前回はセロトニンを出すための3つの方法の最初の条件、太陽光を浴びるについて書きましたが、今回はリズム運動についてです。
セロトニンはリズム運動を5分から30分続けると脳内に分泌される量が増えます。
ウォーキングやジョギング、自転車、水泳、なわとびなどの有酸素運動を息が切れない程度に、一定のリズムでやるのがいいそうです。激しい運動であればより効果的という事ではなく、自分が無理なく続けられるものをやります。有酸素運動はセロトニン活性以外にも血行・消化を良くする、ダイエット効果、脳機能向上など、とても健康効果が高いのですべての人に勧められる運動です。
どういった有酸素運動をするかは体力や好みで人それぞれだと思いますが、ここでは人の動きの基礎とも言え、私もパニック障害を自分で治す時によく行った手軽なリズム運動、歩くについて書いてみたいと思います。
私が治すために歩いていた頃はセロトニンについては知らなかったのですが、なんとなく効果的な気がして日中に毎日歩いていました。(遠くまで行って不安にならないように公園の周りをぐるぐるまわっていました)リズム運動のことも知らなかったので、楽に歩こうと思い、他の人から見ればトボトボ歩いてるように見えたかもしれませんが気にせずにゆっくり歩きました。
こういったリズム運動、有酸素運動は心拍数が少し上がり、軽く汗ばむ、ウォーキングなら早足くらいでやらないと効果がないとよく言われます。もちろん子どもの頃からよく運動して体力がある人は、負荷のかかるやり方でないとやった気持ちにならないのでしょうが(こういった方はパニック障害の治療でも薬で良くなりやすいと思います)、パニック障害になった人は、私もそうでしたが、うつの症状も併発している事が多いみたいなのでいきなり早足で歩くというのも無理かも知れません。頑張ってやろうとして挫折してしまい落ち込むという事は誰にもよくある話です。
でも、歩くことはどんなにゆっくりでもそれだけでさまざまな効果があると私は思います。(気功にはわざとトボトボ歩くなんていう修行法もあるくらいで歩くことにはとても奥深いものがあります)
私も初めはゆっくりしか歩けませんでしたが、続けているうちに普通の速度で長い時間歩いても苦にならないようになりました。
セロトニン効果もあり、また人の体の土台はとにかく足腰なので、それを鍛えるためにも自分にあったペースでなるべく歩くように(特に日中)するのは本当にパニック障害に効果的です。

しかし、有酸素運動が良いと言われても運動したくないという人もいるでしょうし、パニック障害の方は外出するのも大変ということもあるかと思います。
そんな場合は有酸素運動以外でもリズムのあるラジオ体操や呼吸法、ガム噛みなどの動きをすればセロトニンは分泌されるそうなので行ってみて下さい。
噛むことはガムでなくても食事のたびにすることなので、意識して噛む回数を増やすとか、歯ごたえのあるものを食べるなどするといいみたいです。

私自身はパニック障害克服のために日光にあたりながら歩くことはしていたし、これは今でも続けているのでセロトニンを出すという点は出来ているかなと思っていました。
でも、こういった記事を書くにあたってもう少し何かないかと考え、日常生活の動きもリズムを意識して行ってみたらどうだろうと思い試してみることにしました。
例えば、料理で千切りやみじん切りをする時、私は子どもの頃から運動神経もリズム感も悪く、さらに不器用なので、千切りなんかをやるにもゆっくり切るかんじだったんですが、少しくらい上手く切れなくてもいいやと料理上手な人がやるみたいにトントンとリズム良く切ってみるようにしました。
さらに歯をみがく時や体・頭を洗う時、掃除をする時と出来そうなものはすべてリズムを意識してみました。(速くやるという事ではなく一定の速度でやってみました)
結論から言うと、これはなにかとてもいい感じがするので驚きでした。掃除なんかはあまり好きではないから最低限の事しかやらない私ですが、こうやってリズムよく浴槽を洗ったりしていると、さあ次は何をやろうと他の事もドンドンやりたくなるんですね。気持ちが積極的になって手際もよくできるようになります。リズム良く行う動作を観察すると、余計な力が抜けて、いい姿勢でやらないとリズム良く出来ないという事に気づきました。こうすると疲れない適度なペースでいろいろやれます。
このリラックスと緊張のバランスがセロトニン効果なのか、今まで何事にもリズム悪く動いていたと思える私には目からウロコの経験でした。今では納豆を混ぜるとか字を書く時など、いろいろリズム良くやるようにしています。
今まで物事を手際よくテキパキできる人はそういう能力があるからと考えていましたが、リズムよくするから手際よくできるんだと考えるようになりました。しかも、リズムよくやるのはそれほど大変なことではないですし、気分も積極的になれるならこれ以上のことはありません。
パニック障害の人以外も、何をやるにも面倒で疲れる、部屋が片付けられないといった人も、このリズムが悪くなっているとも考えられるので、日常の動作の中でリズムを意識すれば変化があると思います。

人が自転車に乗るときには、ペダルをこいで進むことでバランスを取っています。もしペダルに両足をのせて止まった状態で完全にバランスがとれてから進もうとすれば、うまく出来ないというのは誰もが分かると思います。
私はこの完全にバランスをとってから進む、という難しいことをやろうとしているのが、パニック障害の人の傾向のように感じられます。そして、バランスをとりながら考えなくてもいい事を考えてしまいます。
症状が治まらないと何もできないと私なども考えてしまいますが、それは動かずにバランスをとり続ける不可能な行為とも言えるのではないでしょうか。ほんの少しペダルをこいで動き出せば、バランスはとれるようになるし、さらにバランスをとろうとしていた事さえ忘れてしまうという事もあります。
この例えは、心の持ち方と実際に体を動かすという両方の意味から言っていますが、何もできない、どこにも行けないと動かないでいるよりも、動作をリズム良くやってみたり、どこかに行こうと外を歩くだけでもセロトニンの効果が得られ気持ちが落ち着き、やる気を生むきっかけになるように思えます。
こういう言い方をすると「パニック障害は心の持ちようだ」という世間の理解のない人の言葉と同じように聞こえるかもしれませんが、いろんな事でリズムを意識した動きをするのは、セロトニン効果が出るからでしょう考えすぎることも少なくなりパニック障害の改善に良い影響があるのを感じられるはずです。
いきなり不安がなくなるという風にはならないでしょうが、リズム運動は本当に効果がいろいろあるので、今回書いた歩くなどの有酸素運動やよく噛む事、また仕事中、日常の中での歯みがきや掃除など様々な動きでリズムを意識してみて、ご自身でセロトニンの良い効果を体験してみてください。とても多くの発見がありますよ。

前回前々回とセロトニン活性のために太陽光にあたる、リズム運動をする、という方法を紹介しました。これらのことを3か月続けると、セロトニンがよく出るように脳細胞が変化してくるそうです。
セロトニンが減ってきたら脳がそれを感知して自動的に増やす仕組みになっていればいいですが、セロトニンを出す機能は筋肉と同じで使わないとどんどん衰えていってしまうので、鍛えるようにする必要があります。脳は自ら助くる者を助けるということでしょうか。
でも鍛えるといっても、日光を浴びる、よく歩く、よく噛むといった事柄は普通のことですから、現代生活の中ででこういったことからズレてしまっている私たちの意識・習慣を、当たり前のものに戻すというだけのことなのかもしれません。
こういった習慣は精神の安定だけではなく、身体の健康にも役立ちます。体の元気さはパニック障害の克服のためにも当然必要です。
セロトニンが少ない人がセロトニン活性のための生活を始めると、初めは気分が落ち込んだりもしますが、とにかく3か月続けていけば改善してくるそうなので、頑張りすぎないように続けてください。(3か月続けたら終わりではなく、継続する必要がありますが)
セロトニンは習慣づけて出すようにすれば一層良く出るようになっていて、精神をより安定した状態にしてくれます。行っているうちに効果が感じられたら、さらに熱心にやれるようになると思います。
よく何をやってもうまくいくツキのある人がいますが、こういう人はセロトニンがいつもたくさん出る生活をしているので、さまざまな事がどんどん良い状態になっていくのかもしれません。

東邦大学名誉教授の有田秀穂先生によるセロトニン活性のための3つの条件、最後に取り上げるのは「ふれあい」です。
スキンシップを行ったり愛情を持って人と接したりすると、脳内に「絆のホルモンン」と呼ばれるオキシトシンが分泌されます。このオキシトシンが出るとセロトニン活性が起きて精神をリッラクスさせるそうです。
オキシトシンはスキンシップやマッサージ、タッピングタッチ(有田先生お勧めの療法です)、性行為などのグルーミングと呼ばれる行為、ペットをかわいがる、愛情を育む、人に親切にする、楽しく語らう、自分の感情を率直に表すなどによってよく分泌されます。
こういった安心、愛情のある人間関係、いたわりの心が持てれば精神的に良いのは分かります。パニック障害になっても、支えになってくれる人がいれば、治療の効果も違ってくるでしょう。
しかし、現代はとても慌ただしく生きづらい時代で、人のことにまで目を向けられず、一人一人が孤立してコミュニケーションも希薄になりがちですので、オキシトシンの安らぎを感じられる機会が減っているのが現状でしょう。この事が精神疾患の増加の原因の一つというのは十分言えると思います。
でも、精神を安定させるために良い人間関係を持ったり、人にやさしくなりましょうと言われて、じゃあそうしますとすぐに出来ればいいですが、そうもいかないことも多いと思います。また脳内物質の増加のためにこれらの事をしましょうというのも何か変な気もしますが、スキンシップを行ったり、優しい心を持つという事が自らの心も健康にするというのは知っておいたほうがいい事実でしょう。
また、現代のコミュニケーション手段としてSNSやLINE、電子メールがありますが、これらの主に文字によるコミュニケーションではオキシトシン活性はあまり起きないそうです。
有田先生によるとオキシトシンが分泌されるためには実際に人と会い、話す言葉の意味以外のノンバーバルコミュニケーションと呼ばれる口調、しぐさ、表情などを感じ取る事が重要だそうです.(電話で話したりや直筆の手紙などの話しぶりや字の印象はノンバーバルコミュニケーションにつながっていると思いますが)
調子のいい事言っているけど感情がこもってないとか、厳しい言い方だけど愛情が感じられる場合などあります。私たちは言葉の意味だけではなく表情、身ぶりなどたくさんの言葉以外の要素でコミュニケーションをしていて、本当の「ふれあい」生身の人間関係も、日光を浴びる、リズム運動で体を動かすというのと同じく、普通すぎるひと昔前なら当たり前にあった事柄です。
現代は24時間何でも買えるコンビニやインターネットなどがあって便利な世の中になったとも言えますが、逆にこれら3つの条件をおろそかにしても生きられる環境になったとも言えます。しかし、精神的な不調を抱える人の増加から考えますと、人間の心身がこの環境に適応して生きるのは(食の乱れや過剰なストレスも相まって)厳しいのかもしれません。
それゆえ私たちは自分を守るためにもこの3条件を意識して行わなければならないと思います。(なお青色を見る、映画などを見て泣いてもセロトニンは分泌されるそうです)
意識して行えば、これらはもともと人間にとって望ましい行いなので、気分を心地よくさせる習慣になり不安、恐れなどを乗り越えられる精神になっていけるはずです。
3つの条件はお互い関連していて、一つのことがよくなれば、他のものにも相乗効果でいい影響を与え高め合っていくと私は考えています。焦らず出来ることからちょっとずつやっていけば、きっといろんなよい変化が起きるでしょう。

(次回に続く)

前回からの続き)

私がパニック障害になった時を思い返すと、セロトニンを出す3条件(太陽光を浴びる・リズム運動をする・ふれあい)すべてが全くできていませんでした。それでも自分としては、勝手にやりたいことをやっていた生活だったから不満はなかったのですが、肉体のほうが悲鳴を上げて、その生活の誤りに警告を与えてくれたのかもしれません。

今回セロトニンの事を調べてみて、その重要性にとても興味を覚えました。ほとんどの精神疾患に関係することや幸せな感情をもたらすというのも知りませんでした。
また脳内でセロトニンを出すセロトニン神経が、呼吸や消化などの自律神経の中枢を担う最も古い脳である脳幹の真ん中の縫線核という所にあり、そこから軸索というケーブルを使って脳の中のあらゆる神経に情報を送っていて、中でも脳内で一番進化した理性や共感する能力、高度な脳活動を司る前頭前野と密接なつながりがあるのはとても大切な意味を持つように思えました。
生命の土台を司る脳幹の中心にあって欲求、感情、言語、感覚などのあらゆる脳領域とつながり、さらに人間だけが大きく発達させた脳の前頭前野と深く関係するという事は、セロトニン神経は脳の進化に中心的な役割を持っているという事を意味し、脳の初め(脳幹)と最後(前頭前野)をつなぐというのはセロトニンをよく出すようにすれば、脳のすべてが活性化するという事ではないかと素人ながら考えてしまいました。
そして、セロトニンの働きは覚醒をもたらすことや自律神経、精神状態の調整などだけではないように思えます。
セロトニンは3条件で継続的に鍛えればより分泌されるようになるそうなのですが、セロトニンをよく出すように生きることが、なにか人の生きる意味といったことと深くつながるのではという感じが私にはします。
人の体の成長は20歳くらいまでですが、精神的な(脳の?)成長はセロトニン神経を鍛えること共に一生続くのではないでしょうか。
私も含めて大人、老人でさえも精神が子供っぽい人は世の中ふえていますが、これはセロトニンの分泌レベルと関連していて、冷静で、分別の付いた、寛容な、頼れる本当の意味での大人というのはセロトニン神経の鍛えられた人のことを言うのかもしれません。
どんな人でもセロトニン活性をすることが、より良く生きる指針になるというのは言い過ぎでしょうか。
さらに有田先生はその著書で、セロトニンと釈迦の教え、禅などとの関係を述べていますが、セロトニン活性は突き詰めていくと、人生の究極の目的という所まで行く可能性を持つとも言えるのかもしれません。
生命の基本活動から、運動、精神、感情との関連、そして愛情、幸福から宗教的なことまでと話が大きくなりすぎていますが、セロトニンの可能性はそれだけ大きく私には思え、これから個人的にもいろいろ探究してみたいです。
何度も言うようですが、これだけ有用で奥深いセロトニンが日光に当たる、歩く、人と仲良くするといういたってありふれてシンプルな方法で活性化するのはとても面白く感じられます。
私自身は前々回の記事に書きましたが、仕事中や、日常生活の様々な動作、料理や掃除などでリズムを意識してやるようにするのが、とても新鮮で効果的に思えました。興味を持った方はお試しください。

セロトニンのことばかりで、パニック障害の克服から少し離れている感がありますが、セロトニンをよく出すのはSSRIを飲むのと同じことですし、薬を飲めば副作用もあり、また薬による治療で症状を抑えて徐々に薬を少なくして行って完治するという説明に対して、薬の依存につながるのではないかとどうしても納得いかない気持ちを持っているので、セロトニンの出し方について念入りに説明してしてしまいました。
セロトニンがパニック障害の改善ばかりでなく、よりよく生きることにもつながるという考えを聞いてどう思われるかわかりませんが、このところセロトニンの事をいろいろ考えていて、いくつかインスピレーションを受けました。
それは人生の目的につながるという事やセロトニン神経の鍛え方について事の他に、パニック障害になったのをこれからの人生に生かすという事についても何か教えられた気がします。
パニック障害になる人の性格特性は、几帳面とか完全主義、繊細で傷つきやすいなどが言われます。こういった性格が行き過ぎるのが、私もそうでしたが、発症につながり、不安との戦いで毎日とてもつらい思いをされている方がいると思います。そして、なぜこれほど苦しまなければいけないのだろうかとか、この先もあまりいろいろ出来ないだろうと考えがちになり、こうなってしまった事を責めてしまう時もあるかもしれません。
しかし、原因の一つであろう性格特性も、考えてみると物事によく気付いたり、仕事ができる、やさしい心を持っている、思慮深いなど深くものを考えないでいる人(こうできれば生きやすいでしょうが)にはない特徴を持っているともいえます。ただその加減の仕方がうまくないということです。
そこでセロトニンですが、セロトニン活性の生活を(特にリズム運動が重要だと思います。仕事でも趣味でも上達するためにはリズムが良くなる必要があります)行うと、その加減が良くできるようになります。私はずいぶん前に自分なりのやり方でパニック障害を克服したつもりですが(知らずにやっていたセロトニン活性も役立っていたと思う)、最近日常の行いにリズムを意識するなどの、そうたいした事ではないことをやるだけでパニック障害になった原因となる、いつも緊張して物事をむきになってやってしまい、うまく続かないなどの私の性格がコントロールできるようになり、粘り強く丁寧にやるという所が残ったまま、いい力加減でいろいろやれるようになりました。
自分の短所と思えていたものが、セロトニンによって良い点に変えられるということです。そしてセロトニン神経を鍛えるのは、やり方は簡単ですが、終わりなく奥深いもので、これを基本にして生活していけばいいんだという自信を与えられました。
実際はパニック障害になる性格といってもいろいろあると思いますが、セロトニンを活性化する生活を続けていくと、パニック障害につながった自分の短所と思えるものも、きっとかけがえのない大切なものなんだと感じられる時がやってくると思います。
ちょっと変なたとえですが、いつも不安とか小さな事をクヨクヨ考えてしまうという人は大リーグボール養成ギブス(若い人はわかるかな?)をずっとつけて生きていたのと同じことです。そして、セロトニン活性を続けていけば、このギブスが外せて身も心も軽くなり、それまで必要以上に鍛えられていたものも活かせるようになるのではないでしょうか。

ここまで数回、パニック障害克服のためのセロトニン活性について書いてきました。
それらは有田秀穂東邦大学名誉教授の本を元に書いたのですが、うつやパニック障害などの症状を持つ方には有田先生の話はけっこう知られたものだったようですね。私はセロトニンについてよく知らなかったので、長々と書いてしまいましたが、本を読んでとても感銘を受けての事だったので、分かりきった事をと思われた方はご容赦ください。

そんな有田先生の本にドーパミンについての興味深い考えが述べられていて、私自身にも思いあたる事があったので、今回はこの事を記事にしてみようと思います。
ドーパミンは生存に不可欠な、性や食などの本能行動への「意欲」と関係する脳内物質です。そして、ドーパミンは本能だけでなく、仕事の達成や社会的賞賛、買い物などさまざまな事に楽しさ、快感を感じさせて、人の興味や期待、やる気を生み出します。
ドーパミンが脳内で不足すると物事への関心が薄くなったり、運動・性機能が低下して抑うつ状態になったりします。さらにパーキンソン病もドーパミンの不足が原因と言われています。
逆に脳内にドーパミンが増えすぎると、幻覚や幻聴が現れて、統合失調症や不安障害につながることもあるそうです。また、様々な依存症もドーパミンの異常な働きによって起きると考えられています。
ドーパミンは人生を豊かに生きるために大切な脳内物質ですが、不安・緊張を生むノルアドレナリンと同じく自己抑制機能が働きにくいので、精神を安定させる役割をするセロトニンが脳内に十分ないと暴走しやすくなります。
セロトニンがたくさんあると幸せな感情をもたらしますが、ドーパミンがもたらすのはどちらかと言うと快感や快楽といった感覚です。別の言い方ではセロトニンは安心を、ドーパミンは満足をもたらすとも言えます。しかし、あまりにもドーパミンの快感を求めすぎると、以前とは同じ刺激では満足できなくなり、移り気にいろいろ求めたり、もっと大きな刺激が必要になり依存症につながることもあります。
慢性的なストレス状態にあってノルアドレナリンが脳内に常にたくさんあると、それを抑えるためにセロトニンがたくさん分泌され続けて、セロトニンの不足が起きたり、夜型の生活などでセロトニンの分泌が少ない生活を送ったりすると、ノルアドレナリンを抑えることが難しくなります。その強い不安から逃れるために、ドーパミンのもたらす快感を得ようとします。
でもドーパミンの気持ち良さは、先ほど述べたように耐性ができて依存をもたらしやすく、そしてノルアドレナリンはドーパミンから作られものだそうですが、ドーパミンを追い求める行為は、結局それが得られなかったり、失ったりした時に不安・ノルアドレナリンに変わってしまうので、それを打ち消すためにさらに強い刺激を求めるという悪循環に陥ってしまいます。
こういった事がエスカレートして、自分で制御するのが困難になると依存症になってしまいますが、有田先生は現代では多くの人がドーパミンを追い求めるドーパミンゲームにとらわれて、自らを苦しめているのではないかという指摘をされています。
ドーパミンゲームという言葉を読んだとき、私自身の生き方を振り返ってみると、ドーパミンゲーム的な我を忘れるほどの刺激的な面白いことはないか、といつも求めてきたのに思い至り、自分のあり方の誤りを具体的に指摘されたように思え、少し暗い気持ちになりました。
私は依存症で苦しんだことはないですが、何かに熱中してのめりこむ事が価値のある事と思って、これまで生きてきました。しかし、これは行き過ぎると自分本位の快感を求める、孤立と不安への道だったのではないか、とこの事を知ってから考えるようになりました。
また、世の中を見てみると私のようにドーパミンゲームの虜になっている人は、ストレスの多い環境やインターネットの発達の影響もあってか、とても多いと思います。
インターネットは膨大な情報がすばやく得られたり、SNSでいつも人とつながっていられたり、オンラインゲームやショッピングなど多くのことができてとても便利で楽しいですが、その便利さが際限のない快感と不安のドーパミンゲームをもたらし、様々な依存症に陥りやすくなる原因なっているのでしょう。
ネット以外でも、酒やたばこ、ギャンブル、セックス、恋愛、買い物、ゲーム、麻薬などドーパミンの快感をもたらして依存を引き起こすものは数多くあります。

ドーパミンは創造性とも深く関係があると言われています。だからアーティストにはドーパミンが、普通一般の人よりたくさん必要なのでしょう。ドーパミンをより分泌しやすくするためなのか、夜型の生活の人もけっこういるみたいですし、極端な場合だと薬物を使ってドーパミンを増やす所まで行ってしまうという事もあります。
でも、あまりに創作のためにドーパミンを分泌させるのはセロトニンの不足につながるからか、オリジナリティー・こだわりのとても強いアーティストは、うつなどの精神疾患になって大変な事になる人がけっこういるように思います。
そして、パニック障害もクリエイティブな仕事をする人に発症するケースがあるとも言われています。ミュージシャンの一方でマニアックな文章も書く菊地成孔や、作家の谷崎潤一郎なんかもパニック障害だったそうですが、彼らの強いこだわりはパニック発作につながる、セロトニンの少ないドーパミン過多ゆえなのだろうと納得できるところもあります。
まあ、芸術、デザイン、ファッションなどでは創造性、独自性、新しさや興奮、感動などドーパミンのもたらす要素が要求され、ドーパミンの働きは大いに発揮されるべきでしょう。これを追求しないと良いものはなかなか作れないと思います。
芸術に限らず、仕事でも勉強でも創造性・好奇心の探求や、報酬・成果の獲得などへの「意欲」を生むドーパミンと、その行為をやり遂げるための「集中力」「緊張感」の源・ノルアドレナリンは、それらのマイナス面ばかり述べてきましたが、やはり人が生きる上で欠かせないものです。しかし、それらが暴走しすぎると心身にダメージを与えるので(実際にノルアドレナリン、ドーパミンには毒性がある)、セロトニンによるそれらの物質の調整がとても大切になります。
ということで結局はセロトニン活性という話になってしまいますが、心身の安定の基本となるセロトニン神経が鍛えられ、セロトニンがよく分泌されていれば、創作や仕事のストレスの多いタフな状況でも意欲と自信を持ってやっていけるようになるのでしょう。

何をするにもストレスを感じてしまいがちな現代では、ドーパミンで快感をもたらし、嫌な事を忘れさせてくれる楽しみは、山のように資本主義の社会によって用意されています。このドーパミンゲームにハマるのも人生の楽しみの一つでしょうが、あまりに依存しすぎてしまうと、私たちは完全な満足という存在しないものを求めて不安になり、自らを孤立させていってしまいます。快楽を追い求めれば苦痛を背負ってしまうのは必然の原理です。
しかし、セロトニンのもたらすのは終わりのない欲望ではなく、足るを知ることだったり、人と人との思いやりのある交わりなどの私達が普段忘れてしまいがちな事のように思えます。

ドーパミンゲームから抜け出すにはまず、朝早く起きることが一番です。早朝のすがすがしさの中で依存症的な行いをしたくなるということはあまりないでしょう。
でも、朝起きてもやる事がなくてつまらない、気分が沈むと感じる人はセロトニン不足のマズい方向にいっていると思いますよ。

今回はパニック障害を心理・性格的な面からみて、発症につながっている面があると思われる問題について書いてみようと思います。
精神科医の森下克也先生という方の書いた「薬なしで自分で治すパニック障害」という本では、パニック障害になる人の性格特性には「緊張しい型」と「バリバリ型」という2つがあると述べられています。
「緊張しい型」の人は、「性格は内向的で生真面目、何事にも心配性で不安がコントロールできずに最悪の状況ばかり考える、ストレスに弱い、満員電車、渋滞、高所などが嫌い、周囲の人の目が気になり他人にどう見られているか常に気になる、人前で話す、見られている前で字を書く、人と外食するといったことが苦手、心理的背景として劣等感があり、心の緊張によっていつも自律神経が緊張している」
と何かヒドい言われようですが、こちらのタイプに属すると思う自分の事を顧みると納得できなくもありません。まあ神経質で線の細いタイプということでしょう。
一方「バリバリ型」の方は「仕事を熱心にこなし、周囲からの評価も上々、大企業の社長や有能なスポーツ選手にも多い。心の底に頑張らなければいけないというマスト思考があり、頑張らないでいると逆に不安になる。その不安を消すためになおさらがむしゃらに頑張り心の休まる暇がない、それが自律神経の慢性的緊張をもたらす」
こういったタイプの方はおそらく肉体的にも強く、副作用の影響を受けずに薬でよくなるのは、このバリバリ型の方たちに多いのではないかと私は思います。
この2つのタイプに共通するのは常に心理的緊張があり、自律神経の恒常的緊張がパニック発作につながると考えられるところだそうです。
そして、他人の評価や周囲からどう見られているか、といつも考えてしまうという所も共通しています。認められたい心や満たされない心があって常に不安を抱え、自分を肯定的にとらえられずにいます。こういう性格を変えたいと私たちは思いますが、なかなかうまくいきません。
この性格は幼児期に形づくられますが、その原因は親とのコミュニケーションが十分にできていなかった事にあると考えられます。
心身にひどい虐待を受けたわけでなく、周囲からは問題のない家庭とみられている場合でも、やさしさ、愛情を持って接してもらえない、ありのままの自分を受け入れてもらえない、という安心感を持てない幼少期を過ごすと、周りに左右されやすくはっきりとした自己を持てない人になり、2つのタイプの性格につながります。(すべてのパニック障害の方の幼少期に問題があるとは思いませんが)
しかし、幼少期の生育環境、親子関係はパニック障害に限らず他の精神疾患や身体的な病気、問題行動などの原因になる大きな要因で、精神分析や心理学でいろいろこれについて考察されていると思います。
私は不勉強でこの分野のことはあまりよく解らないのですが、以前読んだことのある「インナーチャイルドの癒し」(黒川昭登、上田三枝子著 朱鷺書房)という本でこの辺のことをよく説明してあったので、この本から文章を引用して、この幼少期の性格形成の問題について考えてみたいと思います。
なお、この本は育児書で、育児中の母親が子どもを愛せない場合、母親の心の中に存在する満たされない思い=インナーチャイルドが問題を起こしているということを教えてくれる本ですが、育児中に限らず心の奥に押し込められ、忘れられたインナーチャイルドが多くの問題の源になっているのでは、という事をこの本を読みながら感じました。

少し長く引用するので、ところどころ文章を要約してあります。
「親子関係には「対象関係」と「自己愛的関係」の2種がある。対象関係とは、母親の意識や関心が子どもに向いている関係で、そのような関係の中では、子どもの興味、関心、意識は母親に開かれている。それは、情緒的な交流の豊かな現実的な関係ということができる。
これに対して、自己愛的関係では、母親の意識や関心は、常に母親自身に向けられている。こういう親に育てられると、子どもは意識を閉ざして自閉的になったり、母親のそばを離れると強い不安に襲われるので、物理的に母親から離れられなくなるか、意識的には「母親が死ぬのではないか」「家を空けると火事になるのではないか」という不安で、絶えず自分のことを心配するようになる。極端な場合、自力救済という態度が顕著になり、親の世話にはなれないと、幼児であっても、自分のことは自分でするようになる。
対象関係とは情緒的な相互交流のある関係であり、母親の意識や感情は常に子どもに向けられている。一方、自己愛的な関係の中で育てられると、情緒的交流の窓が閉ざされ、育児では親は、子どもの生存に必要な最小限度の授乳、排泄の世話、衣服の着脱、入浴介助、洗濯などはできても、子どもの喜怒哀楽に共感することは乏しくなる。
対象関係の特徴は社会的関心であり、情緒の窓は外に向かって開かれている。それに対して、自己愛的関係では、母親の情緒の窓は閉ざされていて、常に冷静さを装っているが、意識や思考は、外界に対する警戒でいつも張りつめている。
たとえば対象関係では、社会的関心が強く自己を意識することはないし、他者に意識や思考は働かずに、自然にふるまえる。
自己愛的関係では、自己中心性が強く、外界を警戒する自我に意識が集中して、自己の感情をコントロールすることにエネルギーを消耗する。会合等では、絶えず他人に調子を合わせようとし、完全に振る舞おうと気を使うのでとても疲れる。」
「情緒不安定で、突拍子もないときに感情的になる母に育てられると、子どもは常に、母の情動の動きに敏感になる、頭を働かすようになる。もし、親の怒りに反発しようものなら、その数倍の激情の報復を覚悟しなければならない。だから常に、敵地で生活しているような状態になり心は休まらない。
健全な母子関係で育った子は、情緒的に安定して、感情の表現も素直で自己主張もできる。それは船の羅針盤がうまく作動しているのと同じで、波や風でいかに船が動いても、羅針盤は北と指しているので方向を誤らない。
しかし、情緒不安定で、自己中心的な親に育てられた子は、親のいつ変わるかもわからない機嫌に合わせて、自分という船の舵をとらねばならないので、羅針盤にたよるわけにはいかなくなる。親の機嫌に調子を合わせている間に、羅針盤の針は狂ってしまうので、自分の「頭」で船を動かさねばならない。このようにして成人した子は、対人関係の障害に苦しまねばならなくなる。人の集まる場所が面倒に感じ、外出嫌いになったり、閉じこもったりすれ。それは自分の気持ちに従って行動するのでなく、他人の意向や意志は何かということを常に気にして気疲れしてしまうからである。」

(次回に続きます)
プロフィール

Author:まやと
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