人は誰でも独り言を言うものでしょうか?
 一人でいるとき、心に思っていることを短いフレーズで口にしたり、パソコンやテレビに向かって何か言ったりする、という人はけっこういると思います。また、周りに人がいないと思って言った独り言を聞かれて、恥ずかしい思いをしたなんていう人もいるかもしれません。
 私の場合いつも口にしてはいませんが、ときおり言うかんじです。

 独り言を言う原因としては、いくつかのことが考えられています。

 ・ひとりでいる時間が長いと独り言が増える。

 ・言葉を発して脳に強く印象づける。(自己暗示)

 ・周りの人に自分の存在・状態を知らせる。

 ・アーティストや独創的な研究をする人が言うことが
 多いので、創造性との関連がある。

 そして、独り言を言うのは心身の緊張をほぐす効果があり、精神衛生上好ましい、という考えもあります。
 
 とはいっても、一般的には、独り言をいつも言っている人のイメージは「変わっている」「周囲を気にしない」「ストレスが多そう」など、良くないものになるのではないでしょうか。
 楽しげに独り言を言うという人もいるでしょう。しかし、ネガティブな印象を与えたり、精神的な問題を疑わせたりする独り言というのも確かにあります。独り言をよく言う人は、このようなネガティブなことを言っている場合が多いかもしれません。
 今回は、あまり良くない独り言を言うようになる原因や、そういった独り言を言うのと同じ仕組みで起きていると考えられる幻聴について書いてみます。そして、それらをいかに解消するかということについても、私の考えを書いてみたいと思います。
 これらのことは前々回前回の記事の、思考と内言についての内容とも関係があるので、そちらもよろしかったらご参照ください。


 一般に良くない独り言とされるのは、

 ・誰もいないのに誰かと話しているような独り言
 ・一人で笑う
 ・内容が意味不明
 ・周りに人がいても言い続ける
 ・悪口・殺人をほのめかす攻撃的な内容
 ・「もうダメだ」などの落ちこんだ内容
  といったものです。
 これらの独り言を言うようになるのは、強いストレスや孤独を感じ、精神的に弱って気持ちの余裕を失ったり、考えがまとまらなくなったりするからだ、と考えられています。
 こういった独り言を言うようになると、うつ病などの精神的な病の可能性もあるかもしれません。
 それでも胸の中にあることは、吐き出さないとストレスはさらにたまってしますので、独り言は我慢しないでどんどん言う方が良いと思います。これは独り言を言うことで、不安定になっている精神のバランスをかろうじてとり、良くない状態を解消しようとしている、という意味もあります。
 そして、精神状態が悪くなる大きな原因は、やっぱりストレスなので、まずストレスの原因になっているものに対処して、それを取りのぞいていくようにするべきです。
 また独り言をブツブツいう人が近くにいたりすると、周りの人は「変な人」「かかわりたくない」と思ってしまいがちです。しかし、独り言を口にしている人は、精神的に大変な状況にあるということを知って、気づかってあげることも必要かもしれません。


 しかし、誰でも良くない独り言を言うようになるわけではないですから、そうなりやすい性格というのはあるかもしれません。
 良くない独り言は、先ほど言ったように、うつ病などの精神疾患につながるところがあります。ですから、真面目すぎてストレスをため込んでしまう、自己表現が苦手、などといった精神疾患になりやすい性格は、良くない独り言を言うようになる人の性格とかなり重なっていると言えるはずです。
 そういった人は、自らの内的な思い・欲求への抑圧が強いといえるのではないでしょうか。この抑圧が強い人は、自分の欲求に従った生き方ができないので、ストレスを抱えやすくなります。
 あまりに内的抑圧が強くて、几帳面に物事を考えすぎると、自分の本当の気持ちも分からなくなってしまい、それが生きづらさにつながっていきます。
 また、自然な気持ちを抑えて生きているぶん「自分はこれだけ我慢しているのに」と不満を募らせて感情的になったり、根深い恨みや憎しみを持ったりしやすくなります。
 ですから、誰でもなるべく本音に近い生き方をした方が良いというのは確かでしょう。
 内的抑圧が強い人でも実際は、欲求・感情に従う素直な気持ちで生きたいと思っていると思います。
 しかし、どうしても抑圧的になってしまうのは、幼少期に自らの欲求や存在を十分に認められずに育てられた、ということがあるはずです。そのように育てられた人にとって、ありのままの欲求・感情というのは、ストレートに現れると不安な気持ちを起こさせるものになってしまいます。
 このために起きる強い内的抑圧が、独り言につながっていると私は考えます。

 人は「これだけ我慢している」、などのさまざまな言葉を、心の中で話しています。
 この心の中で話される言葉は、内言と呼ばれます。内言は、人が自分自身の実体と考える意識によって話されるものです。
 そして、前々回、前回の記事で述べましたが、意識は内言の言葉で心に無意識に浮かぶ思考・感情をコントロールしています。さらに、外の世界で起きるあらゆる物事に関しても、それを内言でもって判断しながら人は生きている、と言えるはずです。
 こうやって内言(意識)と共に暮らしていく中で、その生活に多少でも納得できている人は、自身の存在に対して疑いを持ちません。
 しかし、さまざまな理由から生きることがうまくいかずに行きづまってしまうと、内言によって物事を判断してきた自分の意識・存在に嫌気がさし、否定したくなります。
 それまではその意識が、自身の心に現れてくる思考・感情をコントロールし、抑えながらうまく生きられるようにしてきました。
 しかし、その意識でもって生活しても、物事がどうにもうまくいかないので、その意識自体を否定したくなります。
 そして、もっと理想的で良い生き方をもたらしてくれそうな主体を、これまでの意識の上に作りだし、それを自らの新しい実体と考えます。
 そうするために、意識が話していた内言より大きな声「独り言」を言うようになる。この自らの意識をコントロールしようとすることが、人が独り言を言うようになる内的要因だと私は思います。
 (自分のとても恥ずかしい経験を思い出したときに、大きな声を出したくなったという人はいると思います。これは独り言ではないですが、あの行為が意識を打ち消そうとして独り言を言うかんじと同じものです)
 独り言を言って一時的に自らを安定させられても、それはただ抑圧を強めているだけなので、結局は自らを追いつめてしまいます。
 抑圧が強まれば、感情が反発して攻撃的になる、考えがまとまらなくなる、意気消沈する、などして独り言は良くないものへと変わっていくことが多いでしょう。
 
 それまでありのままの思考・感情をコントロールしていた内言をさらにコントロールする独り言を作りだし、それを主体として生きるということは、ありのままの欲求、本音から複雑に遠ざかることになります。
 ありのままの思考・感情は心の奥底から生まれる、雑草のような生命力を持った強いものです。人は、そのありのままのものを理解し、それに向き合いながら生きていかないと、どうしても生きづらくなってしまいます。

 (次回に続きます)



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