今回から数回ほど、心と体を落ち着けて整えるための簡単な方法・無努力静功について書いてみようと思います。

 静功というのは気功の用語で、動かないで静かに座ったり立ったりしながら、体の内側を見つめ、気の流れを感じて体の活力を高める功法のことをこう呼びます。さらに覚醒しながら心身の動きが止まった、とらわれのない状態になることを目指します。
 気功というと。太極拳のようなゆるやかな動きをするものをイメージする方も多いと思います。動きのある方は動功と呼ばれていて、気功の功法は大きく分けるとこの静功と動功の2つになりますが、静功の方がより重要なものと考えられているそうです。
 動かないで心身を静めるのは、座禅や多くの瞑想も同じことを目的としていると思います。座禅は修養的なところ、瞑想は心の動きの面がまず最初に来る印象が私にはあるのですが、今回紹介する無努力静功は、どちらかというと体を整えることから始めるようにしている方法です。私としては座禅、瞑想の持つそういったイメージから区別するために静功という言葉を使いました。
 そして、無努力と謳っていますから、難しく面倒なことはないですし、簡単でありながら奥深いところのある方法です。行っているうちに体が整い、それとともに心も落ち着いてくるのを感じられると思います。
 さらに、これはいつでもできるので、もしその楽しさを知ってもらえれば、人生の退屈な時間というものがなくなるかもしれません。

 本来の気功の静功では立ってやったり、寝転んで行うやり方もあるようですが、ここで紹介する方法は基本的に畳、床に座布団を敷き座って行って下さい。
 座禅、瞑想、静功ではいろいろな決まり事、足の組み方や姿勢、呼吸法、心を集中するなどがあったりしますが、無努力静功ではそれらの決まり事は行わず、ただ音楽、テレビ、携帯電話等がない中でただ座ります。また退屈をまぎらわせるために自分の意志で行う行為、例えば歌を歌ったり、明日の予定を考えるなどをしないようにします。姿勢も好きな体勢でいいです。
 決まり事的なものをいくつか挙げるとすれば、座り方は一番楽なあぐらで全くかまいませんが、もし出来たらヨガで達人座と呼ばれる両足の指を反対の脚の太ももとふくらはぎの間に入れる座り方→座禅の半跏趺坐、片方の足だけを反対の太ももの上に乗せる座り方→結跏趺坐、両足を太ももの上に乗せる座り方、と段階がありますので、自分が無理なく行えるものを選んでください。
 あぐらの出来ない人は正座か椅子に足を組まないで座り行ってください。あと部屋の温度は快適にして、空気も換気しておく。ゆったりした服装で行うなどです。
 時間は最初は15分くらいがいいと思いますが、頑張ったり我慢することなく行える時間でやります。
 何もしないで座っていると、次から次へと考え事がよぎったり、手いたずらをしたくなったり、体をモゾモゾと動かしたくなったりする事があるかもしれません。その時は頭や体が起こすことを止めようとせずに、そのままで座り続けます。考えや感情、体の動きが出たらなるべくそれに対してあれこれ反応せず、現れたものが動くままにさせます。
 これらは座禅や瞑想では良くない避けるべきとされるものでしょうが、私はその意味や価値を認めているので、受け入れてそのままにした方はいいと思っています。
 雑念と思われる止まることない考えは、それをただ浮かぶままにさせれば頭の整理になりますし、手いたずらや体が落ち着きなく動くのは自発動という体を整える動きにつながります。(自発動についてはこちら
 自発動は体が自らを整えるために起こす本能的な動きで、この人の意志とは関係ない自動的な動きに身を任せると、体の歪みや悪いところが自然に調整されていきます。私が決まり事なく無努力で座るのを勧めるのは、この自発動を起こさせるためというところがあります。
 手いたずらや体をソワソワさせるのを止めることなく、その動きに意識を合わせて動いていると、自分の意志とは関係ない体の動きを感じられるようになってくると思います。勝手に体のあちこちが動くので初めは怖くなりますが、そのままにしておけば動きは自然に抑まります。
 また、自発動が起こらなくても、手いたずら(脳を整理する事と関係している)や首をクネクネ動かしたくなるのも自発動と同じことなので、体が欲するようにさせてください。
 これらの行儀の悪い、また奇異に思える動きは、普段は人目を気にしたり、意識を自由にさせる時間を持つことがないのであまり出てきませんが、すべて体を整えてくれるものです。
 自発動が体を整えるのを見ていると、体の歪みは人が外から完全に矯正するのは不可能なほど、微妙で複雑なものだということが分かります。
 そうやって体を整えるのには時間がかかるので、いくら座って自発動を行っても足りないと感じてしまうほどです。また、これをやると背骨がポキポキ鳴ったりして気持ち良くなるところもあります。
 長い時間やっても構いせんが、頑張ったり我慢する感覚なく楽に行って下さい。座っていて疲れたり、面倒になったらそこで止めにします。
 そして、この静功の効果は自発動が起こることだけではないですから、体が動かないという人はそのまま座ってみてください。ただ静かに座る中にほかの様々な発見もあると思います。

 決まり事のないこの無努力静功は、入静しようとしたり、姿勢や呼吸を気にしたりと気を配ることがある普通の方法よりやりにくいところもあるかもしれません。人は何もしないでいることにあまり慣れていないでしょうから、制約のなしのこの状態は楽なように見えて逆に困ってしまうと感じる人もいるでしょう。
 しかし、精神修養やビジョンを見るといった目的、そのための姿勢、呼吸などを行わずにただ座り、次々と現れる考えや落ち着かない動きのままでいることは、無駄なことのように見えますが大切な意味があります。(自発動や入静は目的とも言えなくはないですが、これらは自分から起こそうと追及するものではなく、自然に起きるものだと考えてます)
 私たちは自分を中心とした意識的な考えにいつもとらわれて、自らの存在を狭めて生きづらくしてるところがあるのではないかと思います。この静功を行って、意識的な考えや努力のない、日常生活から離れたなんでもない時間を持つと、自然の力とも言える本能の知恵は、一見無意味に見える考えや動きを起こして、人の体の歪み、心のとらわれを私たちの気付かないところで整えてくれます。
 これらは実際に体験してみないとわからないと思いますので、一度気を紛らわせる物も決まり事も何もない中で座ってみてください。ただ座り続けるだけでいろんなことが起き、様々な発見、学びがあると思います。

 フランスの思想家パスカルは「人間の不幸というものは部屋の中に静かに休んでいられないことから起きる。」と述べましたが、私としては、「部屋で静かに座ることは私たちの知らない興味深い世界への入り口になる」、という言葉をそのあとに付け加えてもいいかなと思っています。
コメント

 春日さんコメントありがとうございます。

 静かに心に耳を傾けられればと思いますが、座っていると想念は次から次へと心に現れます。
 でも、ただ座って少しずつ体を整えていくに従って、心も整理されていくんじゃないかと思っています。

謹言

ただ座りお経は声に出さず読む
    心の中で耳を澄ませて
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