片付けるのが苦手、ちょっとした片付けもやりたくない人っていると思います。
 片づけないと部屋はどんどん散らかりますから、片づける気持ちは誰にでもあるはずです。
 空間は整理されていた方が好ましく見えるので、片付けられないことで自己嫌悪に陥る人がいたり、なぜあの人は片付けができないんだろう、と周りから思われるなんてこともあるでしょう。
 それでも、あまり片付けないという人は、少しゴタゴタしていても平気という考えが無意識的にあるのかもしれません。 
 私は見えるところはある程度整理する方ですが、押し入れの中とかはかなりゴチャゴチャしています。
 
 片付け・整理を行うことに関しての意識は人それぞれ違うと思います。
 モノが少しでもキチンと置いてないのが許せない人がいるのに対し、かなりゴタゴタしないと片付けようとしない人がいたり、ほとんど片付けない人がいたりします。
 このことは生理的に片付けたくなるポイントが人によって違うことを示しています。
 生物学にはこの差を表す言葉として「反応閾値」というものがあります。すぐ片付ける人は、片付けに対する「反応閾値」が低い、あまり片付けない人は「反応閾値」が高い、という風に使われます。
 反応閾値の差は人によって違い、片付け以外にもさまざまな事柄に対してあります。
 この差があることは、生物にとってかなり重要な意味があるみたいです。

 私はこの「反応閾値」のことを「働かないアリに意義がある」(長谷川英佑著 メディアファクトリー)という本で知りました。
 刺激的なタイトルの本ですが、著者は北海道大学の准教授で、ハチやアリといった真社会性生物の進化生物学研究を行っている方です。けっこう話題になった本で、昆虫の生態について興味深いことがいろいろ書かれています。
 この本の中で反応閾値は、「仕事に対する腰の軽さの個体差」「刺激に対して行動を起こすのに必要な刺激量の限界値」と説明されています。
 これは社会性昆虫の集団行動の仕組みを理解するために欠かせない概念ということです。
 ミツバチでは、蜜にどの程度の糖が溶けていればそれを吸うかとか、巣の中がどれくらいの温度になると温度を下げるための羽ばたきを開始するか、という反応閾値がワーカーごとに違っていることが昔から知られていました。これが何のために存在するかが研究されて、「反応閾値モデル」という一つの仮説にたどり着きます。
 この仮説で、反応閾値がコロニーの各メンバーで異なっていることによって、必要なときに必要な量のワーカーを動員することが可能になる、ということが説明されています。
 コロニーが必要とする労働の質と量は時間と共に変わります。仕事にさまざまな変動があるとき、単純な脳しか持たない真社会性生物の選んだ方法が、メンバーの中で労働に対する反応閾値の幅を持たせる、ということだったようです。
 例えば、ミツバチは自分たちの巣の温度が温かくなり過ぎたときに羽ばたきを始め、空気の流れを起こして空気を入れ替え、巣の温度を下げるということを行います。
 反応閾値が低いワーカーばかりの巣では、少しの温度変化に対し一斉に羽ばたきますが、皆がすぐ疲れてしまうため、温度管理をするのが難しくなります。
 一方、ワーカーの反応閾値がいろいろある巣の方は、ワーカーが段階的に羽ばたき始めるので、温度管理をより効率的・持続的に行えるということがあるそうです。
 これは他のさまざまな仕事についても言えることで、ワーカーの個性がなく同じような個体ばかりだと、種を保持するのが難しくなるということになります。
 ひとつのコロニーに反応閾値が低い働き者から、反応閾値が高い怠け者までいろいろなタイプのワーカーがいることで、想定外のことが刻々と起きる環境に対応できるのです。

 ハチやアリと人を比べるのも変かもしれませんが、人にも片付けや仕事に対する腰の軽さ、反応閾値の差があることには、何らかの意味があるように思えます。
 この多様性が人間にとって何故あるかハッキリとは分かりません。でも個性としてさまざまなタイプの人がいることで、大局から見ると社会の存続につながる面があるのかもしれません。
 だから、片付けるのが苦手という人もそのことをあまり悲観せず、「片付けないのは人類の種の保存のためだ」と思うようにして、片付け・整理を他の人と比べない方がいいのではないでしょうか。
 片付けられないことを何か病的なこととみなす風潮もありますが、人類の多様性という見方からすれば、皆キレイ好きであるべき、という考えは違うように思えます。
 

 片付けが苦手なことの原因がすべて反応閾値にあるとは言えないでしょう。でもあまり片付けられないことにストレスを感じてしまうのも問題を複雑にするだけに思えます。
 片付けられないのは、心の整理が出来てないためという場合があります。
 心の中がゴタゴタしているときに部屋の片付けをしようとしても上手くできませんし、整理したとしてもすぐに片付ける前の元の状態に戻ってしまいがちでしょう。
 こんな場合には、自分の心を見つめて考えを整理し、気持ちを落ちつけることが先決ではないでしょうか。心が整って来れば、片付けようという気持ちが自然にでてきて、部屋もスッキリしてくると思います。


 「働かないアリに意義がある」の中には面白いことがいろいろ書かれていました。
 アリの観察をすると、働きアリの2割ほどはコロニーを維持するために必要な労働をほとんど行わず、自分の体を舐めたり、目的もなく歩いたり、ただぼーっと動かないでいたりするなど、労働とは無関係の行動ばかり行っているそうです。
 そこで働かないアリを取り除いたグループと、働かないアリばかり集めたグループを作って観察してみると、どちらのグループも働くもの8割、働かないもの2割という割合になりました。
 この実験から、働かないアリはサボっているのではなく、仕事に対する反応閾値が高いため先に他のアリに動かれて仕事にありつけないだけだった、ということと、アリの集団は2割の働かない個体を作っておくようにする、ということがわかりました。
 どうやら働かない2割は緊急時の対応への余力のために必要で、種の保存にはこの2割がいることに意義があるということみたいです。(しかし働きたいけど働けないアリの他に、まったく巣のためになることをせずにコロニーから利益だけ奪ってしまう「チーター」と呼ばれるものが存在する種があることも、本の中で書かれていました)
 他にも、コロニーの中にお馬鹿なアリがいたほうが、仕事に対する新しい効率的な方法を見つけることにつながるので、組織としてはうまくいく、なんていう話も興味深かったです。


 この本は昆虫の生態について書かれたものですが、読んでいるうちにどうしても人間の社会に置きかえてしまうことが多くありました。
 皆同じに動いているように見えるアリ、ハチにも個体差があって、それが種の存続のために必要ならば、人にもさまざまな個性があるのは当然であるし、一見効率的には見えないその多様性が、人間という種の存続にやはり大切なのでしょう。
 このことは、反応閾値が低いことだけが善とされがちな現代の日本社会にとって深く考えさせられる話ではないでしょうか。



 
コメント

Re: タイトルなし

ガバイさんコメントありがとうございます。
ペットの犬や猫に個性があるのは確かですが、
サルやネズミ、魚にも個性があるのが確認されているそうです。
反応閾値というのかは分かりませんが、さまざまな個性がいることで
危険に対する種の生存の可能性を高めているのではないでしょうか。

昆虫以外の生物でこのような事はありますか?コメントお願いします。
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