「物に心が宿る、命がある」という考えを昔から日本人は持っていました。「もったいない」という言葉があったりしますし、人形や針、筆といった物を捨てるのに供養を行ったり、傘などの古い生活用品が粗末に扱われると妖怪になったりすると考えられてきたりしたことから、とにかく物を大切にしてきたと言えるでしょう。
 モノが大量にあふれて使い捨てられる現代日本では、そういったことはかなり失われてきてるでしょうが、物を大切にする心はまだ多くの人の中に残っていると思います。


 つい最近、「探偵ナイトスクープ」で16年前に7年落ちで買った中古の軽自動車をどうしても処分できない、という女性の話を放送しました。その車を「ヴィヴィオ君」と呼んで子どものようにかわいがっていたのですが、もうさすがに調子が悪くなってしまっていて、お別れしなければいけないのは本人も分かっています。
 でも、なかなか決心をつけられない依頼者にハライチ澤部探偵が、「今までありがとう」と車の気持ちを想像で代弁してあげて、ようやく納得し、最後は廃車するところまで見届けました。(放送はコチラです)
 その女性は大泣きしていましたが、この気持ちを理解できる人もけっこういるのではないでしょうか。(その回を見て泣いたという感想もネットにいくつかありました)
 泣きはしなかったけど、自分も物を大切にする方なので、すごく共感できました。


 私も車に関して忘れられない経験があります。そして、それによって「物には心が宿っているのかも」と思うようになりました。

 20年ほど前のこと、運転中に友達とふざけていて不注意になり、車を道路わきの壁にぶつけてしまいました。前の部分がメチャクチャにつぶれてしまい、直すこともできないので、廃車にしなければならない、ということになりました。
 それは18歳で免許をとったときに買った中古のアコードで、8年くらい乗っていた車です。気に入っていた車で距離数もそんなにいってなかったですし、まだまだ乗る気でいたので、かなりショックでした。
 廃車にする日、家の庭に置いてあった車を眺めながら、「もったいないことしたな」とか「北海道とかあちこち行ったなー」などと思っていると、不思議なことに全く動いていない車のエンジン部分から「ジー、カタカタカタッ」というファンの回るみたいな音が悲しげに鳴ったんです。
 まるで私にサヨナラと告げる言葉のようでした。
 本当にタイミングよく発せられたその音を聞いて、「車には心があるんだ」と思わされ、「こんな姿にさせてしまってゴメンね」と謝りたくなりました。
 エンジンのかかっていない車が、なんらかの理由でそう動くこともあるかもしれないですが、車を眺めていたのも2.3分と短い時間でしたし、どうしても車が私に話しかけたとしか思えなかったです。


 日本人が物に命があると考えたのは、迷信でなく本当のことで、大切に扱えば物には心が宿り、私たちの想いに答えてくれるのではないでしょうか。だから、やっぱり物は大事に使い、捨てる時には感謝するようにしなければならないのだと思います。

 この記事を書いているときに、物に心があるという体験をたくさん載せたこんなサイトを見つけました。(YOMIURI ONLINE発言小町



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