誰にでも、その性格・言動が好きになれない人がいると思います。
 他の人の性格や特徴はそれほど気にならないけど、その人に関することだけは、どうしても受け入れられず、「嫌い!」となってしまうような人です。
 そういう人が職場や学校などで身近にいると、とにかく嫌なので大きなストレスになってしまいます。さらに、その感情をコントロールしようとしてもなかなか上手くいきません。

 このように人を嫌いになる原因は、「シャドーの投影」にあるとフロイトやユングの心理学では説明されます。これは人を毛嫌いする心の仕組みを、的確に言い当てているものだと私は思います。
 私も生理的に嫌いという人が多かったのですが、この心の働きを知ることで、どうしてそのように嫌うのかが分かりました。そして、自分の心を理解するにつれて、嫌う感情が薄れていくのを経験しました。
 そこで今回の記事では、この「シャドーの投影」ということについて書いてみます。
 性格が合わない人やどうしても嫌ってしまう人との関係に悩む人には、「シャドーの投影」はぜひ知ってもらいたい考え方です。
 

 まず、「シャドー(影)とは何か」ということから始めます。
 シャドーは、私たちが何らかのつらい経験をすることによって、心の奥に押し込めて無いものとした気持ちや欲求のことです。
 例えば、周囲に「早くしろ」と言われ続けて傷ついた子どもは、ゆっくりしたい気持ちを切り捨て、シャドーにします。甘えることを拒まれた人は、甘えたい気持ちをシャドーに押し込めます。
 このように、人それぞれ様々なことがシャドーになっていきます。
 人は生まれた時には、まっさらな影のない心を持っていると思います。しかし、生きていく中である気持ちを抑圧し、無いものにしてしまうと、月が欠けていくように、心のその部分がシャドー(影)になっていきます。そして、私たちは、その影になっていない心の部分のみで生きている、と考えるようになっていきます。
 シャドーになった部分は、消えてなくなったわけではありませんが、シャドーが自分の中にあることは意識できなくなります。

 シャドーには暗さの段階があり、それは気持ち・欲求をどれだけ深く心の奥に閉じ込めたかによって決まります。
 そして、ある気持ちに関してとても暗いシャドーを持った人が、その部分が全くシャドーになっていない人に出会うと、「何か合わない」「イライラする」という感情が生まれます。
 ゆっくりすることがシャドーの人は、ゆったりしている人が嫌いになり、甘える心がシャドーの人は、人に甘えることができる人にムカついてしまうといったことです。
 この嫌いになる人に自分のシャドーを見る現象を「シャドーの投影」と呼びます。
 すべてではないでしょうが、人をひどく嫌いになるのは、この現象によって起きていると考えられます。
  そして、「シャドーの投影」は、嫌いになる人が実際にシャドーの性質を持っていなくても、その人がその性質を持っていると勝手に思い込むことでも起きます。

 ゆっくりすることや甘える気持ちなどを強く否定されたとき、私たちの存在は不安になります。その不安な心から逃れようとして、シャドーは作りだされます。
 シャドーの中には、つらい経験や、不安・孤独・怒りといった感情、さらにそれらのものを表現したい欲求などが、意識に現れないように押し込められています。
 しかし、自分が隠した気持ちを普通に持っている人に会うと、私たちは自らのシャドーを遠ざけたように、その気持ちを持つ人を嫌って避けようとします。それは、その人の存在が自分のシャドーを刺激して嫌な感情をよみがえらせ、心をかき乱すかもしれないという恐れを持っているからです。
 この恐れは意識されないので、自分のシャドーの気持ちを持つ人がなぜか嫌いになる、ということだけが起きているように感じます。
 ですから、相性が合わない原因は、基本的に、相手にあるのではなく、前世で敵同士だったからでもなく、自分の中にあったのです。
 嫌な人との関係で悩む人は、一度、その人の特徴が自分の中にあるかを顧みてみると、以前にその特徴を否定されて心の中に抑圧した経験を思い出すはずです。 
 
 また、児童虐待やいじめた言った問題でも「シャドーの投影」が起きていると考えられます。
 子どもを虐待する親は、自らの子ども時代に、未熟や甘えといった子どもらしさを否定されて、シャドーにしてしまっています。
 そして、親になったとき、子どもの中に自らが否定した子どもらしさを見ると、自分の傷つけられたシャドーが甦ってきます。
 虐待を受けてきた親にとって、そのシャドーに触れることは、自分の全存在を脅かすほどの恐怖をもたらすものです。だから、自分の息子・娘であろうと、その中に甘えや不完全といった子どもらしさを見ると(それは子どもにとって持っているのが当たり前のものです)、自分がそうしてきたように抑えつけ、虐待につながっていきます。
 いじめは問題がもう少し複雑ですが、いじめる側の「シャドーの投影」によって起きていることも多いと思います。


 心が穏やかでいるのを望むなら、他人にシャドーを投影して過剰に反応せずに、ただ自らのシャドーを無視しているほうがいいはずです。
 しかし、嫌う感情にこだわってしまうのは、心がそれを望んでいるところがあるからだと思います。人にシャドーを投影して遠ざける一方で、シャドーがその存在を私たちに知らせようと投影を起こしている、ということがあるのかもしれません。(そのために思い込みの投影も起きます)
 シャドーを持っていれば、それだけ心は制限され自由でなくなるから、当然苦しみをもたらします。そのためシャドーに押し込められた気持ちは、自らを何とか表現して自由になろうと、他の人の中に現れます。
 嫌いでたまらない人というのは、シャドーが作りだし、自ら引き寄せているとも言えるのではないでしょうか。
 ですから嫌いになるということは、自分の心を知り、解放する機会でもあるのかもしれません。


 心の奥から来る嫌う感情を、無理に変えることは難しいでしょう。
 また、シャドーになった子どもらしさなどを素直に表現できれば一番良いはずですが、心は不快な記憶がよみがえるのを恐れて簡単にそうはしません。
 しかし、相手のどこを嫌うかで、自分のシャドーが何か、それがどうしてシャドーになったか、を知ることはできます。シャドーに向き合うのはつらいことかもしれないですが、人を感情的に嫌う心を和らげ、シャドーを統合することができれば、心はこだわりなく楽になるはずです。
 そのためには、シャドーに反応することなく、黙って見つめることが大切だと思います。シャドーは強い感情を抱えたものですが、その言葉に耳を傾け、理解することで、シャドーは自らを解消していきます。
 
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Author:まやと
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