「症状即療法」という言葉があります。これは東洋医学・野口整体・西式健康法などでよく使われる言葉です。
 その意味は、「さまざまな不快な症状は、体が自らの悪いところを治そうとして起こすもので、症状自体が療法になっている」ということを表しています。
 例えば、風邪をひくと発熱したり、セキ・鼻水がでたりします。これらの症状は、「症状即療法」の考えからすると、風邪が治るために必要なものです。熱が出るのは自らの免疫力を高めるためですし、セキや鼻水にはウィルスを排出する働きがあります。
 そのほか、かゆみや痛み・下痢など、多くの症状も体が自らを治し、守るために現れるものだといえます。
 「自然治癒力」という言葉がありますが、これは体が潜在的に持っている治す力のことで、「症状即療法」と同じような意味だと言えるでしょう。
 また最近、薬を飲むことの弊害を述べた本を多く目にします。それらも薬を飲まずに、「症状即療法」(自然治癒力)の働きを十分活かすことを勧めているものだと思います。
 しかし、大多数の人が正しいと信じる現代医学では、体が自らのために起こしている症状の意味を考えることはありません。そこでは大抵、現れた症状をただ悪いものとみなし、それを薬でなくせばいい、ということが行われています。

 
「思考 内言 独り言 幻聴」の1~4の記事で、ありのままの思考・感情を私たちの意識が抑圧すると、さまざまな精神的な問題につながるということを説明しました。また、ありのままのネガティブな思考・感情は、抑えつけずにそのままにさせれば、自らのエネルギーを解消して消えていく、ということも書きました。
 この心の中の抑圧と現代医学の行う症状の抑制は、よく似た現象と言えるでしょう。
 どちらも、自然に現れるものである、思考・感情や症状を抑えることで問題を複雑にしている点、そしてネガティブな考えと症状は、何も手出ししないで、その起きることを全うさせる必要があるという点が共通していると思います。
 現代医学はあらゆる症状を薬でなくそうとします。(緊急時には、それが絶対に必要なときがありますが)
 そして、多くの人もなんらかの不快な症状があったら、それを薬で抑えることが正しいと考えています。
 薬を飲めば症状は無くなり、良くなったように思えますが、それは一時的なことです。
 薬で抑えられた症状は簡単に消え去ることなく、体の中になんらかの形で残ります。
 「症状即療法」の働きは、本能的な強い力を持つものですから、症状は抑えられても必ず再び現れ、自らを解消しようとします。(同じものでなく違う症状で現れる場合もある) 
 したがって症状を消すためには、それを全うさせる必要があります。しかし、症状が現れるたびに安易に薬を使ってしまうと、体が本当に求めている解決から遠ざかってしまうと言えるでしょう。

 この現象は、ありのままのネガティブな思考・感情の抑圧→ありのままのものの反発→心の不安定化→より強い抑圧→さらなる反発--という心の悪循環と同じものです。
 症状を時おり薬で抑えるだけなら、自然治癒力のある健康な人の場合、それほど問題は起きないかもしれません。
 しかし、体の弱い人や常に薬を飲んでいる人は、症状と抑制の繰り返しの中では、症状が本当に無くなることはありません。そのため、症状をより強く抑えないといけなくなり、薬の量が増えて自然治癒力も弱まっていきます。
 こういった悪循環を避けるためにも、「症状即療法」の働きや症状と抑圧の関係について理解して、うっとうしく感じられるさまざまな症状の見方を変える必要があると思います。
 
 
 救急医療や外科手術、ケガなど現代医学によって私たちが助けられていることは数多くあります。
 ですから、私たちはすべて体のことは病院で診てもらえば間違いないと信じていると思います。そして、何らかの不調で病院に行って、薬をもらわずに帰ってくることは非常に少ないはずです。(というか、誰もが薬をもらうために病院に行きます)
 しかし、そこで出される薬が有効ではないという例は、これはほんの一部ですが、以下のようにあります。

 ・風邪に抗生物質を処方する(ウィルスで起きる風邪には無意味。逆に体を守る働きをする腸内細菌を殺してしまう。風邪、インフルエンザは薬を飲まずに安静にしていることが第一です)

 ・解熱剤(発熱はウィルスを殺すために必要。また子どものインフルエンザ脳症は、ある種の解熱剤が原因とも言われている。どうしても使うときはアセトアミノフェン系の製品を)

 ・ステロイド剤(症状→抑制→症状の典型的なもの)
 
・新型抗うつ剤、抗がん剤(医者やマスコミがほとんど口にしないこれらの薬の弊害については、専門書やネットで一度は調べるべきだと思います)

 さまざまな慢性疾患の薬は症状を抑えるだけで、本当の意味で病気を治すためのものではないそうです。
 コレステロール値や血圧をコントロールするために飲む薬なども、その基準値の正しさ・数値のコントロールの効果を疑問視する意見が多くありますし、副作用の恐れなどもあるそうです。
 このようなさまざまな薬の弊害については、安保徹先生の本などに詳しく書かれているので、興味ある方はそちらをご覧ください。
 飲む意味のない薬や病気を治さない薬、効果が疑問視されるもの、これらを長年飲み続けることが、体にダメージを与え、それが深刻な病気につながることは十分考えられるのではないでしょうか。
 薬の害を理解して、なるべく薬を出さない医者もいると思いますが、その数は非常に少ないでしょう。
 現代医学のシステム、医者の仕事が薬を出すことによって成り立っていて、こうしないと経営としてやっていけない仕組みになっているのだと思います。そして、病気の人に(そうでない人にも)なるべく長く、できれば一生薬を飲ませようとしている、と考えるのは少し疑い過ぎでしょうか。
 しかし、人は医学のシステムを維持するために存在しているわけでは決してありません。私たちは自らの健康を守るために薬のことについて知り、いらない薬を飲まないよう自己防衛するべきです。

 症状→抑制→症状の弊害に陥らないために、まず、風邪や胃もたれなどの軽い症状で安易に薬を飲まないようにしたいものです。(風邪を薬で治さないのが大切という野口整体の考えについての記事も良かったらご参照ください。「風邪の効用について」
 そして、さまざまな症状が現れたときは、
 しっかり休養をとる。
 ストレスがあったら、それを解消するように努める。
 運動不足の場合、適度に運動する。
 バランスのとれた質の良い食事をする。(食べ過ぎていたら食べる量を減らす)
 民間療法や代替医療を行う場合は、極端なことをしないものや、高価すぎないものがいいと思います。(一応このブログでは、薬に頼らずに症状を全うさせるための方法をいろいろ紹介しているつもりです)
 こういった基本的なことを行って、あとは「症状即療法」の働きに任せます。
 薬を飲むのは、これらで良くならなかったときの最終手段ではないでしょうか。

 不快な症状もネガティブで嫌な感情も、原因と必要性があって現れます。
 それらは自らのエネルギーを持っています。そのエネルギーは私たちが干渉すると反発して力を大きくしますが、何もしないでそれの動くままにさせると、だんだん力を弱め消えていきます。
 その過程を見つめると、最初は無秩序に見えたものが、秩序をもたらそうとしているものだったことが分かるはずです。心と体は、いつでも自らを最高の状態にしようと努めてくれています。
 しかし、このことについての理解がないと、私たちの意識は、症状がいつまでも続くと考えたり、嫌な感情から逃げ出そうとしたりします。自分の一部であるそれらのものを分断して、自らと異なるものとしてしまうのです。
 そして、その症状や感情を薬や言葉ですぐに消し去ろうとすることで、かえってそれらを心身に根づかせ、自らの中で際限なく起きる無意味な争いの原因となります。
 「私」が安心するために、自らの感情を肯定するものと否定するものに分けたり、薬で症状を抑えたりする。こういったことからすると、心の中であれこれ考えて安心を得ようとする「私」という意識が、すべての問題をもたらす元凶であると言えるのかもしれません。「問題、問題」と騒ぐ「私」が、問題だったのです。
 しかし、ネガティブな思考の浄化も、症状即療法」も、そういった「私」がないところから始まります。
 そして、それらが起きるのは、心や症状をただ黙って見つめるときだけです。

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