 この方法はとても役に立つものなので是非覚えておいて、ケガをしたときに行ってみて下さい。

 この毛管運動の効果に関してすごく興味深い話があります。西勝造さんの本に、指を誤って切り落としてしまったときにはその指を水で洗いくっつけて固定し、毛管運動で一日中振っていると指がくっつくということが書いてあります。
 複数の指を切ってしまったときは指を間違えてつけないように、との注意書きがあったりするので驚かされますが、私もあってほしくないけどそういう機会があったら試してみようと思います。(今は外科手術で指を縫い合わせてくれますが、外科に行っても混んでいるときは切った指と一緒に待たされたりするそうですから、そういう時にやるといいかもしれません)

 正式な毛管運動のやり方はあお向けに寝ころび、手足を真っすぐ上に上げ、足のかかとは直角にして、2~3分小刻みに振動させるというものでけっこうきついそうです。(私は1分くらいしかやったことがないです)
 これを続けていると、手足の毛細血管の動脈と静脈のつなぎめの所にあるグローミューという、血液を細胞に触れさせずに通すバイパスのような器官が活性化して、血流が良くなるそうです。
 手足は冷えやすい場所ですが、それは甘いものやアルコールの摂りすぎでグローミューが閉じてしまうためで、毛管運動や温冷浴を行うことでグローミューが復活して、全身の血行も良くなります。西式健康法ではグローミューの働きが良くなることでさまざまな病気が良くなるということを言っていて、毛管運動や温冷浴を重要視しています。
 西勝造そんは50年以上に前に亡くなっていますが、西式健康法の信奉者は今でもかなりいるようです。

 前回の記事では、無努力静功中に悪い姿勢でいることについて書きました。
 そうやって楽な良くない姿勢で座っていると、顔も一緒にゆるんできて、人に見せられないかんじの顔になる場合があります。
 顔を変に歪めたり、呆けた顔、怒りの表情、無表情、つらそうに顔をしかめる、または無気力、絶望的な表情などいろいろな顔がでてきます。
 これは感情を内に押し込めた、表情が硬い人(私のような)に起こりやすいものだと思います。
 これらの顔は自己イメージや世間体、または生きていくために被った仮面の下に閉じ込められた自分の抑圧された感情が現れたものです。この感情は筋肉や骨格の歪みとして顔に刻みつけられ、ふだんは自身で気づかなくても、悪い姿勢で体がゆるむことで、ネガティブに見えるいろいろな表情が現れてきます。
 人には見せられないこれらの顔は、どれほどネガティブでひどいものに見えたとしても、避けたり否定したりせずに現れるままにしたほうがいいと思います。
 辛く悲しい顔が隠れているのは、その顔をすべき時にそうしないで、自分の中に押し込めてしまったからです。これらの顔、感情を閉じ込め、意識的に忘れようとしても、抑圧されたものは気づかないところで私たちの心身に悪影響を与え、生きづらさの原因になります。
 しかし、良くない顔は外に出て表現されることを望むのか、鏡で見たら自分でさえ驚く顔のままでいると、気持ちが楽になったり安心感があったりします。この良くない顔に(表情に付随してくる感情が現れる時もありますが、その時も)何も反応せず静功で座り、現れるままにしていると、やがてそれらは解消されていきます。
 いろいろな顔になって戻らなくなり、焦ることもありますが、無理に戻そうとしないでとにかくそのままでいると戻ります。
 人には決して見せられない顔でも、それでいれば楽で気持ちよくなって、だんだんエネルギーが自分の中に生まれてきます。このエネルギーが、前回の悪い姿勢の記事で書いたように、筋肉のコリや顔の歪みとして形作られたネガティブなものを取り除く働きをしてくれます。
 悪い姿勢も良くない顔も認めたくない自分の姿ですが、より良い状態になるためにはこの偽りのない姿から始めなければなりません。(といっても、ただ楽な姿勢で座っているだけの簡単なことですが)
 しかし、私たちは、しっかりしていなくてはならない、落ち込んではならない、不平を言ってはならない、と社会や周囲から言われることが多いので、これらのネガティブなものはあってはならないものとされてしまいがちです。そのため正しい姿勢や取り繕った顔でいるようにしますが、こうすることは問題をただ先送りにして複雑にするだけで、それ以上の自然な改善を阻んでしまうと私は思います。
 本来、感情は私たちの自然な反応だから良いも悪いもありません。しかし、ネガティブなものとされる怒りや悲しみなどの感情が起きた時、うまく表現できなかったり、人に弱みを見せられないとそれらの感情を押し殺してばかりいると、隠された感情はいつまでも自分の中に残ります。人がうつ病になったりするのは、この蓄積された感情でいっぱいになり、身動きが取れなくなった時だと思いますが、心を軽く晴れやかにするためにはそれらを片付けなくてはいけません。

 悪い姿勢でいたり、良くない顔が出てくるようになると、静功中だけでなく日常生活でもこれらが突然現れてくることがあります。
 人に見られていない時に変な顔になってもそのままでいればいいですが、外を出歩いているときなどは見られないように注意しています。もし、良くない顔のままで歩いていると警察に通報されかねません。
 私は口をずらして歪めたり、口が閉まりなく開いているような顔になるときには、マスクをして顔を隠してしまいます。こうやって見られたくない顔を隠しながら外出するのは、変な話ですがちょっとした快感があります。
 また悪い姿勢でいるときのリラックス感を感じながら散歩していると、歩き方のバランスが泥酔したかのように悪くなり、とんでもない格好で歩くようになることがありました。それは操り人形みたいに手や足をメチャクチャな方向にあげたりして、なかなか前に進めないかんじの歩き方でした。普通に(人に見られても大丈夫な格好で)歩こうと思えばすぐに切り換えられるのですが、意識をリラックスさせるとその歩き方になってしまいます。
 これらは歩くことに関する体の歪みがでてきたもので、私は体がこれを望むのだから、その通りにさせればそのうち収まるだろうと思い、人の来ない山道でそうやって歩くようにしました。しばらくすると、それはやはり改善されて、今ではやろうと思ってもできません。
 昔、イギリスのコメディ番組「モンティ・パイソン」で「バカ歩き省」というコントがありました。「バカ歩き省」は変な歩き方を普及させる役所で、その大臣や職員がみんなでおかしな格好で歩くというものだったのですが、(YouTubeで見れます)20年以上前にこれを見たときはあまりのバカらしさに笑って、ナンセンスでシュールなコントだなと思いました。でも、自分が実際に同じように変な歩き方を真剣にやるようになった時に、人は潜在的に歪みを解消させる変な歩き方に対する欲求があって、あのコントはそれを無意識的に表していたのではないかと考えたりもしました、

 抑圧された感情が少ない人、体の歪みが少ない人は無努力静功で楽に座っても、悪い姿勢や顔にそれほどならないと思います。しかし、歪みの改善や抑圧されたものの解放が必要でないとしても、楽にただ座れば心身がものすごくゆるみ、気持ちよくリラックスできるので、この方法はあらゆる人に勧められるものだと思います。


 ここまであまり聞いたことのないような話をいろいろと書いてきましたが、無努力静功を行い自分自身の本当の姿を突きつめてみようと思われた方はいらっしゃいましたでしょうか?
 私の現在の姿勢は良いような悪いようなといった感じです。ただ悪い姿勢を通じて少しずつ良い姿勢に向かっているのは確かです、私としてはいつでも自分が一番気持ちよくいられる姿勢でいるだけなのでどちらでもいいですが、この努力のない楽な感覚のままで背スジの伸びた姿勢でいられるようになれれば最善だろうと思います。
 今までこういう極端に思えることをやった人はほとんどいないと思いますが、だまされたつもりで一度試してもらえればと思います。

 これまで決まり事なくただ座るという無努力静功について書いてきましたが、これを行ってみるときには楽な姿勢で座ってほしいです。
 楽な姿勢とはどんなものかというと、ふつう良くないものとされている悪い姿勢をとるのが、一番楽だと私は思います。
 悪い姿勢でいると、見た目にだらしないし、内臓を圧迫したり、腰痛、肩こりなどの原因になったりして健康に良くないので、正しい姿勢を心がけるように、と誰でも言われてきたと思います。
 そして、背スジを伸ばした正しいとされる姿勢を保つほうが疲れにくく、楽であるとも言われます。しかし、本当にそれが楽なら、すべての人が正しいといわれる姿勢になっていると思います。
 だから本当は、悪い姿勢でいるときの方が、楽で気持ちいいのは確かなのではないでしょうか。
 姿勢の悪さに悩んでいる人は多いと思いますが、私は姿勢が悪いことはそれほど非難される事柄ではないと思っています。今回の記事では悪い姿勢の意味と価値を説明して、さらにそれを静功に生かすことについて書いてみます。


 誰でも自分の姿勢の悪さを人に見られたくないと思います。
 多少の姿勢の悪さなら日常そのままでいられますが、あまりに悪い姿勢だったり、人目が気になったりすると無理に背スジを伸ばして、人から見て変に思われない姿勢をとるようにする人は結構いるのではないでしょうか。つまり、悪い姿勢の原因は体の歪みから来ていますが、体の歪みが大きくて姿勢が悪くなっておかしくない人でも、人目を気にして筋力を使い姿勢をキープしているということです。体力、筋力がある若いうちはこうやって姿勢を保つことも可能ですが、体力が衰えてくると、見られておかしくない姿勢でいようと頭で考えても体がついていかず、悪い姿勢になってしまいます。だから、年をとると姿勢が悪くなるのは、もともと若いころから持っている体の歪みを隠しきれなくなって悪くなる、ということも一因であると考えられます。

 しかし、悪い姿勢でいることは楽で気持ちよく、そこに自分に対する嘘はありません。だから、悪い姿勢でいるときの自分は、ありのままの自分と言えるのではないでしょうか。
 一方、正しい姿勢でいようとする自分は、理想を求める偽りの自分です。もちろん悪い姿勢でずっといればいいとは言うつもりはないですが、ありのままの自分を無視して、偽りの理想を求めても無意味だと思います。

 確かに自然に良い姿勢でいられる人もいます。
 しかし、姿勢の悪い人が正しく良いものとされる姿勢でいようとすれば、心身のエネルギーを消耗させますし,かえって体の歪みを複雑にしてしまうと私は思います。
 良くない姿勢は無理がなく、体が欲するものです。
 心地よく楽に休息しているのと同じことなので、こうしていると体にエネルギー、活力が湧いてきます。このエネルギーは、体が本当に望む形で姿勢を良くするのに必要なもので、これを得るために体は悪い姿勢をでいようとすると私は考えています。
 本当の意味でよい姿勢になるためには、悪い(と考えられている)ありのままの自分の姿勢に徹しきらないといけないのです。
 とはいっても、悪い姿勢でいるにも時と場合がありますし、いつでもゆるんでいては何もできないでしょう。しかし、姿勢を楽にしていい時は、できるだけ心地よい悪い姿勢をとるのがいいと思います。
 悪い姿勢でいて疲れるのはずっと同じ姿勢をとっているからで、ある程度心地よさに敏感になって、体の望むように姿勢を変えるようにするといいです。


 私は無努力静功を行うとき、姿勢悪く楽に座ることで、これまで説明してきた姿勢に関する体の原理に気づきました。
 ですから、私としては日常だけでなく、静功を行う時にも楽な、座禅では絶対許されない姿勢で座り、ありのままの自分でいる感覚を知ってほしいと思っています。
 決まり事なくただ座る無努力静功を行っているとき、体が落ちつきなくソワソワ動けば自発動に、動かないで楽に座れば悪い姿勢になります。(これらが明確に分かれて起きるということではなく、動いたり止まったりという感じです)
 座っていると背中を丸めたり、首をうなだれたり、体が傾いて時には床に倒れそうになるほどねじれてしまうこともあります。傍から見ればひどい格好でしょうが、それこそが偽りのない自分です。そういう自分を否定せずに受け入れて座ることができれば、これほど楽で安心感のあることはありません。
 座禅のように正しく座ろうとする努力は、葛藤となってエネルギーの消耗につながります。
 一方、無努力静功ではそのエネルギーのロスがない上に、気持ちよく座ることで体にエネルギーが生まれてきます。このエネルギーが自発動を起こすもとになり、少しずつですが体を整えていってくれます。姿勢悪く座ってじっとしていると、体(主に背中)が「伸び」をする時のように気持ちよく動いて(よくゴリッと音が鳴る)体が整うのを感じられます。

 楽な姿勢でいるのなら、いつでもゴロゴロしていればいい、ということになりそうですが、寝転んで楽なのと座って楽なのでは多少意味合いが変わります。
 人間が二足歩行になってからの時間はそれまでの生物の進化の歴史からするととても短く、そのため二本足で立つことは完全に私たちに適応している姿と言えないそうです。それだけ重力に対して二本足でバランスをとりながら動くのは難しく、体に負担がかかるので、体の歪みも生じてくるのでしょう。(四本足の動物に背骨や腰が曲がったり、O脚のものは見ませんよね)
 ですから人は体のメンテナンスのために、重力から解放されて寝転ぶ時間が必要といわれています。しかし、重力に対抗する中でできた歪みは、ある程度重力にさらされる座るという行為の中で調整していかないといけないように思います。
 
 私としては悪い姿勢でいるなら中途半端でなく、思いっきりやるほうが効果的と感じています。
 これはなかなか日常生活で行うのは難しいかもしれません。しかし、静功で一人座る時なら思う存分やって、自分を解放することができます。
 この静功を行うと、より良い体に変化するために、それまで隠れていた体の歪みが現れててあちこちが痛くなったりダルくなったりすることがあります。これらを病院や整体に行くことなくやり過ごしていくと、体がだんだん整ってきます。

 今回の私の話は常識外れな聞いたことのないものなので、怪しく感じる人も多いと思います。
 でも、一度悪い姿勢で座って、安楽な心身がゆるむ感覚を味わってほしいし、これによって姿勢をよくするためのエネルギーが生まれるという私の主張が正しいか確かめてもらえれば、と思います。
 悪い姿勢でいるのはただただ楽ですから、努力することが嫌いな人にピッタリです。
 注意点としては、楽な姿勢は人によって違い、刻々と変化するものですから、それに合わせて姿勢を変えるということです。
 
 中国の陰陽思想に「陰極まれば陽に転じる」という言葉があります。
 この言葉は私の考えと相通じるように思え、さらに陰を極めようという気持ちを起こさせますが、体に定着してしまった歪みを直すのはなかなか時間がかかるものです。
 長い道のりですが、姿勢を良くするためには、これを地道に努力なく続けるのが一番と私は考えます。

誰にもあまり人に知られたくない変わった楽しみってありますよね。
私のちょっと変わった楽しみ―――それは眉毛を抜くことです。

昔は本を読みながら眉毛を抜く癖があって、眉毛がメチャクチャ薄くなるほど抜いてしまってあせったこともありましたが、今は眉毛の中にある極端に長く伸びたものを指で探して抜くのが楽しみになっています。
私の眉毛は太くて全体的に長いので切りそろえればいいのでしょうが、この楽しみのために切ったりはしません。

長い眉毛を抜くためには3ヶ月くらい成長させる必要があります。そして、そろそろかなと思う頃に眉毛を探ると「おっ―――!!」と思わず声を出してしまうものが必ずあります。
その一本を指先でつまみ、他の毛は抜かないように(ここは大切)一気に引き抜きます。そうすると弓なりにカーブした、真ん中の部分が少し太い、ツヤツヤした逸品が目の前に現れます。長いものだと2cmくらいの眉毛がとれます。これくらいのものをゲットするとなかなかの感動があります。

さらに私の楽しみはそこで終わりません。
その一本を左手(何故か左手でないとダメ)の人差し指の先にのせて、親指でそれをはさんでクルクルと転がすのがなんともいえないんです。うまい具合にころがすにはコツがいりますが、クルクルっと回る太くて長い眉毛の微妙な感触・・・(´Д`)
なぜか分からないけどヨダレがでてきそうになります。

この快感、誰か分かってくれる人いるがいればいいですが・・。
そして、不思議なことにこの楽しみは抜きたての眉毛でないと味わえません。次の日にその眉毛をクルクルしてみても、眉毛の鮮度(?)が落ちているのかあまり感激がありません。
本当はいつやっても楽しい方がいいけど、眉毛が長くなるまでの間かなり待たされるからこその嬉しさもあるのでしょう。
今、眉毛をチェックしてみたら長いのは無さそうなので、次の機会は1カ月後くらいになりそうです。

眉毛が長くなるのは老化によるものみたいです。
しかし、人相学では眉毛の中の1、2本特別長く伸びた毛を「彩」と呼び、これは吉を招く相である、とヤフー知恵袋を見ていたら出ていました。
ということは、俺の眉毛はラッキーアイテムかっーー!!、と一瞬思いましたが、長い毛は1、2本ではないので結局は老化ですね^_^;
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