07 30
2017

 3カ月ほど前から両親が旅行に行く、という話をしていました。
 何かの会で毎年行っている泊りの旅行で、今年は黒部ダムを見に行くそうです。
 いつもは母親だけが参加していましたが、「黒部ダムなら見たい」と父親も行くことになり、二人で楽しみにしているようでした。
 行くのは7月の28、29日だったのですが、その3日ほど前、私をちょっと不安にさせるある出来事が起きました。
 

 その日、本屋で立ち読みしていると、週刊誌のコーナーに「サンデー毎日」が置いてありました。
 いつも男性の読む週刊誌は「週刊現代」か「週刊ポスト」しかなく、他がたまにあっても「文春」か「新潮」だけなんです。
 珍しいなと思い、中をパラパラめくっていると、「7月下旬から8月上旬に大地震が起きる可能性」という記事が目に入りました。
 気になって読んでみると、最近の大地震には前触れの地震が規則的にあり、今そのパターンにあてはまっているのが新潟の糸魚川市から信濃大町の地域で、その期間は特に注意が必要、とどこかの大学教授が警告しているという内容です。
 そして、その時期そこで震度1~2の小さな地震が起きたら、少し後に大地震が起きるかもしれない、ということでした。
 黒部ダムはちょうどその指摘されているあたりにありますし、時期もちょうどぴったりなので、なんとも気になってしまう話でした。

 「大地震が起きる!」や「富士山が爆発する!」といった記事はよく週刊誌があおるように書くことで、今まで当たったことはほぼないでしょう。でも、堅い週刊誌というイメージの「サンデー毎日」がそう書くのは多少根拠もあるのかな、と思ってしまいました。
 旅行先で大地震に遭遇するかも、なんて言って不安にさせ、旅行の楽しみが減ってしまっても悪いので、両親にはこのことを黙っていました。
 しかし、どうしても気分が落ち着かないので、安全に旅行できるかを占ってみることにしました。
 ちょっと前にコインでできる易占いのやり方を知り、けっこう当たるように思っていたんです。
 まあ本心としては、それで無難な結果がでて安心できるだろう、ということなのでしたが―――

 占ってみると「困(苦しい道を行く)」というあまり良くない卦がでました。
 易では陰と陽のどちらが出るかを6回占って、その順番で卦を決め運勢を見ます。
 そして、陽には「少陽」と「老陽」、陰にも「少陰」と「老陰」があるのですが、この「老陽」と「老陰」がどこに出たかでそれぞれお告げがあるんです。
 私が占った「困」の卦は一番上が「老陰」だったのでそこを読むとこう書いてありました。

「深い谷間に迷い込んで3年間も世に出られない」

 これだと地震による土砂災害で埋もれてしまい、捜索しても3年見つからない、と直接的に言っているように読めてしまいます。
 安心するために軽い気持ちで占ったのに、結果はこれ以上ない、というくらい不安にさせるものになってしまいました。他に書いてある文言をざっと見ても、こんなに最悪なことを暗示するものはないので、ホントよりによってというお告げです。
 
 いつも本屋にない「サンデー毎日」に地震の記事がでている、易でこんな結果になる、と良くない偶然の一致が続きすぎて、なんか本当にそれが起きるのでは、と思えてきました。
 親に旅行へ行かないように、と言おうかとも思いましたが、こんな話で取りやめるなんてことは誰もしないはずですし、おそらくおかしなことを言う、と思われるだけでしょう。(私だって人にこんなことを言われてもたぶん行きます)

 こんな時、皆さんだったらどうしますか?
 私は悩んだすえ「知らぬが仏」が一番いいだろうと、結局これについてなにも話しませんでした。
 何かあっても困りますが、泊まるのは注意すべきとされてる所から離れた場所だそうですし、予兆の小さい地震というのも前日まで起きていません。そして、出発してからも小さな地震が起きるかチェックして、それが起きたら十分注意するように電話しよう、ということで心を決めました。


 結局は何事もなく無事に行ってきましたが、あの時週刊誌をたまたま手にしたおかげで、なんとも気をもむ日々を過ごし、1人神経をすり減らしてしましました。
 そして、ちょっと信用していた易に関しても、思わせぶりなことを言って人騒がせな占いだ、という印象に変わってしまったのが残念です。(まあ今回は当たってしまうと酷いことになるので、それで良かったと言えますが・・・)






 私の趣味は山登りです。
 山登りと言っても3千メートル級の山に泊りがけで行くような本格的なものでなく、いつも日帰りで行ってこれるような山に登っています。私の住むところには、そんな気軽に行ける山がたくさんあっていろいろと登れるんです。
 坂道を上り下りするのは大変ですが、木々の中にいると自然のエネルギーをもらえて、体が元気になるように感じられます。
 登山にはさまざまな健康効果があります。
 森の中は酸素を多く含んだ新鮮な空気に満ちていますし、木々の放つ化学物質フィトンチッドにはリラックス効果や殺菌効果があるとされます。鳥の声や木の葉が風に鳴る音を聞くのは心を落ちつける効果があり、舗装されてない山道を歩くと呼吸が深くなると言われています。
 そして、登山の健康効果としては、ほかに木が持つ目に見えないエネルギー「気」に触れられる、ということがあると私は思っています。
 この「木の気」を体に取り入れるということが、私の登山でのちょっとした楽しみになっています。



 以前「気の感じ方 初級編」という記事に書いたのですが、気功に凝っていたときがあります。
 気の感覚をなんとなく掴めるようになると、樹木功という木の放つ気に触れる功法をよく行うようになりました。
 木に近づき手をかざすと温かい気を感じるので、それを呼吸と共に体内に流し込むということを行います。
 一時期これを熱心にやっていて、気を感じられそうな大きな木をあちこち探しては手をかざしていました。
 現在はその熱は冷めてしまいましたが、山登りしていて大きな木に偶然出会うと、「気をわけてください」と樹木功を行いたくなります。時間にして1分くらい程度ですが、これを行うと坂道を登るのがラクになる感じがするんです。

 そして、気の温かさを感じる功法を続けているうちに気の感覚に変化が起きて、今までとは違う方法で樹木功をやるようになりました。
 このやり方は上手く説明しにくいのですが、木に優しくほんのかすかな力で触れると、体に電流のように気が入り、それが背骨を通って頭の方に上昇しながら整えていってくれる感じが起きます。
 そして、これは不思議なことに普通の大きさの木では行えなくて、樹齢何百年みたいな巨木に触らないと起きません。
 自分でもこのことは本当かな、と疑ったりしますが、実際にそういう反応があるんです。


 しかし、今年は山に行って木に軽く触れるようにしても、以前のような気が流れ込む感覚が起きなくなっていました。
 これにはちょっとガッカリしてしまいました。
「せっかくこんな大きな木が目の前にあるのにつまらないなー。何か他の方法はないかな」
 そこで気功に凝っていたときに行っていた別のことを試してみることにしました。
 それは、頭の中の力を抜いて何も考えずにフワッとした感覚を保つというものですが、木に触れながらこうしてみると、前のようになんらかのエネルギーが体を上昇していく感じが起きました。
 「これで樹木功が続けられる」、と今は大きな木を見たときにはこの方法を行っています。


 気功の考え方では、気には「精・気・神」という3種類があるとされています。
 「精」は物質・肉体を成り立たせているもの、性的なエネルギーとされます。
 「気」は精と神の間をつなぐもの、生命を働かせ調節するエネルギーと考えられています。
 「神」は意識・精神の働きと関わる気とされます。
 そして、精から気、神へと気の性質は精妙になっていくということです。
 私が樹木功で経験した変化は、温かい気からより微妙な気、頭・意識のコントロールで起きるものと、この気の3段階に対応しているもののように思えます。
 したがって、だんだん気の感覚が進化しているのかもしれません。 
 

 山登りは巨大な木に気をもらう目的で行くこともあります。家の近くの山の頂上には、太い幹が何本も根元から枝分かれしたキングギドラのようなカラマツがたくさんあり、これらの木々には大きな力を感じるので年に数回は行ってます。
 ふだんの山登りは木が目的ではないですが、大きな木があると体が反応するということがあります。
 山道を登っているときは周囲を見れて巨木に気づきやすいですが、下りのときだと足元を注意してないと危ないので周りを見てないことが多いんです。
 そんな下り道を歩いてる途中にふと足が止まり、目を上げるとそこに大きな木がドーンとある、ということがけっこうありました。
 これは大きな木の放つ気を知らずに受け取っていたということかもしれません。


 何百年という長い年月生きている巨木と、80年ほどしか生きない小さな人間では、その生命のエネルギーは比べものにならないでしょう。
 その巨大なエネルギーが、私の体の中に取り入れられるというのはとてもおもしろいことだと思うので、巨木を見るとどうしても近寄ってしまいます。
 樹木功をやると首がさまざまに動いたり、背骨を鳴らしながら歪みを整えたり、という動きが出てきます。
 そして、これを続けていると、最終的に気が頭部を突き抜けて天のエネルギーが直接頭に入ってくるようになるんじゃないか・・、と思ったりもします。
 気が電流のように体を流れることや、無意識に木を見つけることなど、自分では本当かな、と半信半疑なところもあるのですが。しかし、これはいつも起きることなので自分の中では成立していると言っていいのでしょう。
 気功では、気を「あると思えばあり、無いと思えば無いもの」「感じられるような感じられないようなもの」と考たりもするそうですから、私が現実に感じているのなら、この功法には意味があると思います。


 大きな木にかすかに優しく触ることや、頭の力を抜いて触ることは、自分だけに分かる感覚のような気がして、そのやり方はうまく説明できません。
 でも、木の温かい気を感じることは、「気の感じ方 初級編」の記事を読んでもらい、そこに書いてあることを行えば可能だと思います。興味を持たれた方はお試し下さい。
 私の経験ではソメイヨシノやヒノキは感じやすい強い気を出していると思います。





 片付けるのが苦手、ちょっとした片付けもやりたくない人っていると思います。
 片づけないと部屋はどんどん散らかりますから、片づける気持ちは誰にでもあるはずです。
 空間は整理されていた方が好ましく見えるので、片付けられないことで自己嫌悪に陥る人がいたり、なぜあの人は片付けができないんだろう、と周りから思われるなんてこともあるでしょう。
 それでも、あまり片付けないという人は、少しゴタゴタしていても平気という考えが無意識的にあるのかもしれません。 
 私は見えるところはある程度整理する方ですが、押し入れの中とかはかなりゴチャゴチャしています。
 
 片付け・整理を行うことに関しての意識は人それぞれ違うと思います。
 モノが少しでもキチンと置いてないのが許せない人がいるのに対し、かなりゴタゴタしないと片付けようとしない人がいたり、ほとんど片付けない人がいたりします。
 このことは生理的に片付けたくなるポイントが人によって違うことを示しています。
 生物学にはこの差を表す言葉として「反応閾値」というものがあります。すぐ片付ける人は、片付けに対する「反応閾値」が低い、あまり片付けない人は「反応閾値」が高い、という風に使われます。
 反応閾値の差は人によって違い、片付け以外にもさまざまな事柄に対してあります。
 この差があることは、生物にとってかなり重要な意味があるみたいです。

 私はこの「反応閾値」のことを「働かないアリに意義がある」(長谷川英佑著 メディアファクトリー)という本で知りました。
 刺激的なタイトルの本ですが、著者は北海道大学の准教授で、ハチやアリといった真社会性生物の進化生物学研究を行っている方です。けっこう話題になった本で、昆虫の生態について興味深いことがいろいろ書かれています。
 この本の中で反応閾値は、「仕事に対する腰の軽さの個体差」「刺激に対して行動を起こすのに必要な刺激量の限界値」と説明されています。
 これは社会性昆虫の集団行動の仕組みを理解するために欠かせない概念ということです。
 ミツバチでは、蜜にどの程度の糖が溶けていればそれを吸うかとか、巣の中がどれくらいの温度になると温度を下げるための羽ばたきを開始するか、という反応閾値がワーカーごとに違っていることが昔から知られていました。これが何のために存在するかが研究されて、「反応閾値モデル」という一つの仮説にたどり着きます。
 この仮説で、反応閾値がコロニーの各メンバーで異なっていることによって、必要なときに必要な量のワーカーを動員することが可能になる、ということが説明されています。
 コロニーが必要とする労働の質と量は時間と共に変わります。仕事にさまざまな変動があるとき、単純な脳しか持たない真社会性生物の選んだ方法が、メンバーの中で労働に対する反応閾値の幅を持たせる、ということだったようです。
 例えば、ミツバチは自分たちの巣の温度が温かくなり過ぎたときに羽ばたきを始め、空気の流れを起こして空気を入れ替え、巣の温度を下げるということを行います。
 反応閾値が低いワーカーばかりの巣では、少しの温度変化に対し一斉に羽ばたきますが、皆がすぐ疲れてしまうため、温度管理をするのが難しくなります。
 一方、ワーカーの反応閾値がいろいろある巣の方は、ワーカーが段階的に羽ばたき始めるので、温度管理をより効率的・持続的に行えるということがあるそうです。
 これは他のさまざまな仕事についても言えることで、ワーカーの個性がなく同じような個体ばかりだと、種を保持するのが難しくなるということになります。
 ひとつのコロニーに反応閾値が低い働き者から、反応閾値が高い怠け者までいろいろなタイプのワーカーがいることで、想定外のことが刻々と起きる環境に対応できるのです。

 ハチやアリと人を比べるのも変かもしれませんが、人にも片付けや仕事に対する腰の軽さ、反応閾値の差があることには、何らかの意味があるように思えます。
 この多様性が人間にとって何故あるかハッキリとは分かりません。でも個性としてさまざまなタイプの人がいることで、大局から見ると社会の存続につながる面があるのかもしれません。
 だから、片付けるのが苦手という人もそのことをあまり悲観せず、「片付けないのは人類の種の保存のためだ」と思うようにして、片付け・整理を他の人と比べない方がいいのではないでしょうか。
 片付けられないことを何か病的なこととみなす風潮もありますが、人類の多様性という見方からすれば、皆キレイ好きであるべき、という考えは違うように思えます。
 

 片付けが苦手なことの原因がすべて反応閾値にあるとは言えないでしょう。でもあまり片付けられないことにストレスを感じてしまうのも問題を複雑にするだけに思えます。
 片付けられないのは、心の整理が出来てないためという場合があります。
 心の中がゴタゴタしているときに部屋の片付けをしようとしても上手くできませんし、整理したとしてもすぐに片付ける前の元の状態に戻ってしまいがちでしょう。
 こんな場合には、自分の心を見つめて考えを整理し、気持ちを落ちつけることが先決ではないでしょうか。心が整って来れば、片付けようという気持ちが自然にでてきて、部屋もスッキリしてくると思います。


 「働かないアリに意義がある」の中には面白いことがいろいろ書かれていました。
 アリの観察をすると、働きアリの2割ほどはコロニーを維持するために必要な労働をほとんど行わず、自分の体を舐めたり、目的もなく歩いたり、ただぼーっと動かないでいたりするなど、労働とは無関係の行動ばかり行っているそうです。
 そこで働かないアリを取り除いたグループと、働かないアリばかり集めたグループを作って観察してみると、どちらのグループも働くもの8割、働かないもの2割という割合になりました。
 この実験から、働かないアリはサボっているのではなく、仕事に対する反応閾値が高いため先に他のアリに動かれて仕事にありつけないだけだった、ということと、アリの集団は2割の働かない個体を作っておくようにする、ということがわかりました。
 どうやら働かない2割は緊急時の対応への余力のために必要で、種の保存にはこの2割がいることに意義があるということみたいです。(しかし働きたいけど働けないアリの他に、まったく巣のためになることをせずにコロニーから利益だけ奪ってしまう「チーター」と呼ばれるものが存在する種があることも、本の中で書かれていました)
 他にも、コロニーの中にお馬鹿なアリがいたほうが、仕事に対する新しい効率的な方法を見つけることにつながるので、組織としてはうまくいく、なんていう話も興味深かったです。


 この本は昆虫の生態について書かれたものですが、読んでいるうちにどうしても人間の社会に置きかえてしまうことが多くありました。
 皆同じに動いているように見えるアリ、ハチにも個体差があって、それが種の存続のために必要ならば、人にもさまざまな個性があるのは当然であるし、一見効率的には見えないその多様性が、人間という種の存続にやはり大切なのでしょう。
 このことは、反応閾値が低いことだけが善とされがちな現代の日本社会にとって深く考えさせられる話ではないでしょうか。



 

 私の家の台所でご飯を食べるテーブルは20年以上前に買ったものです。
 このテーブルは木製で、厚手の透明ビニールクロスをかけてずっと使っていました。
 ビニールクロスは汚れたり、へたったりするので時々替えてきたのですが、厚手のものが手に入りにくくなり、わざわざ買うこともないだろう、と去年からこのテーブルをやっと本来の木のテーブルとして使うことにしました。
 ビニールクロスがなくてもそれほど汚れないし、木の手触りはやはりいいな、と思っていましたが、1年もすると表面がベタつきだし、食事のたびに気になるようになりました。いくら念入りに拭いてもベタついたままです。
 どうすればこのベタつきを落とせるかとネットで調べると、重曹が良いとか、重曹は効果なく中性洗剤がいい、といったいろいろな情報が出ていました。
 たぶん油汚れだろうから洗剤を使うのがいいように思えます。
 でも台所には重曹がたくさんあるので、一度重曹で拭いてみることにしました。
 適当な量の重曹を水に溶き、布をそれにつけて拭いてみると、布がすぐまっ茶色になります。どうも汚れが落ちているようです。
 その布の汚れを水で落としながら何回か重曹水で拭いていると、だんだん汚れが布につかなくなりました。
 テーブルをさわってみると、濡れていてなんかまだベトベトしてるかんじです。
 ネットでは仕上げにクエン酸を水に溶かしたもので拭いて重曹を中和するようにとあり、ちょうどクエン酸もあったのでそうしてみました。
 クエン酸の水で拭いていても、さっきのようにベタベタしたままのような気がして、やっぱり中性洗剤を使わなければダメなのかな、とそのときは思ってしまいました。
 しかし、それから数時間後、テーブルの上が乾いたところで触ってみるとベタつきが完全にとれて、1年前のクロスなしで使い始めたときのようにスベスベになっています。
 これは本当に感動モノで、重曹の汚れを落とす力はすごい、と驚いてしまいました。
 こんなに簡単に汚れが落ちるなら、ガス台や換気扇の掃除の時も使えそうです。油汚れには重曹を使えばいい、というのは昔から聞いていましたが、私は一度もやってみたことがなかったんです。 
 

 以前記事にしましたが、私は重曹うがいをしています。(「虫歯予防・口内環境改善に重曹うがい」)
 重曹うがいは500㏄の水に重曹小さじ1を溶いたもので行います。
 食後は口の中が酸性になっていて、歯が溶けやすくなったり、虫歯菌の活動が活発になったりするのですが、重曹でうがいすると酸性の状態をすぐに弱アルカリ性に変えてくれます。
 この弱アルカリ性の良い口内環境を長く保つことで、虫歯や歯周病の予防に効果があるとされています。(軽い虫歯なら治ることもあるそうです)
 私は重曹うがいを始めてから、口の中がスッキリして歯が汚れにくくなるというのを実感したので、毎食後行うようにしています。うがい水をペットボトルに入れて冷蔵庫で保存しておくので手軽にできます。


 この重曹うがいをするので、たくさんあってもいいだろう、と食用のものが5kg買ってあって、家には重曹が大量にあります。
 ネットで見ると重曹を掃除に使う方法がたくさん出ていて、風呂のプラスチック椅子の水アカを落とすやり方がありました。そこで重曹はたくさんあるからやってみようと思いました。
 風呂場の椅子についた水アカは爪でこそげ落としたりしていましたが、なかなか取れなくて困っていたんです。
 そういった水アカを落とすには、重曹に酢を加えたものでこすればいいそうです。
 酢を加えると泡が出てきますが、これをこすりつけてタワシでこすってみると、これもまあ早くやっておけばよかった、と思わせるくらい簡単にキレイになりました。
 掃除に使うやり方はいろいろあるみたいですが、うがいに掃除にと重曹は、本当に様々な用途で使えるということが良く分かりました。


 重曹は入浴剤にもなります。
 重曹を入れると重曹泉の温泉と同じになるそうです。
 入れる量は湯船に重曹大さじ3~半カップくらいがいいとされます。お湯がなめらかになり、古い角質を洗い流して肌をスベスベにしたり、体を温めたりする効果があります。
 私は美肌効果には興味がないので夏の間は入れてませんが、冬場は重曹を入れると体がポカポカ温まるので週に1、2回は入れています。
 市販の入浴剤の成分も主に重曹ですが、重曹を大量に買ってたくさんお湯に入れたほうが安上がりだし、効果も高いと思います。


 重曹は消臭剤として使ったり、洗濯に使ったり、洗顔などのボディケアに使ったりと他にも多くの使い道があります。
 よく「魔法の粉」と言われますが、これは言い過ぎではないでしょう。
 肌に触れる使い方をする場合は食用のものを使用するほうがいいそうです。また肌の敏感な人には合わないこともあるので注意してください。
 お徳用の食用重曹を買っておけば、さまざまなことに安全に使えて重宝します。 
 安心・便利・経済的な重曹生活は本当にお勧めです。
 







 お好み焼きは誰もが好きな食べものだと思います。
 焼けたソースの香りと柔らかい生地の食感、いろいろな具材と甘辛いソースのまじりあった味、お好み焼きを嫌いな人は少ないでしょう。
 お店の鉄板で焼くのが一番いいと思いますが、作り方も簡単なので家でも十分おいしく作れます。お好みっていうくらいだから、好きなものを入れて食べればとても満足できます。
 豚肉、シーフード、チーズ、明太子、ネギ、キャベツなんかを入れるのが定番ですが、皆さんの好きな具材は何でしょうか?

 
 ネットで調べると具材になるものは本当にいろいろあります。
 卵、山芋といった生地になるものは外せませんが、キャベツの代わりに白菜やレタスを入れたり、天かす、もやし、納豆、ツナ、キムチ、コーン、うどん、ニラ、青しそ、コンニャクなどがあり、どれもおいしそうです。
 変わったところではトマト、アボカド、ちくわ、白飯、ポテトチップス、せんべいといったものもありました。
 こう見ると台所にある食材の多くを入れられるかんじですね。
 今挙げた具材でほぼ出そろっていると思いますが、私がいつも入れるもので二つほどネットに出てなかった具材があるので、今回はそれについて書いてみます。
 


 私がお好み焼きを作るときは、蒸かしたじゃがいもを小さく切って入れたりします。このことは以前テレビで見て知りましたが、じゃがいもの味が加わり、生地との食感の違いもでて、とてもお好み焼きに合うので一度お試し下さい。
 じゃがいもをすりおろして入れる、という方法もネットに出ていました。
 これは今まで知らなかったですが、こうすると山芋を入れるのと違うモチモチした食感が楽しめそうなので、今度試してみようと思いました。



 餅もお好み焼きに人気の具材です。
 餅を1cm角に切って入れるのが普通ですが、私はちょっと違う使い方をします。
 その方法は、餅を千切り用のスライサーで細切りにして生地に加えるというものです。
 これはパックの切り餅を一個スライスするのでちょっと大変です。でも、入れると普通に餅を入れるのとは違う、文字通りのモチモチ食感になるので、毎回面倒くさがらずにやっています。
 こうするとホントになんとも言えないおいしさのお好み焼きになるのでお勧めです。
(もしこれをやる場合はスライサーで手をケガしないようくれぐれもお気をつけ下さい)
 
 私は鍋料理に入れたりする餅の薄切りという商品があるのを知りませんでした。この餅の薄切りをお好み焼きに入れてる人もいるようです。
 この商品を入れれば、私の紹介した餅入りお好み焼きに近くなるな、と思いました。でも、この商品は普通のパック入りの切り餅と比べて値段が高いので、私としてはスライサーを使う方がいいと思います。


 というわけで、蒸かしたじゃがいもと細切りの餅、お好み焼き好きの人はよかったらお試し下さい。



プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
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