前回、前々回と決まり事なくただ座るという無努力静功について書いてきましたが、これを行ってみるときには楽な姿勢で座ってほしいです。
 楽な姿勢とはどんなものかというと、ふつうは良くないとされている悪い姿勢をとるのが、一番楽だと私は思います。

 悪い姿勢でいると、見た目にだらしないし、内臓を圧迫したり、腰痛、肩こりなどの原因になったりして健康に良くないので、正しい姿勢を心がけるように、と誰でも言われてきたはずです。
 そして、背スジを伸ばした正しいとされる姿勢を保つほうが疲れにくく、楽であるともされています。
 しかし、そうするのが楽なら、すべての人が正しい姿勢になっていると思います。
 本当は、悪い姿勢でいるときの方が、楽で気持ちいい、と言えるのではないでしょうか。
 姿勢の悪さに悩んでいる人は多いと思いますが、私は姿勢が悪いことはそれほど非難される事柄ではないと思っています。
 今回の記事では、悪い姿勢の意味と価値を説明して、さらにそれを静功に生かすことについて書いてみます。



 誰でも悪い姿勢でいる自分を人に見られたくないと思います。
 多少の姿勢の悪さなら日常そのままでいられます。
 しかし、あまりにだらしない姿勢だと人目が気になり、無理に背スジを伸ばして、人から見て変に思われない姿勢をとるようにする人は結構いるのではないでしょうか。

 悪い姿勢の原因は体の歪みから来ていますが、体の歪みが大きくて姿勢がかなり悪くなっている人でも、人目を気にして筋力を使い姿勢をキープしているということがあると思います。
 そして、体力、筋力がある若いうちはこうやって姿勢を保つことも可能ですが、体力が衰えてくると、見られておかしくない姿勢でいようと頭で考えても体がついていかず、悪い姿勢になってしまいます。
 年をとると姿勢が悪くなるのは、もともと若いころから持っている体の歪みを隠しきれなくなって悪くなる、ということも一因だと考えられます。
 

 しかし、悪い姿勢でいることは楽で気持ちよく、そこに自分に対する嘘はありません。
 悪い姿勢でいるときの自分は、ありのままの自分と言えるでしょう。
 一方、正しい姿勢でいようとする自分は、理想を求めている偽りの自分です。
 もちろん、悪い姿勢でずっといればいい、と言うつもりはないですが、ありのままの自分を無視して、偽りの理想を求めてばかりではいけないと思います。



 自然に良い姿勢でいられる人も確かにいます。
 しかし、姿勢の悪い人が正しく良いものとされる姿勢でいようとすれば、心身のエネルギーを消耗させますし、かえって体の歪みを複雑にしてしまう、と思います。

 良くない姿勢は無理がなく、体が欲するものです。
 したがって、悪い姿勢でいるのは、心地よく楽に休息しているのと同じことなので、こうしていると体にエネルギー、活力が湧いてきます。
 このエネルギーは、体が本当に望む形で姿勢を良くするのに必要なもので、これを得るために体は悪い姿勢をでいようとする、と私は考えています。


 本当の意味で良い姿勢になるためには、悪い(と考えられている)ありのままの自分の姿勢に徹しきらないといけないのです。
 とはいっても、悪い姿勢でいるにも時と場合がありますし、いつでもゆるんでいては何もできないでしょう。
 しかし、姿勢を楽にしていいときは、できるだけ心地よい悪い姿勢をとるべきだと思います。
 悪い姿勢でいて疲れるのは、ずっと同じ姿勢をとっているからです。
 ある程度心地よさに敏感になって、体の望むように姿勢を変えるようにすると、悪い姿勢はとても楽になります。


 私は無努力静功を行うとき、姿勢悪く楽に座ることで、これまで説明してきた姿勢に関する体の原理に気づきました。
 ですから、私としては日常だけでなく、静功を行うときにも楽な、座禅では絶対許されない姿勢で座り、ありのままの自分でいる感覚を知ってほしいと思っています。
 決まり事なくただ座る無努力静功を行っているとき、体が落ちつきなくソワソワ動けば自発動に、動かないで楽に座れば悪い姿勢になります。(これらが明確に分かれて起きるということではなく、動いたり止まったりという感じです)

 座っていると背中を丸めたり、首をうなだれたり、体が傾いて、ときには床に倒れそうになるほどねじれてしまうこともあります。
 傍から見ればひどい格好でしょうが、それこそが偽りのない自分です。
 そういう自分を否定せずに受け入れて座ることができれば、これほど楽で安心感のあることはありません。
 座禅のように正しく座ろうとする努力は、葛藤となってエネルギーの消耗につながります。
 一方、無努力静功ではそのエネルギーのロスがない上に、気持ちよく座ることで体にエネルギーが生まれてきます。
 このエネルギーが自発動を起こすもとになり、少しずつですが体を整えていってくれます。
 姿勢悪く座ってじっとしていると、体(主に背中)が「伸び」をするときのように気持ちよく動いて(よくゴリッと音が鳴る)、体が整うのを感じられるはずです。


 楽な姿勢でいるのなら、いつでもゴロゴロしていればいい、ということになりそうですが、寝転んで楽なのと座って楽なのでは多少意味合いが変わります。
 人間が二足歩行になってからの時間はそれまでの生物の進化の歴史からするととても短く、そのため二本足で立つことは完全に私たちに適応している姿とは言えないそうです。
 それだけ重力に対して二本足でバランスをとりながら動くのは難しく、体に負担がかかるので、体の歪みも生じてくるのでしょう。(四本足の動物に背骨や腰が曲がったり、O脚のものは見ません)
 ですから人は体のメンテナンスのために、重力から解放されて寝転ぶ時間が必要といわれています。
 しかし、重力に対抗する中でできた歪みは、ある程度重力にさらされる座るという行為の中で調整していかないといけないように思います。
 

 私としては悪い姿勢でいるなら中途半端でなく、思いっきりやるほうが効果的と感じています。
 これはなかなか日常生活で行うのは難しいかもしれません。
 しかし、静功で一人座るときなら思う存分やれて、自分を解放することができます。
 この静功を行うと、より良い体に変化するために、それまで隠れていた体の歪みが現れててあちこちが痛くなったりダルくなったりすることがあります。
 これらを病院や整体に行くことなくやり過ごしていくと、体がだんだん整ってきます。



 今回の私の話は常識外れな聞いたことのないものなので、怪しく感じる人も多いと思います。
 でも、一度悪い姿勢で座って、安楽な心身がゆるむ感覚を味わってほしいし、これによって姿勢を良くするためのエネルギーが生まれる、という私の主張が正しいか確かめてもらえれば、と思います。
 悪い姿勢でいるのはただただ楽ですから、努力することが嫌いな人にピッタリです。
 注意点としては、楽な姿勢は人によって違い、刻々と変化するものですから、それに合わせて姿勢を変えるということです。
 

 中国の陰陽思想に「陰極まれば陽に転じる」という言葉があります。
 この言葉は私の考えと相通じるように思え、さらに陰を極めようという気持ちを起こさせますが、体に定着してしまった歪みを直すのはなかなか時間がかかるものです。
 長い道のりですが、姿勢を良くするためには、これを地道に努力なく続けるのが一番と私は考えます。

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