今回はパニック障害を心理・性格的な面からみて、発症につながっている面があると思われる問題について書いてみようと思います。
精神科医の森下克也先生という方の書いた「薬なしで自分で治すパニック障害」という本では、パニック障害になる人の性格特性には「緊張しい型」と「バリバリ型」という2つがあると述べられています。
「緊張しい型」の人は、「性格は内向的で生真面目、何事にも心配性で不安がコントロールできずに最悪の状況ばかり考える、ストレスに弱い、満員電車、渋滞、高所などが嫌い、周囲の人の目が気になり他人にどう見られているか常に気になる、人前で話す、見られている前で字を書く、人と外食するといったことが苦手、心理的背景として劣等感があり、心の緊張によっていつも自律神経が緊張している」
と何かヒドい言われようですが、こちらのタイプに属すると思う自分の事を顧みると納得できなくもありません。まあ神経質で線の細いタイプということでしょう。
一方「バリバリ型」の方は「仕事を熱心にこなし、周囲からの評価も上々、大企業の社長や有能なスポーツ選手にも多い。心の底に頑張らなければいけないというマスト思考があり、頑張らないでいると逆に不安になる。その不安を消すためになおさらがむしゃらに頑張り心の休まる暇がない、それが自律神経の慢性的緊張をもたらす」
こういったタイプの方はおそらく肉体的にも強く、副作用の影響を受けずに薬でよくなるのは、このバリバリ型の方たちに多いのではないかと私は思います。
この2つのタイプに共通するのは常に心理的緊張があり、自律神経の恒常的緊張がパニック発作につながると考えられるところだそうです。
そして、他人の評価や周囲からどう見られているか、といつも考えてしまうという所も共通しています。認められたい心や満たされない心があって常に不安を抱え、自分を肯定的にとらえられずにいます。こういう性格を変えたいと私たちは思いますが、なかなかうまくいきません。
この性格は幼児期に形づくられますが、その原因は親とのコミュニケーションが十分にできていなかった事にあると考えられます。
心身にひどい虐待を受けたわけでなく、周囲からは問題のない家庭とみられている場合でも、やさしさ、愛情を持って接してもらえない、ありのままの自分を受け入れてもらえない、という安心感を持てない幼少期を過ごすと、周りに左右されやすくはっきりとした自己を持てない人になり、2つのタイプの性格につながります。(すべてのパニック障害の方の幼少期に問題があるとは思いませんが)
しかし、幼少期の生育環境、親子関係はパニック障害に限らず他の精神疾患や身体的な病気、問題行動などの原因になる大きな要因で、精神分析や心理学でいろいろこれについて考察されていると思います。
私は不勉強でこの分野のことはあまりよく解らないのですが、以前読んだことのある「インナーチャイルドの癒し」(黒川昭登、上田三枝子著 朱鷺書房)という本でこの辺のことをよく説明してあったので、この本から文章を引用して、この幼少期の性格形成の問題について考えてみたいと思います。
なお、この本は育児書で、育児中の母親が子どもを愛せない場合、母親の心の中に存在する満たされない思い=インナーチャイルドが問題を起こしているということを教えてくれる本ですが、育児中に限らず心の奥に押し込められ、忘れられたインナーチャイルドが多くの問題の源になっているのでは、という事をこの本を読みながら感じました。

少し長く引用するので、ところどころ文章を要約してあります。
「親子関係には「対象関係」と「自己愛的関係」の2種がある。対象関係とは、母親の意識や関心が子どもに向いている関係で、そのような関係の中では、子どもの興味、関心、意識は母親に開かれている。それは、情緒的な交流の豊かな現実的な関係ということができる。
これに対して、自己愛的関係では、母親の意識や関心は、常に母親自身に向けられている。こういう親に育てられると、子どもは意識を閉ざして自閉的になったり、母親のそばを離れると強い不安に襲われるので、物理的に母親から離れられなくなるか、意識的には「母親が死ぬのではないか」「家を空けると火事になるのではないか」という不安で、絶えず自分のことを心配するようになる。極端な場合、自力救済という態度が顕著になり、親の世話にはなれないと、幼児であっても、自分のことは自分でするようになる。
対象関係とは情緒的な相互交流のある関係であり、母親の意識や感情は常に子どもに向けられている。一方、自己愛的な関係の中で育てられると、情緒的交流の窓が閉ざされ、育児では親は、子どもの生存に必要な最小限度の授乳、排泄の世話、衣服の着脱、入浴介助、洗濯などはできても、子どもの喜怒哀楽に共感することは乏しくなる。
対象関係の特徴は社会的関心であり、情緒の窓は外に向かって開かれている。それに対して、自己愛的関係では、母親の情緒の窓は閉ざされていて、常に冷静さを装っているが、意識や思考は、外界に対する警戒でいつも張りつめている。
たとえば対象関係では、社会的関心が強く自己を意識することはないし、他者に意識や思考は働かずに、自然にふるまえる。
自己愛的関係では、自己中心性が強く、外界を警戒する自我に意識が集中して、自己の感情をコントロールすることにエネルギーを消耗する。会合等では、絶えず他人に調子を合わせようとし、完全に振る舞おうと気を使うのでとても疲れる。」
「情緒不安定で、突拍子もないときに感情的になる母に育てられると、子どもは常に、母の情動の動きに敏感になる、頭を働かすようになる。もし、親の怒りに反発しようものなら、その数倍の激情の報復を覚悟しなければならない。だから常に、敵地で生活しているような状態になり心は休まらない。
健全な母子関係で育った子は、情緒的に安定して、感情の表現も素直で自己主張もできる。それは船の羅針盤がうまく作動しているのと同じで、波や風でいかに船が動いても、羅針盤は北と指しているので方向を誤らない。
しかし、情緒不安定で、自己中心的な親に育てられた子は、親のいつ変わるかもわからない機嫌に合わせて、自分という船の舵をとらねばならないので、羅針盤にたよるわけにはいかなくなる。親の機嫌に調子を合わせている間に、羅針盤の針は狂ってしまうので、自分の「頭」で船を動かさねばならない。このようにして成人した子は、対人関係の障害に苦しまねばならなくなる。人の集まる場所が面倒に感じ、外出嫌いになったり、閉じこもったりすれ。それは自分の気持ちに従って行動するのでなく、他人の意向や意志は何かということを常に気にして気疲れしてしまうからである。」

(次回に続きます)
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