無努力静功3では静功を行うときに一番楽な姿勢・悪い姿勢をとることの意義について説明しました。
 静功4の記事ではそうやって体を楽にしていると顔の筋肉も同時にゆるみ、今まで内に秘めて隠していた、人に見られたくないような表情が出てくるというということを書きました。
 そして、良くない顔は表に出てきて表現されれば解消されていくので、自分で見て驚くような顔をしていたとしても、その顔でいれば安心感や開放感があるということも書きました。
 しかし、良くないネガティブな顔でいると、それに伴った感情が出てくるときがあります。その感情はとてもネガティブで激しいものである場合が多く、そういった感情が現れると戸惑ってしまうこともあると思うので、今回はそういったことへの対処法について書いてみたいと思います。

 誰でも辛いこと、嫌なことがあればそれに対する悲しみや怒りなどの感情が自然に出てきます。そのときに感情が表現されずに心の中に抑え込まれると、それは筋肉や骨格のゆがみとなって体に刻みつけられます。そして、その刻みこまれた感情が外に現れてくると私たちはとても不安になるので、それを避けるために体を固くして抑圧された感情からくる体の歪みをブロックしてしまいます。
 しかし、楽な悪い姿勢でいると体がゆるみますから、このブロックがとれてネガティブな顔や感情が現れてきます。
 出てくるのは、今までに抑圧され蓄積されたさまざまな感情です。憎しみや暴力的なもの、いろいろな欲望、自己否定、さみしさ、悲しさ、ねたみ、など、自分の中にこんなに強い感情があるのかとショックを受けるほど強いものかもしれませんが、これらはすべて出してしまうほうがいいと思います。
 激しくあまりにネガティブな言葉が湧き上がってくることがあったり、それが現れることで恥ずかしくなる、自分が自分でなくなる、何か悪い存在に変わってしまうなど、不安な気持ちになったりもするかもしれません。しかし、静功で座りながら起きることを無理に止めずに、そのままにさせれば、やがてそれらの感情は消えていきます。一度これを経験すると、静功を行うたび、また日常生活の中でも、それらの感情は出てくるようになるかもしれないけれど、とにかく抑え込まれたものの気の済むようにさせれば、長い期間かかるかもしれないですが必ずこれは終わります。
 このとき注意してほしいのは、感情を出るままにさせるだけで、感情が望むことはしないようにすることです。実際に行うと警察に捕まってしまうような欲求、感情も出てきますので注意してください。
 感情があまりに強いときには想いを声にしたり、心の中で繰り返しつぶやいたりが止まらないこともありますが、それも自ら気の済むまで行います。

 これが起きると、自分が本当はどのような感情を持っているのか知ることができます。
 そして、その良くない感情を持った自分を見つめれば、そこにはそれ以上でも以下でもないありのままの自分がいるだけであり、それ自体には何の問題もありません。認めたくないかもしれませんが、ただそういう自分であるということを知れば、それ以外のものになる必要はありません。ネガティブな感情があったとしても、それに対して何もせず、感情の動きをそのままに見つめていれば、それは消えていきます。
 ネガティブな感情にとらわれ振り回されて、問題、葛藤が生じるのは、感情的になってはいけないとかマイナスの感情を持つ自分は認めらない、とその感情から逃げたり、抑えつけようとするからです。そうすると結果的に、嫌な感情を自身のうちにいつまでも根付かせてしまいます。

 本音と建前を使い分けるのが日本の社会と言われますが、誰でも建前の部分ではいい顔をしていたとしても、本音では不満や憤りを持っています。その場合は自らの感情がどこにあるか分かっているから、それを発散させたりすることが可能です。一方、不満や怒りなどを良くないもの、考えてはいけないものとしてしまう人もいます。自然な本心に向き合わず、感情の存在を無視して抑え込むようにしていると、それは大きなストレスになって心身の病の原因になります。
 しかし、内にこもった感情を抱えていても良いことはありませんから、それをなるべく吐き出し、発散させるようにする必要があります。
 不満などネガティブなものを発散する方法は遊びに出掛けたり、体を休める、飲み食いや買い物といろいろあると思います。
 インターネットも不満のはけ口として使われている面があって、ネット上ではふだんあまり人に見せられない感情をさまざまな形で吐きしたものも多く、これはこれで精神衛生上の意味はあると思いますが、ネットで悪口等を書いて発散するのでは、いつまでもその感情から抜け出せずとらわれ続けてしまうのではないでしょうが。
 ネガティブな感情は、それを作り出す原因に対して直接抗議するとき以外は、形を変えて別の人にぶつけたりしないで(嫌な感情の連鎖が起きる)、自ら吐き出したり、感情を見つめてそれが消え去っていくようにして処理したほうがいいように思えます。


 無努力静功を行うと起きることして、悪い姿勢、良くない顔、ネガティブな心とそれぞれ書いてきましたが、考えてみればタイトルに使われる悪いやネガティブという言葉は、一般的にはそう見えるということだけで、あまり的確な言い方ではないかもしれません。自然と出てくる姿勢、顔、心は私たちのありのままのものなのだから、良いとか悪いと評価すべきではないでしょう。
 ここまで何度も言ってきたように、ありのままの見た目に良くない姿勢には嘘が一切なく、これは体自身が望むより健康な姿勢につながっているのだから、悪い姿勢、顔、心はむしろ正しい、ポジティブなものであると私は考えています。
 ですから本当は、「悪いといわれるが実際はそうではない姿勢のススメ」とかのタイトルにしたほうがいいのでしょうが、訳が分からなくなってしまうので分かりやすいものにしています。
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