最近はジョギングやマラソンが流行しているので、走っている人を見かけることがとても多くなりました。
 走るのはダイエットのためとか友達に勧められたとかさまざまな理由があると思いますが、激しい運動をして体を鍛えれば、健康になると考えている人も多いかもしれません。
 しかし、この考え方が当てはまるのは若いうちだけで、中年以降は激しい運動をすると体にかえってよくないというのは、近頃メディアでよく言われるので、知られるようになってきたと思います。 
 なぜ良くないかというと、激しい運動をすることによって呼吸量が増えて酸素をたくさん取り込んむことで、体内に大量の活性酸素を発生させてしまうからです。活性酸素が増えると細胞などを傷つけて免疫力を低下させ、さまざまな病気の原因になり、老化を早めます。
 また、生物が一生に行う心拍数は決まっているので、激しい運動を行って心拍数を上げすぎると寿命が短くなってしまうとも言われていて、実際激しいスポーツを行った人の寿命はそうでない一般の人より短いというデータもあります。
 ですから、運動が体に良いというのは、ウォーキングやジョギングなどを行えばいいという程度のことだそうです。それをマラソンやロードワークなどと本格的に走ったりすれば、軽い運動とは言えず、さらにタイムを縮めようと考えて走ったりすると心身に大きなストレスを与えます。そして、走りすぎることでヒザや腰を痛めやすくなることもあります。

 日本人の持つ運動のイメージは学校の部活動の勝ち負け重視、鍛練、我慢が素晴らしいといった意識から抜けないので、運動は激しいものということになりやすいのでしょう。
 若い人は活性酸素を除去する能力が高いので、激しい運動をしても問題がありません。若いときの激しい運動は、心肺機能や筋力を強めたり、精神力を鍛えたりと、大人になって生活していくための基礎を作るためにある程度必要だと思います。
 しかし、30代後半くらいからは、健康のためと思って激しい運動を行うのは良くありません。辛いけど健康のためにと頑張って運動するのは、ストレスや活性酸素を増やすので逆効果以外の何物でもありません。
 中高年の運動は軽い有酸素運動で十分で、無理に運動しようと考えなくても、なるべく歩くことを心掛けたり、家事や掃除などでこまめに体を動かすようにするだけもけっこう運動になるそうです。
 体も道具や物と同じで使わなければダメになるし、激しく使えば壊れやすくなる、そして適度にていねいに扱って手入れすれば長く使えるということだと思います。

 ―――、とここまで「激しい運動は健康に良くない」ということを述べてきました。これはこれで正しい事実ですが、それでもこのことは、人の考え方次第なのではないかと、これまでと正反対のことを言いますが思います。
 運動はここまで言ってきたように、お酒やおいしい食べ物、嗜好品と同じように適度に楽しむ分にはあまり問題ありません。しかし、中には思い切り体を動かさないと気が済まないという人もいるでしょう。人それぞれ体のつくりが違って、運動の軽さ、激しさの程度も違うはずです。
 子どもの頃からずっと運動してきたという人は、人と体の強さが違うでしょう。そして、激しい運動が好き、試合の勝ち負けが楽しくてしかたない人もいると思います。
 ジョギングをすれば、いい汗をかいて、体も引き締まる、「ランナーズハイ」になって気分も爽快、人生に前向きになり、とにかく楽しいし健康的(これは疑問ですが)と考えている人に「活性酸素が増えてよくないですよ」と言ったところで、大きなお世話だという話になるでしょう。結局このことは、飲酒のようにリスクを知って、自己責任で楽しめばいいということではないでしょうか。
 (「ランナーズハイ」は脳内にベータエンドルフィンという物質が分泌されるために起きる現象ですが、これが起きて気持ち良くなるのは体が健康だからということではなく、体に非常な負担がかかっているために鎮痛効果のあるベータエンドルフィンが苦痛を消しているということです。走ることが快感になってやめられないという人は、脳内麻薬と言われるベータエンドルフィンの中毒になっている状態だそうなのでご注意ください)

 私は走るのが苦手なので走りませんが、歩くのは好きです。そして、マラソンほど激しくはないと思いますが、山登りが好きです。 山は空気がきれいですし、森の中では気持ちが穏やかになってきれいな景色を見ながら歩いたり、大変な思いをして頂上に着いたときの達成感、そしてそこで食べる弁当のおいしさと一度その楽しさを知れば本当にハマってしまいます。
 しかし、やはり長時間山道を歩くのはハードですから、活性酸素は発生するでしょうし、遭難や思いがけない事故もあって危険なところもあます。
 それでも登山の楽しみを思えば、そんなことは考えずに行きたいなと思ってしまいます。
 私はたまに行くくらいだからたいした影響はないと思いますが、頻繁に登る人は活性酸素の影響があったとしても、そんなことは気にしないでしょうね。楽しいことを我慢して長生きしてもつまらないと思ってしまうし、我慢することはストレスを増やすからかえって良くないということもあるかもしれません。

 私は若い頃、地図のコースタイムよりどれくらい早く歩けるか、なんてやっていましたが、今はそれはきついのでなるべく息を切らさず、口でハアハア呼吸しないで歩く方法を考えたりしています。こうすればハッキリとは解らないけど、活性酸素の発生を少しは抑えられるのではと期待しています。
 私は夏山しか登らないので今年の山登りはそろそろ終わりですが、来年はこの方法の研究成果をブログで書けたらいいなと思っています。

 現代の日本人の平均摂取カロリーは、60年以上前の食べ物が少なかった終戦後の摂取量よりも低くなっています。これは先進国の中では最低の値で(他の国はすべて食文化の違う欧米だからというのもありますが)、発展途上国の平均値に近いそうです。それゆえ日本人の肥満の割合は外国と比べてみると低く、かなり痩せているほうに入ります。
 まあ、これに関してはむしろ肥満の人が多い他の国がカロリー高すぎという気もしますが。現代の生活ではあまり体を動かさないから、それほどカロリーが必要でないのかもしれません。
 しかし、平均摂取カロリーが減ったといっても、一方で太り気味の人も多くて、メタボ、糖尿病などが問題になっていますから、人によって摂取カロリーの差が極端になっているということになるのでしょう。(貧富の格差もここに表れているのかもしれません)
 健康のためには小太りくらいのほうが、免疫力が高く長生きすると言われますが、明らかに太りすぎだったり、健康診断で様々な数値が非常に高かったり、自分の体型を鏡で見てたるんでいたりすると、少しダイエットしようかなと考える人も多いと思います。
 そこで今回の記事ではダイエットについて書いてみようと思います。私自身は痩せているのでダイエットしたことはなく、このことに関しては全くの部外者ですが、努力しない健康法について考えてきた経験からの考えを少し述べたいと思います。

 タレントが何かの方法のダイエットを行い、短い期間で体重を落とすのに成功してキレイになった、という本やテレビの企画がよくありますが、そういう方法で痩せたタレントはだいたい一年もたつと元に戻っていることが多いですよね。これは短期間に食事制限や運動を頑張って行う方法では、結果的に痩せられないというのを意味していると思います。(これに気づければ、無駄な方法をあれこれやらなくてよくなります)
 長く定期的に続けられない方法は、ストレスをもたらして、そのストレスが蓄積されると結局それが暴発して、リバウンドにつながります。ダイエットも健康法と考えて、頑張らないで一生続けられるものを行ったほうが、効果は少しずつかもしれませんが、良い結果をもたらしてくれると私は考えます。
 
 食べ過ぎると当然太ってしまいますが、私たちがついつい食べ過ぎてしまうのは、日常生活のさまざまなストレスが原因になっていることが多いでしょう。食べると副交感神経が働きリラックスするので、一番手軽なストレス解消法になりますが、食べ過ぎをいつも繰り返せば、無理が生じるのは必然です。ですから、どうしても食べ過ぎてしまう人は、自身を振り返って、自らのストレスがどういったものか知り、それを取り除くようにすることが、食べすぎや肥満の防止につながっていきます。
 あと食べ過ぎは、前回の記事に書きましたが、甘いもの依存と食べるもの栄養不足によっても起こりますので、これらにも注意する必要があります。
 そしてもう一つ、食のストレスに関して言えば、これは女の人に特にありがちですが、食べることにすごく気を使い、あれこれ厳しく制限しすぎてストレスになってしまうケースです。
 痩せたいと強く願うのも何らかのストレスの影響だと考えられますが、その上に食の制限のストレスも加われば、いっとき痩せられたとしても、すぐにリバウンドしてしまうだろうし、その結果、ストレスフルなダイエットをいつまでも続けることになってしまいます。
 こういった場合は、まず食に関する厳しい制約を取り払うことが、さまざまな問題を生むストレスの軽減のために必要でしょう。食に限らず何事にも言えますが、本能的な欲求に対して我慢を重ねすぎてしまうと、かえってその欲求にとらわれる結果になります。
 食欲をコントロールできるようになるためには、食欲を本当に満足させるようにしたほうがいいと私は考えます。食べたい欲求を我慢せずに食べれば、結果的に食欲は適切なものになっていきます。聞き分けのない子どもと同じように、食欲もダメダメばかり言われ続けると、ひねくれていつまでたっても未熟なままでとどまってしまいますが、ある程度欲求を理解して満たしてあげれば、子どもが大人に成長していくように食欲もわがままを言わなくなってきます。
 あまりダイエットに良くないものが食べたくなったときには、自分の本心に食べたいか、やり過ごせるか尋ねてみて、どちらが優勢か見極めて決めると良いでしょう。そして、食べたいほうが勝ったら、悩むことなく食べるようにします。
 食欲の聞き訳がよくなるまでの期間は、人それぞれだと思いますが、こうやっているとある日、良くない食べ物を食べても食べなくてもいいという気持ちになり、食欲のコントロールが楽になっていきます。

 前回の記事で、カロリー制限や一日二食とか一食にすることの効果を説明したけれど、これらを行うためには、食欲のコントロールがストレスなくできる状態でないと失敗してしまいます。
 カロリー制限や一日二食だと、空腹を感じる時間が出てきます。しかし、食欲に振り回されないでいられれば、空腹は逆に気持ちよく感じられるようになります。そして、この空腹を楽しめるところまでになれれば、痩せるのはそれほど難しくなくなるはずです。

 今回はダイエットの基本になる、食べることとストレスの関係について私なりの考えを書いてみました。基本的には、食べたいものを我慢し、自分を痛めつけてまで痩せようとするより、食べたいものを食べ、やりたいことをする生活のほうが、心が楽しくなって何事もうまくいくように思います。(これは少し痩せるとは関係ないかもしれないですが)

 次回は食以外のことで努力無く行えるダイエット法について書いてみます。

 (前回からの続き)

 本屋に行くと「これでもか!」、というほどたくさんの種類のダイエット本が並んでいるので、ダイエットしたいという人は、本当に多いのだろうなと思います。
 でも、若い女性に特に多いそうですが、痩せる必要がない体型なのにダイエットしようとする人がいるそうなので、注意が必要です。
 BМI値(体重(㎏)÷{身長(m)×身長(m)})が25以上の人は肥満とされます。そして、BМIが18.5から25未満の間は普通体重とされますが(22くらいが一番病気になりにくいとされる)、やせ願望の強い女性はBМIが22以下の、標準体重でも少し細めくらいの体型だったとしても、さらに痩せようとするので、このようなダイエットは健康に対して悪影響をもたらす懸念があります。こういう人がスタイルをよくするためには、運動したほうがよいですから、無理なダイエットには十分気を付けてください。
 
 私が今まで見聞きした中で、かなりよさそうなダイエット法だなと思うのが、NHKの「ためしてガッテン」で紹介された「計るだけダイエット」です。
 これは毎日二回、朝トイレを済ませた後と夕食後に体重を計って、それをグラフに書き込んでいくという方法です。デジタルの百グラム単位を表示する体重計を使って計り、体重が増えたときはその言い訳(原因)を書いておくようにするそうです。
 こんなかんじに、この方法でやることは一応「計るだけ」なので無理なく続けやすいと思います。体重を計り、グラフにして視覚化すると、体重の管理が楽になり、体重が減ったらそれをグラフで実感できるので、モチベーションを保ちやすくなります。(やったことはないのでたぶん)
 しかし、ただ漫然と図るだけでは体重は減らないと思いますが、ちょっとした運動や食べることに気を使うことで、体重が減ることが分かるようになれば、それをさらにやってみようという気持ちになるのでしょう。そして、体重が増えた時に言い訳を書くのも、知らず知らずに行っている体重を増やす習慣、行動に自分で気づけるようになるのでとても役に立つそうです。
 ダイエットが順調なときも、そうでないときでも、少しずつ意識を良いほうへ向かせてくれるのが、長所ということでしょう。そして、頑張りすぎずに長く続けられるので、効果的なのだろうと思います。
 「計るだけダイエット」は長年放送されてきた「ためしてガッテン」の膨大なおすすめ情報の中でも、歴代ナンバー1に認定されたものなので、つまらない情報を放送するときもあるけど、役に立つ情報を教えてくれることもある番組ですから、その歴史の重みを信用してもいいかもしれません。

 次にお勧めしたい方法は、お得な健康法7で紹介した「体を洗うついでのリンパケア」です。
 リンパを流すことによる痩身効果はないとも言われますが、体のあちこちにあるリンパのつまりを解消して老廃物のたまりにくい体にすれば、体の内側だけでなく見た目もスッキリさせるのに効果があると私は思っています。
 リンパの流しかたはそれほど難しくなく、専門店で施術してもらわなくても、リンパマッサージの本を見れば自分でできます。
 そういった本では、主にオイルやジェルを使うやり方を勧めていますが、なるべく楽にやることが好きな私は、もっと簡単にできる方法として、リンパケアを入浴時、体を洗うついでにやることをお勧めします。
 体を洗う前に、リンパ節をもみ(耳の下、鎖骨の周り、わきの下、そけい部、膝の裏にある、リンパが老廃物を運んで行って捨てる所)、それから体をなで洗いしながら、体の部分ごとに決まったリンパ節に向けてリンパを流していきます。
 強い力で行うとリンパの通る管が潰れてしまうので、やさしくなでます。しかし、内モモのつけ根や肋骨などに、触ると痛むほどのつまりがある場合は、痛みがなくなるまで毎日少しずつもんだり、強めに流していってください。(触ると痛む箇所やコリは、無理なく解消していくと体型をスッキリさせます)
 リンパケアは毎日やらなくても週に1,2回やれば体の変化を実感できると思います。洗うついでにできるし、体つきをスッキリさせるほかにも、便秘解消、血行改善、肌をきれいにする、免疫力を上げるなどの効果があるので一石何鳥にもなります。

 最後にダイエットの王道、歩くことについて書こうと思います。
 さまざまなダイエットをしてきた俳優の渡辺徹さんが、ジムに行ったり、何か流行りのダイエットをやるよりも、一番手軽にできて長続きし効果があるのは歩くことだ、と語っているのをテレビで見たことがあります。私もその意見に大いに賛成ですが、ダイエットや健康法としてこれ以上のものは思いつきません。
 歩くのがいいことは、誰でも分かっていると思いますが、実際には気が進まず歩きたくないという人はけっこう多いかもしれません。
 たぶん、多くの人は運動やダイエットとして歩くといえば、姿勢よく早足で歩いたりするウォーキングのようなものをイメージするのでないでしょうか。そして、そういうことは考えてみるだけで、絶対無理となってしまうのかもしれませんが、そんな時には、まずゆっくりでもいいから外を歩くことから始めてみるのがいいと思います。
 ある程度、早く歩かなければダイエットには効果がないなんていう言葉は気にせずに、ゆっくりでも短い距離でもできる範囲で歩くようにして、体を動かす気持ちよさを感じられるようになれれば、少しずつ歩くのが苦ではなくなります。最初から高い理想に合わせるのは大変なところがありますから、ゆっくり歩いて、だんだん長い時間、距離を歩けるように慣らしていくのが良いと思います。
 だから、少し歩いてみて嫌になったら、すぐ止めにしてしまえばいいんです。ふだん運動しない人が頑張ってやろうとすると、ちょっとは続くかもしれませんが、その頑張りがストレスになって長続きはしません。運動は継続するのに意味がありますから、続かなくなる原因になる頑張りは必要ないです。とにかくゆっくりでも歩くのが嫌でなくなれば、小まめに歩けるようになり、そこからいろんな好循環が起きてきます。早く歩いたり、多少負荷をかけて階段、坂道を歩くというのは、歩くのに慣れてからの話なのだと思います。
また、万歩計をつけるのも、歩数を目にするのが励みになって、たくさん歩きたくなるのでかなり良いそうです。


ダイエットの基本は、前回と今回書いたように食事(食べ過ぎをもたらすストレスへの対処)と運動ですが、それらに気をつけてもなかなか効果がでないという人は、リンパのつまりが隠れた原因になっているということも考えられるので、リンパを意識してケアするのも必要かもしれません。

 タイトルは「あしせん・あたません」と読んでください。
 これは今まで自分の中で便宜的に使ってきた言葉で、今回の記事を書くにあたりもっとほかによい言葉がないか考えましたが、思いつくものもなかったので、これを使うことにしました。これらの言葉で、体の性質の一面、歪みが一日の中でどのように変化するか、また男女の歪みの違いなどについて私なりの考えを書いてみようと思います。

 人は寝床から朝起きると、足の不自由な方を除けば、足で立ち上がって動きだし一日を始めます。
 人は立って、歩いてさまざまな行動を行うわけですが、その時に行動の元、起点になるのは足です。そして、当たり前すぎる話、立って動くとき転ばないよう体はバランスをとりますが、それは足を地面の上に置いて支えることで可能になります。現代生活では座って何かを行うことが多くなっているけど、人間の行動の基本は立って行うことであるというのは、誰にも納得してもらえると思います。
 そうやって足を起点にして動いていると、体に歪みがある場合(たぶん誰にもあります)、歪みは動作の元になっている足のところから体の上へ上へと昇っていきます。足は立ってバランスをとるために動きが制約されているので、そこから歪みが上のほうへ押し上げられていくのは、イメージとして理解していただけるでしょうか。
 この歪みが上がっていく現象を私は足先の原理と呼んでいます。これは行動(仕事)するときに起きる、人を心と体という要素に分けたなら体のほうを中心にした動きです。
 そして、動き続けて歪みが上のほうへ上がりすぎてしまうと、疲れてくるので休みたくなります。座ったり、寝転んだりして休むときは足は解放されるので、上に上がっていた歪みが下がってきて、体が再び整えられます。
 この歪みが下がる現象が頭先の原理です。頭先のほうはどちらかというと休息や心・意識に関係したものです。
 足先では足から歪みが上がっていきましたが、こちらは頭の方から歪みが体の下へと降りていきます。これを分かりやすくするためには、眠っているときに体に起きることで説明するのがよいと思います。
 睡眠には脳の活動が低下して休んでいるノンレム睡眠と、体が休み脳は夢を見て記憶の整理などをしているといわれるレム睡眠の2種類があり、ノンレム睡眠が全体の80%を占めます。この2つの睡眠で脳を整え、疲労を回復させているので、眠ることは脳のメンテナンスという意味合いが大きいと思います。つまり足先の時とは逆で、眠っているときには頭が起点になっているということです。
 脳が休んでいる=頭が動かないので、足先で足から歪みが上昇したように、睡眠時には、歪みは動かない頭から足のほうへ向かっていきます。寝相の動きはこの歪みを下げて、整えるためのものです。
 人の体は1日の間にこの足先・頭先のサイクルを繰り返していると私は思います。 頭先でよく眠って、朝起きたときには頭や体はスッキリし、疲労や歪みが取り除かれて、そこから足先での行動が始まります。
 もちろん体は複雑に成り立っているので、この説明は図式的すぎるところもあるでしょうが、大まかな原理としてはこういうことが起きていると思います。
 頭先は主に睡眠・休息に関係するものですが、表情や会話など頭・顔を使って行われるコミュニケーション、リラックスしながら頭を使う読書やテレビ、インターネットを見ることは頭先の行為です。
 また勉強やデスクワークなどは行動(仕事)なので歪みを上げる性質のものですが、それらは脳を使うために頭を固定するので、歪みを下げる性質も持ち合わせていると考えられます。

 ここまでの説明ではちょっと分かりにくかったかもしれませんが、この原理が男性と女性にどう影響しているかを見てもらうともう少し理解してもらえると思います。
 まず男性では足先、行動(仕事)の原理のほうが優位になっている人が多いと思います。
 足先が優位なので、男性は歪みが上がりやすくなります。これが長年続き、歪みが上に集まって頭・顔を固くさせることで、中高年男性にありがちな頭の固さ、性格の頑固さ、人づきあいが苦手といった特徴が起こってくると考えられます。真面目なことや勤勉は大切なことですが、行き過ぎると足先によるこのような弊害が起こるかもしれません。
 一方、女性は足先で行動するほかに頭先の行為、人とのコミュニケーションを好み得意な傾向にあります。さらに化粧をしたり、髪形を整えることも頭先の行為だと思うので、女性は男性に比べると頭先が優位でしょう。
 だから、女性は足先が優位な男性のように頭の固さなどには陥りにくく、状況の変化に対応しやすいのですが、頭先優位の弊害として歪みが下がりすぎて足のトラブルを抱えやすくなります。足のトラブルとしては、外反母趾や魚の目、下半身の冷え、膝痛、脚の静脈瘤、O脚X脚などがあり、これらの症状が女性に多く現れるのは、頭先のためと私は考えています。

 この「足先・頭先の原理」に気づいたのは、ここまで書いてきた、体のあり方の観察や男女差の比較などからですが、私の体の歪みが大きかったという理由もありました。
 通常、体の歪みが上下するといっても、たいていの人の場合、その影響は一日の中では意識されないほどだと思います。(少しずつ積み重なることで大きなものになりますが)でも、体の歪みがあって、そのせいか体力が人並みにない私のような人間の場合、その現われ方は顕著になるので、こういう体の仕組みに気づきやすかったということがありました。(朝、顔が整っていても、一日を過ごしていくと明らかに形が変わってくるのが分かります)
 あとかなり前に、よく眠るために足首、膝をひもで縛って寝るという女の人をテレビで見たことがあるのですが、「とてもよく眠れます」と答えるその女性の顔がものすごい歪んでいたのを見て、「歪みって上がったりするのだな」と感じたのも、この考えの元になったと思います。

 足先が行き過ぎて頭が固くなったり、頭先で足に問題が出たりしないようにするには(まあこれは私の仮説ですが)、どちらかに偏りすぎない生活のバランスが大事ということになるでしょう。
 頭が固くなっている人は、人との関わり、趣味・息抜きの時間を持つようにする、足のトラブルがあって動くことが少ないという人は、よく歩くようにしたり、こまめに体を動かしたりするなど逆のことを意識するようにしてみると良いだろうと思います。
 でも、人間も動物なので、本来は足先で体を使い行動することが多いほうが正しいあり方ですが、現代ではネットの発達や様々な物事が便利になることで、自分で体を動かさない頭先の生活になってしまいがちです。
 
 次回から、今回説明した「足先・頭先の原理」、歪みの上がり下がりに関連したことで「知れば役に立つ」――かもしれない話をいくつか書きたいと思います。

 今回は、生まれたときにつけられるそれぞれの名前の音が、その人の人生を左右するかもしれないという話をしたいと思います。
 これは、前回の「あいうえお収功」という記事で述べたことからヒントを得て考えついた、名前についての法則です。
 初めにお断りしておきたいのは、これから書くこの考えは正しいかどうか確認できないことです。また法則が当てはまらない場合もたくさんあります。読んで不愉快になる人もいるかもしれません。
 私もいくつかの例と自身の思いつきを合わせてできたこの考えが、正しいと断言できる自信はありません。ですから、今回の記事には、変わったことがいつも書いてあるブログの妄論として読んで頂ければ、くらいに思っています。
 しかし、この法則は多少の真実があると感じさせるところもあるので、読んで納得できると思われましたら、子どもに名前を付けるときの参考にして下さい。


 それでは本題に入ります。
 私が今回書く名前の法則は
「名前の最後の音が、母音が『お(こ・と・のなど)』か『え(せ・ねなど)』になっている、または名前の中に母音が『お・え』の音か『ん』が入っている名前が良い」
というものです。
 母音が「お」の音をお段、「え」の音をえ段とこれから表記します。そして「ろう」「そう」「しょう」などは「お」の音、「へい」「けい」などは「え」の音になっていると考えます。例えば、「一郎」なら「いちろう」ではなく「いちろー(お)」となり、「こうへい」は「こうへー(え)」となっていると思います。
 え段・お段の音は名前に入ると低い音で発音されます。そのことが心身の安定、体力・気力の充実につながるのではないか、と私は考えています。
 これがどうしてそうなるか説明する前に、さまざまな分野で活躍する人の名前で実例を示してみたほうが、この法則の有効性について納得してもらいやすいと思うので、まずいろいろな人の名前を挙げてみます。

 
 日本では運動神経の良い男の子がスポーツを始めるときには、野球を選択することが多いと思います。したがってプロ野球選手は日本のトップアスリートの集まりということが言えるのではないでしょうか。
 そのプロ野球選手の中でより能力が高いといえるであろう日本人メジャーリーガーの名前でまず見てみます。
 日本人メジャーリーガーは現在までに50人以上います。その中でも特に活躍した選手で、今回の名前の法則に当てはまるのは、お段・え段が最後になる選手では、野茂英雄・イチロー・佐々木主浩・松坂大輔・田中将大・井口資仁・松井稼頭央選手など。 お段の音を含んでいるのは、上原浩治・黒田博樹・岩村明憲・大塚晶則・長谷川滋利選手などがいます。
 松井・岡島・伊良部の「ひでき」には、え段が中に入っています。
 私としては「お・え」段が最後にくる名前が良いのではと考えていますが、そこだけ見ても、メジャーで大活躍した選手のかなりが入ってると言えると思います。
(もちろん彼らが⦅これから挙げるほかの分野の人でも⦆そこまでの選手になれたのは努力と才能、周囲のサポートによるところが大きいことは私も理解しています。繰り返すようですが、今回の記事はそれを踏まえた上で、名前が少しの影響を与えたかもしれないという話です)

 次に夏季オリンピックの個人の金メダリストで調べてみました。(ロンドン五輪まで)
 完全に正確ではないかもしれませんが、今までに夏季オリンピックの個人種目で金メダルを獲得した選手は90人います。
 その金メダリストの名前の最後の音の内訳は、お段が33人 え段が9人 う段が10人 い段が37人 あ段が1人です。う・い・あ段の合計48人の中に、お段の音を含む名前の選手は33人、え段は5人、「ん」は2人います。よって一応法則に当てはまる人は90人中75人とかなりの人数になります。
 金メダル数の多い柔道で見てみると、金メダリスト総勢30人の中で、お段が最後の名前の人が14人、え段が3人、お段を含んだ名前の人が6人、「ん」を含む人が1人と計24人います。
 お段が最後の人だけでも半数近くいてかなり多くなっています。そして、お・え段が最後の選手には、山下泰裕・古賀稔彦・井上康生・野村忠宏・谷亮子・内芝正人・上野雅恵選手、と印象的な選手や連覇を成し遂げた選手が含まれます。
 一方、ほかの種目も含めてオリンピック連覇を果たした選手は17人いますが、お・え段が最後の選手が8人、お段の音を名前に含む選手が6人で計14人です。この中で最近の選手として印象的なのは北島康介・内村航平選手がいます。(「え」が最後になって、お段を含んでいます。また大谷翔平選手の「しょうへい」もこの二人と同じような音です。ちなみにジャイアント馬場の本名も「正平」です)
 オリンピックの団体種目の金メダルでは、「東洋の魔女」のころの女子バレーの選手は、世代的なものもあってか「~子」ばかりです。また金メダルを取った女子ソフトボールチームも「~子」「~え」が多かったです。
 しかしこう見ても私の考えが、統計的に正しいのかは分かりません。総ての人の名前を調べてその割合と差があるか、そもそも名前は「お・え」段の音を含むことが多いのではないかという気もします。
 でも、ここ40年くらいの子どもに多い名前は、「~た」「~や」「~か」などのあ段の音が最後にくる名前が多い印象がありますが、あ段の選手は一人しかいないというのは不思議です。

 サッカー選手で見てみると、ヨーロッパで活躍してお・え段が最後になるの名前の選手は、中村俊輔・本田圭祐・長友祐都・内田篤人・長谷部誠選手などが当てはまっています。ほかにも有名な選手を思い浮かべてみると「お」「ん」音を含む名前の選手を入れると、かなり当てはまっているという気がします。
 他のスポーツでは錦織圭・高橋大輔・浅田真央選手などがいます。(羽生結弦・宮里藍・高梨沙羅選手など当てはまっていない人もたくさんいますが)


 スポーツ以外の分野で見てみると、まず思いつくのが本田宗一郎・松下幸之助のお二人。(おが入って、お・えで終わっています)
 文化人・タレントでは範囲が広すぎて挙げきれませんが、法則に当てはまる人は多いと思います。特に印象的に感じられるのはオノ・ヨーコですね。全部お段になっています。
 政治家では戦後の総理大臣の名前で見てみると、お・え・んで終わる名前は、一郎・湛山・信介・勇人・角栄・武夫・赳夫・善幸・康弘・宗祐・護煕・龍太郎・恵三・喜朗・純一郎・晋三・康夫・太郎・由紀夫・直人・佳彦。お・え段の音を含むのは、茂・均・栄作・正芳・俊樹・登・孜・富市など全ての総理大臣が法則に当てはまっています。
 また橋本元首相から現在の安倍首相までは11人連続でお段が最後にくる名前になっています。
 日本の総理大臣の力量がどれだけのものかは判断しかねますが、権謀術数が渦巻く政界でトップに立つためには体力・気力・胆力がもちろん必要でしょう。そういった強力な資質が要求される総理大臣の名前にもこういった傾向があるのは、たんなる偶然とは思えないのですが、いかがでしょうか。



 ここまでたくさんの例を挙げてきましたが、まだまだ当てはまる名前の人はたくさんいます。また、あなたの周りの人の名前で考えてみるのも興味深いと思います。
 今回の例では、私が当てはまる人だけ取り上げた、今から50年以上前にはそういう名前が多かった、それからお段の音を含む名前は多いなど、厳密に調べてみれば正しくないこともあるかもしれません。私は統計とか全然わからないので、当てはまる例だけでこの記事を書いてきました。しかし、今回挙げた例を見てもられば、この法則に多少の正しさがあることは感じてもらえたと思います。
 成功した人の名前を取りあげましたが、スポーツなどでも勝ち抜いて成功する人はほんの一握りなので、そういう名前をつければ成功できるということにはならないと思います。また、成功することだけに価値があるという意味で良い名前はどんなものか、と書いてきたつもりはありません。
 それでも、この名前の法則にあった人がトップになるのは、それをもたらす何かが名前の中に隠されているということかもしれません。そして、法則に合った名前をつければ、気力・体力に恵まれた人に育ちやすいこともあるかもしれません。
 
 そこで次回は、この名前の法則がどうして成り立つか、ということについて私の考えを書いてみたいと思います。
プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
ツイッター@mudoryoku

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