前回の記事では、無努力静功中に悪い姿勢でいることについて書きました。
 そうやって楽な良くない姿勢で座っていると、顔も一緒にゆるんできて、人に見せられないかんじの顔になる場合があります。
 顔を変に歪めたり、呆けた顔、怒りの表情、無表情、つらそうに顔をしかめる、または無気力、絶望的な表情などいろいろな顔がでてきます。
 これは感情を内に押し込めた、表情が硬い人(私のような)に起こりやすいものだと思います。
 これらの顔は自己イメージや世間体、または生きていくために被った仮面の下に閉じ込められた自分の抑圧された感情が現れたものです。この感情は筋肉や骨格の歪みとして顔に刻みつけられ、ふだんは自身で気づかなくても、悪い姿勢で体がゆるむことで、ネガティブに見えるいろいろな表情が現れてきます。
 人には見せられないこれらの顔は、どれほどネガティブでひどいものに見えたとしても、避けたり否定したりせずに現れるままにしたほうがいいと思います。
 辛く悲しい顔が隠れているのは、その顔をすべき時にそうしないで、自分の中に押し込めてしまったからです。これらの顔、感情を閉じ込め、意識的に忘れようとしても、抑圧されたものは気づかないところで私たちの心身に悪影響を与え、生きづらさの原因になります。
 しかし、良くない顔は外に出て表現されることを望むのか、鏡で見たら自分でさえ驚く顔のままでいると、気持ちが楽になったり安心感があったりします。この良くない顔に(表情に付随してくる感情が現れる時もありますが、その時も)何も反応せず静功で座り、現れるままにしていると、やがてそれらは解消されていきます。
 いろいろな顔になって戻らなくなり、焦ることもありますが、無理に戻そうとしないでとにかくそのままでいると戻ります。
 人には決して見せられない顔でも、それでいれば楽で気持ちよくなって、だんだんエネルギーが自分の中に生まれてきます。このエネルギーが、前回の悪い姿勢の記事で書いたように、筋肉のコリや顔の歪みとして形作られたネガティブなものを取り除く働きをしてくれます。
 悪い姿勢も良くない顔も認めたくない自分の姿ですが、より良い状態になるためにはこの偽りのない姿から始めなければなりません。(といっても、ただ楽な姿勢で座っているだけの簡単なことですが)
 しかし、私たちは、しっかりしていなくてはならない、落ち込んではならない、不平を言ってはならない、と社会や周囲から言われることが多いので、これらのネガティブなものはあってはならないものとされてしまいがちです。そのため正しい姿勢や取り繕った顔でいるようにしますが、こうすることは問題をただ先送りにして複雑にするだけで、それ以上の自然な改善を阻んでしまうと私は思います。
 本来、感情は私たちの自然な反応だから良いも悪いもありません。しかし、ネガティブなものとされる怒りや悲しみなどの感情が起きた時、うまく表現できなかったり、人に弱みを見せられないとそれらの感情を押し殺してばかりいると、隠された感情はいつまでも自分の中に残ります。人がうつ病になったりするのは、この蓄積された感情でいっぱいになり、身動きが取れなくなった時だと思いますが、心を軽く晴れやかにするためにはそれらを片付けなくてはいけません。

 悪い姿勢でいたり、良くない顔が出てくるようになると、静功中だけでなく日常生活でもこれらが突然現れてくることがあります。
 人に見られていない時に変な顔になってもそのままでいればいいですが、外を出歩いているときなどは見られないように注意しています。もし、良くない顔のままで歩いていると警察に通報されかねません。
 私は口をずらして歪めたり、口が閉まりなく開いているような顔になるときには、マスクをして顔を隠してしまいます。こうやって見られたくない顔を隠しながら外出するのは、変な話ですがちょっとした快感があります。
 また悪い姿勢でいるときのリラックス感を感じながら散歩していると、歩き方のバランスが泥酔したかのように悪くなり、とんでもない格好で歩くようになることがありました。それは操り人形みたいに手や足をメチャクチャな方向にあげたりして、なかなか前に進めないかんじの歩き方でした。普通に(人に見られても大丈夫な格好で)歩こうと思えばすぐに切り換えられるのですが、意識をリラックスさせるとその歩き方になってしまいます。
 これらは歩くことに関する体の歪みがでてきたもので、私は体がこれを望むのだから、その通りにさせればそのうち収まるだろうと思い、人の来ない山道でそうやって歩くようにしました。しばらくすると、それはやはり改善されて、今ではやろうと思ってもできません。
 昔、イギリスのコメディ番組「モンティ・パイソン」で「バカ歩き省」というコントがありました。「バカ歩き省」は変な歩き方を普及させる役所で、その大臣や職員がみんなでおかしな格好で歩くというものだったのですが、(YouTubeで見れます)20年以上前にこれを見たときはあまりのバカらしさに笑って、ナンセンスでシュールなコントだなと思いました。でも、自分が実際に同じように変な歩き方を真剣にやるようになった時に、人は潜在的に歪みを解消させる変な歩き方に対する欲求があって、あのコントはそれを無意識的に表していたのではないかと考えたりもしました、

 抑圧された感情が少ない人、体の歪みが少ない人は無努力静功で楽に座っても、悪い姿勢や顔にそれほどならないと思います。しかし、歪みの改善や抑圧されたものの解放が必要でないとしても、楽にただ座れば心身がものすごくゆるみ、気持ちよくリラックスできるので、この方法はあらゆる人に勧められるものだと思います。


 ここまであまり聞いたことのないような話をいろいろと書いてきましたが、無努力静功を行い自分自身の本当の姿を突きつめてみようと思われた方はいらっしゃいましたでしょうか?
 私の現在の姿勢は良いような悪いようなといった感じです。ただ悪い姿勢を通じて少しずつ良い姿勢に向かっているのは確かです、私としてはいつでも自分が一番気持ちよくいられる姿勢でいるだけなのでどちらでもいいですが、この努力のない楽な感覚のままで背スジの伸びた姿勢でいられるようになれれば最善だろうと思います。
 今までこういう極端に思えることをやった人はほとんどいないと思いますが、だまされたつもりで一度試してもらえればと思います。
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