前々回の記事で「足先・頭先(あしせん・あたません)の原理」という体の歪みについての私の考えを説明しました。 
 足先は立って動いているときに、歪みが足から体の上へ上がっていくということ、頭先は休んでるときや頭・顔を使うことをするときに歪みが下がっていくということを意味します。実際はこの二つが複雑にからみあって人は生活していますが、大まかに分けるとこうなっていると思います。
 どちらの原理も生きるために必然的なものですが、一方に偏りすぎるとさまざまな弊害(頭・顔の歪みや足の歪み)をもたらします。この弊害を少なくするためには、二つの原理のバランスをよくすることや体の歪みを解消すことなどが大切ですが、足先と頭先を調和させて同時に行えることをするのもよいと思います。
 これをするためにどんなものがいいか単純に考えれば、立ち話や立ち読みは2つを合わせたものになるかもしれませんが、なんとなく積極的にしたいかんじではないです。
 そこへいくと、立って歌を歌うことや、頭を使ったり楽しんでスポーツを行うことは2つの要素を調和させたものと言えるでしょう。
 さらに、編み物などの細かい作業、楽器演奏、習字などは、足先というより手先ですが、上げる動作と目や頭を使った頭先を同時に行うので両方を使っていると思います。
 生活習慣に関することでは、今は正座する人というのはあまりいないだろうけど、姿勢よく座っての勉強や仕事、食事はやはり理想的なものでしょう。それから性的なことは特に強く両方の要素を持ち合わせているといえます。
 禅も結跏趺坐を組むことで歪みを強く押し上げる足先の要素と、図像をイメージしたり、公案を考えたり、呼吸法を行ったりすることの頭先の要素を同時に行って心身を整えているといえるでしょう。

――と、ここまで足先と頭先を同時に行える理想的なものを挙げてきましたが、こういったことは、あくまで自然に楽しくやらないと、調和のとれた行いにならないと私は思います。
 姿勢よく生活したり、座禅を行うに場合にしても、頑張って背スジを伸ばそうとすることがストレスだったら、その努力は無意味なものになってしまいます。
 体は自らを最善の状態に保とうとして、姿勢の悪さや歪み作り出しています。それらは姿勢よく生活しようと努力することでは、本質的には解消されません。
 このことについては、「無努力静功3 悪い姿勢健康法」という記事に書いたのですが、悪い姿勢は直そうとせずに、それを全うさせることで解消されていきます。
 そして、その記事では足先の原理で悪い姿勢になりやすい静功(座禅)を行い、それによって自発動(体を整える無意識の動き)を起こしたり、悪い姿勢のままでいて体を整えることについて説明しました。
 体を整える自発動の動きを見ていると、体の歪みはとても複雑になっているのがわかります。その歪みから来る姿勢の悪さを治すために、背スジを伸ばした良い姿勢を保とうとすることは、ありのままの悪い姿勢を覆い隠すだけになり、今ある歪みをかえって固定させる行為となってしまいます。
 
 最近の私は無努力静功を行っていますが、(これは本当に気持ちいいです)、数年前は自己流のタントウコウをよく行っていました。
 タントウコウは動かずに立ち続けるという気功の鍛練法です。立ちながら腕で大きな玉を抱えるようにするなどの決まった姿勢をとるので、かなりツラい功法です。
 これをやるには頑張ってやらなくてはならなりません。しかし、私はもっと楽にやりたい気持ちから、無努力静功を行うのと同じように、体を整えることができるただ立つだけのタントウコウを自分で考えて、1時間ほどそれを野外で行っていました。
 無努力静功でただ座るように、何の決まりごとなく同じ場所にずっと立つだけというものです。足先になって歪みが上がってきたら、体をいろいろ動かしたくなるので、体の求めるように動かします。この動きを行うことで歪みが解消されていきます。
 立つときは野外のほうが気持ちいいのと、立って自発動のクネクネした動きしてるのを見られると、たぶん変に思われるという理由から、人目につかない山の中などで行っていました。
 ですから、これはあまり人に勧められるものではないのですが、人目につかずに立てる場所がある人で、興味を持たれた方は一度お試しください。
 体が気持ちよく整えられるほかにも、鍛練にもなりますし、自然や屋外の気に囲まれて何も考えずに立っていると、ふだんの日常とは違った時間を感じられます。(でも冬は寒くて長時間立っていられないので、これは温かい時期向きです)
 気功の功法はタントウコウのように立って行うものが多いから足先で、ヨガは寝転んだり、床に座ったりして重力の影響を受けずに行うものが多いから頭先であると言えると思います。

 このただ立つタントウコウを行ったいる頃は、車で山の中まで行き、1時間ほどいつも立っていました。だから、かなり熱中していたと言えると思うのですが、最近はあまりやろうという気持ちが起きないのが不思議です。
 でも、こういう昔はよくやっていた物事が、時間がたつと自分の中でめぐってきて、再び熱中しだすということはけっこうあるから、いつかまた立ちたくなることもあるかもしれないと思っています。
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