(今回はいつもと趣向を変えた夏の終わりの番外編です)

 私には夏になって蝉の鳴く声を聞くたびに思いだす忘れられない体験があります。
 あれは私が気功を熱心にやっていた3年前の事です。
 当時はタントウコウという立ったまま一定の姿勢を保ち続ける功法が気に入っていて、とても暑い夏でしたので、家から遠くない山へ一人行き、涼みながら1時間ほど自然の中で立つという事を行っていました。家から近い山の中といっても、じっと一人で立っているので、見られて変に怪しまれないように、人がほとんど来ないような場所を見つけては立っていました。
 林の中で蝉の鳴き声や川のせせらぎに耳を傾け、心静かに周りの風景と一体化して気を感じ、たまに現れるアブに逃げまわる事もありましたが、タントウコウは日常の生活から離れさせてくれるとても楽しいものでした。

 本場の中国では気功の流派は何千とあるみたいで、医療に使うものから健康法、瞑想や呼吸専門とか、呪術・心霊的なものまで幅広く色々な考え、やり方があります。書店で気功関係の棚を見ると、その流れを日本でも受け継いで様々な本がありますが、健康を考えたしっかりした真面目な本の他に、悪い気や霊が取りついてそれを祓わないといけないといった怪しげな本も多くあります。
 私はそういった人をだまそうとするかんじがする本は読む気が全く起きません。また、心霊体験とかしたことはないので、私の行く山のあたりに古いお城の跡があったり、その近くの湖が怖いなんていう話を聞いても特に何も感じず、一人でその山の中にいても全然平気でした。
 ただ私の行うタントウコウは完全に自己流で、気功をする時の注意事項もあまりよく知りませんし、気功をする人達が最後に必ず行う気を体に収める、収功といった動作もやりませんので、本当はあまり良くないものだったかもしれません。そして、誰ひとり来ない山の中で、自分という意識から離れて半覚醒のような状態で1時間近く立ち続けるのは、完全に精神的に無防備で、何かあまり良くないものを招きやすいという事もあったのかもしれません。

その日も人目につかないつもの場所で長いこと立ってから、そのあたりを少し散策しようと林の中から道路に戻ろうとした時、人の歩く姿が見えました。
 その道路は山の向こうの遠くの集落に行く車がたまに通るくらいで、近くをハイキングする所もないのですが、その見た感じ60才くらいの男性は、リュックを背負いハイキングの服装をして歩いていました。その歩き方もなにか特徴的で気配を消してスーっと足音もなく進むといった歩き方でした。
 こんな所を歩いている人がいるなんて珍しいな、と思いましたが、私が道路についた時には姿は見えなくなっていたのであまり気にも止めず、その人が歩いて行った方向と逆のほうへ行き、山の風景を眺めながら散歩をしました。

 かれこれ1時間ほど歩いて、そろそろ帰ろうと止めている車に向かっている途中、さきほど男の人を見かけた所からほど遠くない場所に、山を登っていく舗装された細い道があるのに気づきました。
「ここにこんな道があったかな。」と思った私は今考えてみても理由ははっきり分からないのですが、吸い込まれるようにその道を登り始めました。

 その道はどうやら林業の人たちが使っていたもののようで、かなり急なものでした。今は使っていないらしく、大きい木の枝などが落ちて荒れた感じでした。 その道を息を切らしながら5分ほど登っていくと、それまで道の両側は木と背の高い草が生えてずっと藪のようになっていたのですが、急に、視線の先、道の右側に林業の人が資材を置いておくための空き地のような場所があるのが見えました。
 そこが空き地なのは道から入るための入り口があるので分かりますが、何年も使ってない様子なので私の胸のあたりまでの丈のある草が生い繁っています。
 
 そして、その空き地を通りすぎようとした時、私からそれほど遠くない5mくらい離れた視界の隅に何かの気配を感じました。ハッと驚き目をやると、草の高さ半分位のところにさっきの男性の顔が突然現れ、せつなそうな消え入るような表情でこちらを見つめているではありませんか!
あまりに唐突で思いがけない出来事に、その瞬間、本当に男性の顔がこっちに向かって飛びだしてきたかのように見えました!私は何も言葉も発せられず、血の気が引き、全身が総毛立つのを感じました―――。

「おなかが痛くて。」その男の人は言いました。
 おじさん、野グ○をしていたんです(゜Д゜;;)。
 私は間の悪い会釈をしてサッと振り返り、坂道をもと来た方へ急いで下りました・・・・。

 このおバカなオチの話は実話です。怖い話を期待して読んだ人にはスイマセン。
 こんなあってほしくない偶然のような出来事が起きることってありますよね。例えば、その人だけは会いたくないって人に最悪のタイミングで会ってしまうみたいな。それが人気のない山の中の、さらに誰も行かない様な場所で起きたという話です。私もビックリしたけど、真夏の恐怖!だったのはおじさんの方だったはずで、私はトレッキングシューズをはいてたので足音が響いていたかもしれません。
 まさか誰も来ないだろうという場所で用を足して(用をたすといっても5分くらいのことだろうから考えるとすごい偶然のはちあわせです)、誰か来るという恐怖はかなりのもだったはずで、私が現れた時はまさにチビる思いだったでしょう。
 まあ、おじさんはチビっても大丈夫な体勢でしたが。
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