前々回の記事で「足先・頭先(あしせん・あたません)の原理」という体の歪みについての私の考えを説明しました。 
 足先は立って動いているときに、歪みが足から体の上へ上がっていくということ、頭先は休んでるときや頭・顔を使うことをするときに歪みが下がっていくということを意味します。実際はこの二つが複雑にからみあって人は生活していますが、大まかに分けるとこうなっていると思います。
 どちらの原理も生きるために必然的なものですが、一方に偏りすぎるとさまざまな弊害(頭・顔の歪みや足の歪み)をもたらします。この弊害を少なくするためには、二つの原理のバランスをよくすることや体の歪みを解消すことなどが大切ですが、足先と頭先を調和させて同時に行えることをするのもよいと思います。
 これをするためにどんなものがいいか単純に考えれば、立ち話や立ち読みは2つを合わせたものになるかもしれませんが、なんとなく積極的にしたいかんじではないです。
 そこへいくと、立って歌を歌うことや、頭を使ったり楽しんでスポーツを行うことは2つの要素を調和させたものと言えるでしょう。
 さらに、編み物などの細かい作業、楽器演奏、習字などは、足先というより手先ですが、上げる動作と目や頭を使った頭先を同時に行うので両方を使っていると思います。
 生活習慣に関することでは、今は正座する人というのはあまりいないだろうけど、姿勢よく座っての勉強や仕事、食事はやはり理想的なものでしょう。それから性的なことは特に強く両方の要素を持ち合わせているといえます。
 禅も結跏趺坐を組むことで歪みを強く押し上げる足先の要素と、図像をイメージしたり、公案を考えたり、呼吸法を行ったりすることの頭先の要素を同時に行って心身を整えているといえるでしょう。

――と、ここまで足先と頭先を同時に行える理想的なものを挙げてきましたが、こういったことは、あくまで自然に楽しくやらないと、調和のとれた行いにならないと私は思います。
 姿勢よく生活したり、座禅を行うに場合にしても、頑張って背スジを伸ばそうとすることがストレスだったら、その努力は無意味なものになってしまいます。
 体は自らを最善の状態に保とうとして、姿勢の悪さや歪み作り出しています。それらは姿勢よく生活しようと努力することでは、本質的には解消されません。
 このことについては、「無努力静功3 悪い姿勢健康法」という記事に書いたのですが、悪い姿勢は直そうとせずに、それを全うさせることで解消されていきます。
 そして、その記事では足先の原理で悪い姿勢になりやすい静功(座禅)を行い、それによって自発動(体を整える無意識の動き)を起こしたり、悪い姿勢のままでいて体を整えることについて説明しました。
 体を整える自発動の動きを見ていると、体の歪みはとても複雑になっているのがわかります。その歪みから来る姿勢の悪さを治すために、背スジを伸ばした良い姿勢を保とうとすることは、ありのままの悪い姿勢を覆い隠すだけになり、今ある歪みをかえって固定させる行為となってしまいます。
 
 最近の私は無努力静功を行っていますが、(これは本当に気持ちいいです)、数年前は自己流のタントウコウをよく行っていました。
 タントウコウは動かずに立ち続けるという気功の鍛練法です。立ちながら腕で大きな玉を抱えるようにするなどの決まった姿勢をとるので、かなりツラい功法です。
 これをやるには頑張ってやらなくてはならなりません。しかし、私はもっと楽にやりたい気持ちから、無努力静功を行うのと同じように、体を整えることができるただ立つだけのタントウコウを自分で考えて、1時間ほどそれを野外で行っていました。
 無努力静功でただ座るように、何の決まりごとなく同じ場所にずっと立つだけというものです。足先になって歪みが上がってきたら、体をいろいろ動かしたくなるので、体の求めるように動かします。この動きを行うことで歪みが解消されていきます。
 立つときは野外のほうが気持ちいいのと、立って自発動のクネクネした動きしてるのを見られると、たぶん変に思われるという理由から、人目につかない山の中などで行っていました。
 ですから、これはあまり人に勧められるものではないのですが、人目につかずに立てる場所がある人で、興味を持たれた方は一度お試しください。
 体が気持ちよく整えられるほかにも、鍛練にもなりますし、自然や屋外の気に囲まれて何も考えずに立っていると、ふだんの日常とは違った時間を感じられます。(でも冬は寒くて長時間立っていられないので、これは温かい時期向きです)
 気功の功法はタントウコウのように立って行うものが多いから足先で、ヨガは寝転んだり、床に座ったりして重力の影響を受けずに行うものが多いから頭先であると言えると思います。

 このただ立つタントウコウを行ったいる頃は、車で山の中まで行き、1時間ほどいつも立っていました。だから、かなり熱中していたと言えると思うのですが、最近はあまりやろうという気持ちが起きないのが不思議です。
 でも、こういう昔はよくやっていた物事が、時間がたつと自分の中でめぐってきて、再び熱中しだすということはけっこうあるから、いつかまた立ちたくなることもあるかもしれないと思っています。

 前回は体の歪みの「足先・頭先(あしせん・あたません)の原理」ということについて書きました。
 これは歪みが体勢によって移動するという考えで、足先は立って行動するときに、体の歪みが足から上に上がっていく現象です。頭先は、睡眠などで休んでいるとき、顔を使うコミュニケーション、頭を使う読書などをしているときに歪みが下がっていくという現象です。
 そして、このことは男女によって現れ方が違ったりすることなども説明しました。
 この原理から考えてみると、風呂で体を洗うときは、頭からだんだん下へと洗うのが一番良いのではないかと思うので、今回の記事ではこの話をしてみたいと思います。
 
 最近、体をどこから洗うかで性格がわかる、という心理テストがちょっと話題になったりしましたが、初めにどこから洗うかはけっこう人それぞれのようです。
 私は以前は、太ももから洗っていたけど、足先・頭先ということがあるんじゃないかと思ってからは、頭から洗うように変えました。
 頭先(歪みが下がる)は休むことに関わり、睡眠時に特にその働きが現れます。眠っているときは、脳を休めるために頭が固定されるので、歪みが足の方へ向かって押し出されます。睡眠の80%は脳が休んでいるノンレム睡眠だから、眠っている間のかなりの時間このことが起きていると私は考えています。

 そこで入浴ですが、夜入るときは、これから睡眠中に起きる頭先の働きと同じことを行うようにするのが、良いと言えると思います。
 頭から洗って、最初の刺激を頭に与えれば、水面に石を落したときの波紋のように、刺激は下へ下へと向かうので、それに合わせて順番に下へ洗っていけば、頭先と同じことになります。
 こうして洗えば、日中の活動で上がっていた歪みを降ろしやすくして、リラックス、眠りの質を高めるなどの効果を期待できると思います。

 また、私以外に言う人もいない歪みを降ろすという考えの他にも、頭から洗うことを勧める意見はいくつかあります。
 体を洗った後に頭を洗えば、シャンプーが洗った体についてしまい肌が荒れてしまうというものや、下から上に洗えば汚れを顔のほうに上げてしまうから衛生的ではない、という考え方があります。
 気功なんかでも、汚れた気は足から出ていく、という考えがあったりするので、足は最後に洗うということになると思います。
 また、体の緊張を緩めるためのリラクゼーション法も、たいてい頭から足へと力を抜いていくかたちで行います。

 これらもろもろを加えて考えると、やっぱり頭から洗うのがいい、となると思うのですが、いかがでしょうか?興味を持たれた方は一度お試しください。
 これまでの習慣を変えるのは初め少し違和感があるかもしれません。でも、結構すぐ慣れるものです。
 ささいなことかもしれませんが、毎日行うことの積み重ねは小さくないと思います。

 タイトルは「あしせん・あたません」と読んでください。
 これは今まで自分の中で便宜的に使ってきた言葉で、今回の記事を書くにあたりもっとほかによい言葉がないか考えましたが、思いつくものもなかったので、これを使うことにしました。これらの言葉で、体の性質の一面、歪みが一日の中でどのように変化するか、また男女の歪みの違いなどについて私なりの考えを書いてみようと思います。

 人は寝床から朝起きると、足の不自由な方を除けば、足で立ち上がって動きだし一日を始めます。
 人は立って、歩いてさまざまな行動を行うわけですが、その時に行動の元、起点になるのは足です。そして、当たり前すぎる話、立って動くとき転ばないよう体はバランスをとりますが、それは足を地面の上に置いて支えることで可能になります。現代生活では座って何かを行うことが多くなっているけど、人間の行動の基本は立って行うことであるというのは、誰にも納得してもらえると思います。
 そうやって足を起点にして動いていると、体に歪みがある場合(たぶん誰にもあります)、歪みは動作の元になっている足のところから体の上へ上へと昇っていきます。足は立ってバランスをとるために動きが制約されているので、そこから歪みが上のほうへ押し上げられていくのは、イメージとして理解していただけるでしょうか。
 この歪みが上がっていく現象を私は足先の原理と呼んでいます。これは行動(仕事)するときに起きる、人を心と体という要素に分けたなら体のほうを中心にした動きです。
 そして、動き続けて歪みが上のほうへ上がりすぎてしまうと、疲れてくるので休みたくなります。座ったり、寝転んだりして休むときは足は解放されるので、上に上がっていた歪みが下がってきて、体が再び整えられます。
 この歪みが下がる現象が頭先の原理です。頭先のほうはどちらかというと休息や心・意識に関係したものです。
 足先では足から歪みが上がっていきましたが、こちらは頭の方から歪みが体の下へと降りていきます。これを分かりやすくするためには、眠っているときに体に起きることで説明するのがよいと思います。
 睡眠には脳の活動が低下して休んでいるノンレム睡眠と、体が休み脳は夢を見て記憶の整理などをしているといわれるレム睡眠の2種類があり、ノンレム睡眠が全体の80%を占めます。この2つの睡眠で脳を整え、疲労を回復させているので、眠ることは脳のメンテナンスという意味合いが大きいと思います。つまり足先の時とは逆で、眠っているときには頭が起点になっているということです。
 脳が休んでいる=頭が動かないので、足先で足から歪みが上昇したように、睡眠時には、歪みは動かない頭から足のほうへ向かっていきます。寝相の動きはこの歪みを下げて、整えるためのものです。
 人の体は1日の間にこの足先・頭先のサイクルを繰り返していると私は思います。 頭先でよく眠って、朝起きたときには頭や体はスッキリし、疲労や歪みが取り除かれて、そこから足先での行動が始まります。
 もちろん体は複雑に成り立っているので、この説明は図式的すぎるところもあるでしょうが、大まかな原理としてはこういうことが起きていると思います。
 頭先は主に睡眠・休息に関係するものですが、表情や会話など頭・顔を使って行われるコミュニケーション、リラックスしながら頭を使う読書やテレビ、インターネットを見ることは頭先の行為です。
 また勉強やデスクワークなどは行動(仕事)なので歪みを上げる性質のものですが、それらは脳を使うために頭を固定するので、歪みを下げる性質も持ち合わせていると考えられます。

 ここまでの説明ではちょっと分かりにくかったかもしれませんが、この原理が男性と女性にどう影響しているかを見てもらうともう少し理解してもらえると思います。
 まず男性では足先、行動(仕事)の原理のほうが優位になっている人が多いと思います。
 足先が優位なので、男性は歪みが上がりやすくなります。これが長年続き、歪みが上に集まって頭・顔を固くさせることで、中高年男性にありがちな頭の固さ、性格の頑固さ、人づきあいが苦手といった特徴が起こってくると考えられます。真面目なことや勤勉は大切なことですが、行き過ぎると足先によるこのような弊害が起こるかもしれません。
 一方、女性は足先で行動するほかに頭先の行為、人とのコミュニケーションを好み得意な傾向にあります。さらに化粧をしたり、髪形を整えることも頭先の行為だと思うので、女性は男性に比べると頭先が優位でしょう。
 だから、女性は足先が優位な男性のように頭の固さなどには陥りにくく、状況の変化に対応しやすいのですが、頭先優位の弊害として歪みが下がりすぎて足のトラブルを抱えやすくなります。足のトラブルとしては、外反母趾や魚の目、下半身の冷え、膝痛、脚の静脈瘤、O脚X脚などがあり、これらの症状が女性に多く現れるのは、頭先のためと私は考えています。

 この「足先・頭先の原理」に気づいたのは、ここまで書いてきた、体のあり方の観察や男女差の比較などからですが、私の体の歪みが大きかったという理由もありました。
 通常、体の歪みが上下するといっても、たいていの人の場合、その影響は一日の中では意識されないほどだと思います。(少しずつ積み重なることで大きなものになりますが)でも、体の歪みがあって、そのせいか体力が人並みにない私のような人間の場合、その現われ方は顕著になるので、こういう体の仕組みに気づきやすかったということがありました。(朝、顔が整っていても、一日を過ごしていくと明らかに形が変わってくるのが分かります)
 あとかなり前に、よく眠るために足首、膝をひもで縛って寝るという女の人をテレビで見たことがあるのですが、「とてもよく眠れます」と答えるその女性の顔がものすごい歪んでいたのを見て、「歪みって上がったりするのだな」と感じたのも、この考えの元になったと思います。

 足先が行き過ぎて頭が固くなったり、頭先で足に問題が出たりしないようにするには(まあこれは私の仮説ですが)、どちらかに偏りすぎない生活のバランスが大事ということになるでしょう。
 頭が固くなっている人は、人との関わり、趣味・息抜きの時間を持つようにする、足のトラブルがあって動くことが少ないという人は、よく歩くようにしたり、こまめに体を動かしたりするなど逆のことを意識するようにしてみると良いだろうと思います。
 でも、人間も動物なので、本来は足先で体を使い行動することが多いほうが正しいあり方ですが、現代ではネットの発達や様々な物事が便利になることで、自分で体を動かさない頭先の生活になってしまいがちです。
 
 次回から、今回説明した「足先・頭先の原理」、歪みの上がり下がりに関連したことで「知れば役に立つ」――かもしれない話をいくつか書きたいと思います。

 (前回からの続き)

 本屋に行くと「これでもか!」、というほどたくさんの種類のダイエット本が並んでいるので、ダイエットしたいという人は、本当に多いのだろうなと思います。
 でも、若い女性に特に多いそうですが、痩せる必要がない体型なのにダイエットしようとする人がいるそうなので、注意が必要です。
 BМI値(体重(㎏)÷{身長(m)×身長(m)})が25以上の人は肥満とされます。そして、BМIが18.5から25未満の間は普通体重とされますが(22くらいが一番病気になりにくいとされる)、やせ願望の強い女性はBМIが22以下の、標準体重でも少し細めくらいの体型だったとしても、さらに痩せようとするので、このようなダイエットは健康に対して悪影響をもたらす懸念があります。こういう人がスタイルをよくするためには、運動したほうがよいですから、無理なダイエットには十分気を付けてください。
 
 私が今まで見聞きした中で、かなりよさそうなダイエット法だなと思うのが、NHKの「ためしてガッテン」で紹介された「計るだけダイエット」です。
 これは毎日二回、朝トイレを済ませた後と夕食後に体重を計って、それをグラフに書き込んでいくという方法です。デジタルの百グラム単位を表示する体重計を使って計り、体重が増えたときはその言い訳(原因)を書いておくようにするそうです。
 こんなかんじに、この方法でやることは一応「計るだけ」なので無理なく続けやすいと思います。体重を計り、グラフにして視覚化すると、体重の管理が楽になり、体重が減ったらそれをグラフで実感できるので、モチベーションを保ちやすくなります。(やったことはないのでたぶん)
 しかし、ただ漫然と図るだけでは体重は減らないと思いますが、ちょっとした運動や食べることに気を使うことで、体重が減ることが分かるようになれば、それをさらにやってみようという気持ちになるのでしょう。そして、体重が増えた時に言い訳を書くのも、知らず知らずに行っている体重を増やす習慣、行動に自分で気づけるようになるのでとても役に立つそうです。
 ダイエットが順調なときも、そうでないときでも、少しずつ意識を良いほうへ向かせてくれるのが、長所ということでしょう。そして、頑張りすぎずに長く続けられるので、効果的なのだろうと思います。
 「計るだけダイエット」は長年放送されてきた「ためしてガッテン」の膨大なおすすめ情報の中でも、歴代ナンバー1に認定されたものなので、つまらない情報を放送するときもあるけど、役に立つ情報を教えてくれることもある番組ですから、その歴史の重みを信用してもいいかもしれません。

 次にお勧めしたい方法は、お得な健康法7で紹介した「体を洗うついでのリンパケア」です。
 リンパを流すことによる痩身効果はないとも言われますが、体のあちこちにあるリンパのつまりを解消して老廃物のたまりにくい体にすれば、体の内側だけでなく見た目もスッキリさせるのに効果があると私は思っています。
 リンパの流しかたはそれほど難しくなく、専門店で施術してもらわなくても、リンパマッサージの本を見れば自分でできます。
 そういった本では、主にオイルやジェルを使うやり方を勧めていますが、なるべく楽にやることが好きな私は、もっと簡単にできる方法として、リンパケアを入浴時、体を洗うついでにやることをお勧めします。
 体を洗う前に、リンパ節をもみ(耳の下、鎖骨の周り、わきの下、そけい部、膝の裏にある、リンパが老廃物を運んで行って捨てる所)、それから体をなで洗いしながら、体の部分ごとに決まったリンパ節に向けてリンパを流していきます。
 強い力で行うとリンパの通る管が潰れてしまうので、やさしくなでます。しかし、内モモのつけ根や肋骨などに、触ると痛むほどのつまりがある場合は、痛みがなくなるまで毎日少しずつもんだり、強めに流していってください。(触ると痛む箇所やコリは、無理なく解消していくと体型をスッキリさせます)
 リンパケアは毎日やらなくても週に1,2回やれば体の変化を実感できると思います。洗うついでにできるし、体つきをスッキリさせるほかにも、便秘解消、血行改善、肌をきれいにする、免疫力を上げるなどの効果があるので一石何鳥にもなります。

 最後にダイエットの王道、歩くことについて書こうと思います。
 さまざまなダイエットをしてきた俳優の渡辺徹さんが、ジムに行ったり、何か流行りのダイエットをやるよりも、一番手軽にできて長続きし効果があるのは歩くことだ、と語っているのをテレビで見たことがあります。私もその意見に大いに賛成ですが、ダイエットや健康法としてこれ以上のものは思いつきません。
 歩くのがいいことは、誰でも分かっていると思いますが、実際には気が進まず歩きたくないという人はけっこう多いかもしれません。
 たぶん、多くの人は運動やダイエットとして歩くといえば、姿勢よく早足で歩いたりするウォーキングのようなものをイメージするのでないでしょうか。そして、そういうことは考えてみるだけで、絶対無理となってしまうのかもしれませんが、そんな時には、まずゆっくりでもいいから外を歩くことから始めてみるのがいいと思います。
 ある程度、早く歩かなければダイエットには効果がないなんていう言葉は気にせずに、ゆっくりでも短い距離でもできる範囲で歩くようにして、体を動かす気持ちよさを感じられるようになれれば、少しずつ歩くのが苦ではなくなります。最初から高い理想に合わせるのは大変なところがありますから、ゆっくり歩いて、だんだん長い時間、距離を歩けるように慣らしていくのが良いと思います。
 だから、少し歩いてみて嫌になったら、すぐ止めにしてしまえばいいんです。ふだん運動しない人が頑張ってやろうとすると、ちょっとは続くかもしれませんが、その頑張りがストレスになって長続きはしません。運動は継続するのに意味がありますから、続かなくなる原因になる頑張りは必要ないです。とにかくゆっくりでも歩くのが嫌でなくなれば、小まめに歩けるようになり、そこからいろんな好循環が起きてきます。早く歩いたり、多少負荷をかけて階段、坂道を歩くというのは、歩くのに慣れてからの話なのだと思います。
また、万歩計をつけるのも、歩数を目にするのが励みになって、たくさん歩きたくなるのでかなり良いそうです。


ダイエットの基本は、前回と今回書いたように食事(食べ過ぎをもたらすストレスへの対処)と運動ですが、それらに気をつけてもなかなか効果がでないという人は、リンパのつまりが隠れた原因になっているということも考えられるので、リンパを意識してケアするのも必要かもしれません。

 現代の日本人の平均摂取カロリーは、60年以上前の食べ物が少なかった終戦後の摂取量よりも低くなっています。これは先進国の中では最低の値で(他の国はすべて食文化の違う欧米だからというのもありますが)、発展途上国の平均値に近いそうです。それゆえ日本人の肥満の割合は外国と比べてみると低く、かなり痩せているほうに入ります。
 まあ、これに関してはむしろ肥満の人が多い他の国がカロリー高すぎという気もしますが。現代の生活ではあまり体を動かさないから、それほどカロリーが必要でないのかもしれません。
 しかし、平均摂取カロリーが減ったといっても、一方で太り気味の人も多くて、メタボ、糖尿病などが問題になっていますから、人によって摂取カロリーの差が極端になっているということになるのでしょう。(貧富の格差もここに表れているのかもしれません)
 健康のためには小太りくらいのほうが、免疫力が高く長生きすると言われますが、明らかに太りすぎだったり、健康診断で様々な数値が非常に高かったり、自分の体型を鏡で見てたるんでいたりすると、少しダイエットしようかなと考える人も多いと思います。
 そこで今回の記事ではダイエットについて書いてみようと思います。私自身は痩せているのでダイエットしたことはなく、このことに関しては全くの部外者ですが、努力しない健康法について考えてきた経験からの考えを少し述べたいと思います。

 タレントが何かの方法のダイエットを行い、短い期間で体重を落とすのに成功してキレイになった、という本やテレビの企画がよくありますが、そういう方法で痩せたタレントはだいたい一年もたつと元に戻っていることが多いですよね。これは短期間に食事制限や運動を頑張って行う方法では、結果的に痩せられないというのを意味していると思います。(これに気づければ、無駄な方法をあれこれやらなくてよくなります)
 長く定期的に続けられない方法は、ストレスをもたらして、そのストレスが蓄積されると結局それが暴発して、リバウンドにつながります。ダイエットも健康法と考えて、頑張らないで一生続けられるものを行ったほうが、効果は少しずつかもしれませんが、良い結果をもたらしてくれると私は考えます。
 
 食べ過ぎると当然太ってしまいますが、私たちがついつい食べ過ぎてしまうのは、日常生活のさまざまなストレスが原因になっていることが多いでしょう。食べると副交感神経が働きリラックスするので、一番手軽なストレス解消法になりますが、食べ過ぎをいつも繰り返せば、無理が生じるのは必然です。ですから、どうしても食べ過ぎてしまう人は、自身を振り返って、自らのストレスがどういったものか知り、それを取り除くようにすることが、食べすぎや肥満の防止につながっていきます。
 あと食べ過ぎは、前回の記事に書きましたが、甘いもの依存と食べるもの栄養不足によっても起こりますので、これらにも注意する必要があります。
 そしてもう一つ、食のストレスに関して言えば、これは女の人に特にありがちですが、食べることにすごく気を使い、あれこれ厳しく制限しすぎてストレスになってしまうケースです。
 痩せたいと強く願うのも何らかのストレスの影響だと考えられますが、その上に食の制限のストレスも加われば、いっとき痩せられたとしても、すぐにリバウンドしてしまうだろうし、その結果、ストレスフルなダイエットをいつまでも続けることになってしまいます。
 こういった場合は、まず食に関する厳しい制約を取り払うことが、さまざまな問題を生むストレスの軽減のために必要でしょう。食に限らず何事にも言えますが、本能的な欲求に対して我慢を重ねすぎてしまうと、かえってその欲求にとらわれる結果になります。
 食欲をコントロールできるようになるためには、食欲を本当に満足させるようにしたほうがいいと私は考えます。食べたい欲求を我慢せずに食べれば、結果的に食欲は適切なものになっていきます。聞き分けのない子どもと同じように、食欲もダメダメばかり言われ続けると、ひねくれていつまでたっても未熟なままでとどまってしまいますが、ある程度欲求を理解して満たしてあげれば、子どもが大人に成長していくように食欲もわがままを言わなくなってきます。
 あまりダイエットに良くないものが食べたくなったときには、自分の本心に食べたいか、やり過ごせるか尋ねてみて、どちらが優勢か見極めて決めると良いでしょう。そして、食べたいほうが勝ったら、悩むことなく食べるようにします。
 食欲の聞き訳がよくなるまでの期間は、人それぞれだと思いますが、こうやっているとある日、良くない食べ物を食べても食べなくてもいいという気持ちになり、食欲のコントロールが楽になっていきます。

 前回の記事で、カロリー制限や一日二食とか一食にすることの効果を説明したけれど、これらを行うためには、食欲のコントロールがストレスなくできる状態でないと失敗してしまいます。
 カロリー制限や一日二食だと、空腹を感じる時間が出てきます。しかし、食欲に振り回されないでいられれば、空腹は逆に気持ちよく感じられるようになります。そして、この空腹を楽しめるところまでになれれば、痩せるのはそれほど難しくなくなるはずです。

 今回はダイエットの基本になる、食べることとストレスの関係について私なりの考えを書いてみました。基本的には、食べたいものを我慢し、自分を痛めつけてまで痩せようとするより、食べたいものを食べ、やりたいことをする生活のほうが、心が楽しくなって何事もうまくいくように思います。(これは少し痩せるとは関係ないかもしれないですが)

 次回は食以外のことで努力無く行えるダイエット法について書いてみます。

 世の中には、たくさんの食に関する健康情報があります。
 それらの中には、食べてすぐ寝ると胃の中で食べ物が腐るとか、血糖値を急激に上げないように食事は野菜から食べるとか、食事中に水を飲みすぎると胃酸を薄めて消化によくない、などの特に反論のない、知っておけば確実に役立つものもあります。その一方で、全く正反対な情報が立場の異なる専門家によってもたらされて、どちらが正しいのか迷ってしまうことがあります。例えば粗食が良い・良くない、水をたくさん飲む・飲まないほうがいい、生野菜・果物は良い・良くない、サプリを摂る・摂るべきでない――などと数え切れません。
 それら全ての考え方に一理あるのでしょうが、やはり人の体はそれぞれに違っているから、一つの方法を鵜呑みにすることなく、どれが本当に自分に合い、調子が良くなるか確かめながら行ったほうがいいということだと思います。

 最近、本屋の食と健康に関する本のコーナーやネットでは、一日二食とか一食、断食など少なく食べることを勧めるものを多く見かけます。テレビや新聞などのメディアからの情報や食育のキャンペーンでは、一日三食朝からしっかり食べましょう、と言われるのでここでも意見の対立があります。このことについては、三食食べたほうがいい、と思っている人が多いと思います。でも、全ての人が三食食べないといけない、というのは少し無茶なことを勧めていると私は思うので、今回の記事では少なく食べることの良い点について書いていこうと思います。

 昨晩食べ過ぎたとか、体調がすぐれない、年齢とともにあまり食べたくなくなった、と朝食を食べたくない時でも、長年の習慣や朝食を食べないと体に良くない・体力がもたない、と考えて嫌々でも食べる人はけっこういると思います。しかし、やっぱり食べたくないのに食べるのは無理があって、胃腸に余計な負担をかけてしまっているそうです。さらに、三食食べた上にお菓子や間食と食べれば食べ過ぎになり、一日中消化器官が酷使されてしまうことになります。(それが原因か、日本人の胃腸薬の消費量は世界でも飛びぬけているそうです)
 それだけの負担をかけて体に取り入れた食べ物のエネルギーは、現代のあまり体を使わないですむ生活には多すぎて、結局は脂肪となって体に蓄積されることになります。だから、国もメタボについて騒ぐなら、若者はともかくとして、食べ過ぎにつながる三食しっかり食べよう、なんてことは言わないほうがいいのではないかと思います。
 
 カロリー制限や食事の回数を減らす減食の効果については、たくさんのことが言われていて、健康診断の数値が気になる人なら、食べる量を減らすことで体重、血糖値、コレステロール、血圧などが改善していくそうです。ふつう健診で何かの数値がオーバーすると、薬を飲むように言われ、以後ずっとそれを飲み続けることになったりしますが、数値を下げるには三食食べるのを見直せばいいということだけなのかもしれません。
 そして、一日の摂取カロリーを70%くらいに保ち、空腹の状態を作ることで、老化を防止するといわれるサーチュイン遺伝子が活性化する、免疫力が上がる、体に蓄積された脂肪を燃焼させる、胃腸を休めて消化・吸収・排泄の機能が高まる、若返りのホルモンとされる成長ホルモンが分泌される、インシュリンの働きを高める、体のエネルギーを作る細胞内のミトコンドリアを増やすなどの効果があるとされます。さらに、動物実験ではカロリー制限で原生動物から昆虫、魚類、ラット、サルまですべての生き物で寿命が伸びるのが確認されているので、おそらく人でも同じ結果であろうと考えられています。古来から言われている、健康長寿のためにはお腹いっぱい食べてはいけないということが、科学的にも証明されたということになります。
 人間も含めた生物は、常に飢えと隣りあわせで生きてきたので、現代の好きなだけ食べられて、いつでもお腹の中に食べ物が入っている状態には体が慣れてなく、ある程度空腹を感じていたほうが体はうまく機能するようにできているということだと思います。また消化にはたくさんのエネルギーを使うので、生活に必要なエネルギー分だけの食べ物を摂っているほうが、無駄な体力の消耗も少なくすむということもあります。

 私も朝食抜きの一日二食の生活を続けているのですが、最近は間食にお菓子を食べることも少なくなってきたので、空腹でいる時間が以前より長くなりました。それでも空腹をただ我慢するならストレスになってしまいますが、実際はある程度空腹でいるほうが頭も冴え、体も軽くなって調子が良く感じられるので、やっぱり食べないくらいのほうがいいのだろうと思います。
 食べる量を減らしたいけど、空腹に耐えられず何かを口にしてしまい、ついつい食べ過ぎてしまうという人もいると思います。
 それは一つは、甘い物をたくさん食べることで、血糖値が激しく上下して低血糖になるので、気持ちが不安定になって、それを落ち着かせるためさらに食べ物を口にしてしまうという糖質依存の問題と、もう一つは、私たちがふだん食べているものの中にビタミン・ミネラル等の栄養が少ないので、それらの栄養を体が少しでも取り入れようと食べ過ぎてしまっている、という二つの理由が考えられます。
 甘いものの摂りすぎは、甘いお菓子やジュースを減らしたり、白砂糖や人工甘味料の代わりに黒糖、メープルシロップ、ハチミツ、果物などを摂るようにしていくと、低血糖になりにくくなり。空腹をコントロールしやすくなります。
 栄養不足については、厚労省などが三食食べないといけないと言うのは、ビタミン・ミネラルの不足をもたらすという意味からだと思います。しかし、栄養の不足の問題は、以前ミネラルを意識的に摂るという記事に書きましたが、私たちの日常食べているものには栄養素が思っている以上に不足しています。だから、三食食べたとしても、外食やインスタント・加工食品、コンビニ・持ち帰り弁当、スーパーのお惣菜なんかを食べていてはカロリーは高くても栄養が乏しいくなり、必要な栄養が満足に摂れないので、食べすぎにつながってしまっているということがあります。
 普通に食べても不足しがちなビタミン・ミネラルを摂るためには玄米、全粒粉、野菜、果物、小魚、ゴマ、海苔などの海藻、乳製品、ナッツ、大豆製品などを意識して摂るようにします。こういったカロリーが少なくて栄養価の高いものを食べていると、食べ過ぎてしまうということになりにくくなり、カロリー制限の効果も得られやすくなります。
 しかし、考えてみると、一日二食や一食というと栄養価の高いものをたくさん食べたとしても、カロリーやタンパク質、ビタミン、ミネラルなどが国の定める必要量より下回ると思いますが、長年一日一食で元気に生活している人が多くいたりするので、今までの栄養学の考えに誤りがあるのではとも考えさせられます。

食べる回数を減らす場合、朝食を食べないことが良いとされるのは、人の体のサイクルが午前中に排泄を行うようになっていて、朝食を食べてしまうと消化も同時に行わなければならず、排泄の働きが十分に行われなくなるからだそうです。このことは自らの体の生理現象をよく観察してみると正しいように思えます。
 カロリー制限や一日二食にしてみたいけど難しいと感じる人は、朝や空腹時に胃腸にあまり負担をかけない果物や生野菜(またはそれらのジュース)、ナッツやいりこ、漬物なんかを摂るようにすれば行いやすいです。頑張らずにどうしても食べたいときは無理をしないで、気長にやれば続けやすいと思います。

 ここまでいろいろ言ってきましたが、三食食べて胃腸や体重とかも問題なく調子がいい人は、三食のほうが向いているだろうし、一日二食も昼を抜く、夕食を抜くようにするなんて人もいるみたいだから、人それぞれのように思えます。何にでも言えることですが、結局自分で無理なくできて、一番調子よく感じる方法を見つけるのが良いということになるでしょう。
プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
ツイッターはじめました@mudoryoku

最新記事
TWITEER
まやとツイッター@mudoryoku
フリーエリア
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ