前回は体の歪みの「足先・頭先(あしせん・あたません)の原理」ということについて書きました。
 これは歪みが体勢によって移動するという考えで、足先は立って行動するときに、体の歪みが足から上に上がっていく現象です。頭先は、睡眠などで休んでいるとき、顔を使うコミュニケーション、頭を使う読書などをしているときに歪みが下がっていくという現象です。
 そして、このことは男女によって現れ方が違ったりすることなども説明しました。
 この原理から考えてみると、風呂で体を洗うときは、頭からだんだん下へと洗うのが一番良いのではないかと思うので、今回の記事ではこの話をしてみたいと思います。
 
 最近、体をどこから洗うかで性格がわかる、という心理テストがちょっと話題になったりしましたが、初めにどこから洗うかはけっこう人それぞれのようです。
 私は以前は、太ももから洗っていたけど、足先・頭先ということがあるんじゃないかと思ってからは、頭から洗うように変えました。
 頭先(歪みが下がる)は休むことに関わり、睡眠時に特にその働きが現れます。眠っているときは、脳を休めるために頭が固定されるので、歪みが足の方へ向かって押し出されます。睡眠の80%は脳が休んでいるノンレム睡眠だから、眠っている間のかなりの時間このことが起きていると私は考えています。

 そこで入浴ですが、夜入るときは、これから睡眠中に起きる頭先の働きと同じことを行うようにするのが、良いと言えると思います。
 頭から洗って、最初の刺激を頭に与えれば、水面に石を落したときの波紋のように、刺激は下へ下へと向かうので、それに合わせて順番に下へ洗っていけば、頭先と同じことになります。
 こうして洗えば、日中の活動で上がっていた歪みを降ろしやすくして、リラックス、眠りの質を高めるなどの効果を期待できると思います。

 また、私以外に言う人もいない歪みを降ろすという考えの他にも、頭から洗うことを勧める意見はいくつかあります。
 体を洗った後に頭を洗えば、シャンプーが洗った体についてしまい肌が荒れてしまうというものや、下から上に洗えば汚れを顔のほうに上げてしまうから衛生的ではない、という考え方があります。
 気功なんかでも、汚れた気は足から出ていく、という考えがあったりするので、足は最後に洗うということになると思います。
 また、体の緊張を緩めるためのリラクゼーション法も、たいてい頭から足へと力を抜いていくかたちで行います。

 これらもろもろを加えて考えると、やっぱり頭から洗うのがいい、となると思うのですが、いかがでしょうか?興味を持たれた方は一度お試しください。
 これまでの習慣を変えるのは初め少し違和感があるかもしれません。でも、結構すぐ慣れるものです。
 ささいなことかもしれませんが、毎日行うことの積み重ねは小さくないと思います。

 今回は気というものを簡単に感じられる方法について書いてみたいと思います、
 気功の本などでは両方の手のひら間で気を感じる方法がよく出ています。(手のひらをこすり合わせてから離したりくっつけたりする、両手のひらの間で呼吸するようにするなど)
 しかし、それらのことをやってみても、気を感じられないという人もいると思います。私も昔から面白そうだと挑戦していたのですが、その方法ではうまく気を感じることはできませんでした。
 そんな風だったのであきらめていたある日、「象気功」というネットのサイトに他では聞いたことのない気の感じ方が書いてあり、その場で試してみたところ、今まで感じられなかった気の感覚がすぐに得られました。(これを知らなければ一生気を感じられなかったと思うので、ちょっと変わったサイトですが「象気功」には感謝しています)
 気が感じられたのでしばらくは嬉しかったのですが、でもよくよく考えると、これができてやっと気功の入り口に立ったといえるにすぎません。しかし、私の気の感覚は、それ以降、努力が足りないせいか、手の甲で感じる以上に強まったり、発展したりはしないまま今に至っています。
 ですから今回の記事のタイトルは「初級編」となっていますが、「初級」の次の段階についての説明は残念ながらない、ということを最初にお断りしておきます。
 しかし、この方法ができるようになれば、気の感覚がつかめますし、気を使って後のほうで書く興味深いことも行えるようになるので、気を手のひらで感じようとしたけど、私のようにうまくいかなかったという人に一度試してもらえたら思います。

 手のひらではダメだった私が行ったのは方法は、手の甲で気を感じるというものです。
 やり方はまず手を軽く振り、手のひらを自分のほうへ向けるようにして柔らかく保ちます。
 それから両手をゆっくりいろんな方向に動かして、手の甲が温かくなる感覚がする位置を探します。ボワーっとした温かさが感じられれば、絶対と断言はできませんが、それが気を感じている状態です。(私は温かいものを感じますが、気の種類は静電気のピリッとした感じのものや圧力感、微風がスーっと吹くかんじなどがあるそうなので、そういった気を感じる人もいるかもしれません)
 何らかの感覚が得られたら、今度はその手の甲の感覚を逃さないようにして、できるだけゆっくりと両手を動かします。気の感覚が無くならない位置を感覚で探りながらゆっくり動き続けていくと、感覚がかなりハッキリとつかめてきて、いつでも意識したときに手の甲で気を感じられるようになります。そしていつでも感じられるようになったら、今度は手の甲を向い合せてみると、さらに強く気を感じられると思います。
 「象気功」によると手で気を感じられれば、私たちのまわりに無限に存在する気をつかんで取り込むことができるそうです。そのために手のひらだけでなく、手の甲のほうでも気を感じるようにする必要があるということです。
 気を感じるところは手のひらというイメージがあるので、甲の感覚は見逃されがちになり、私のように甲でしか感じられない人は、いつまでたっても感じられないことになってしまいます。

 おそらく気功の本で紹介される気のボールを作り、それを体に中に入れて動かすといったことは、手のひらで気が感じられないとできないように思います。
 その点、私はずっと手の甲どまりですから、そういったことが行えないのは残念ですが、それでも手の甲で感じる気を使ってかなり面白い経験をすることはできました。
 そこで、ここから手の甲で感じた気の応用法について書いてみます。

 まず、気で食べ物の味をおいしくすることが出来ます。
 味を変えたい食べ物に手の甲で感じる気を当てるようにします。そうすると味が違ってくるので、私はぬか床や炊く前の米なんかに気を入れていました。面倒なので今はたまにしかやってませんが、これおいしくなるのは確かに感じられます。
 その次に、樹木功という木の気・エネルギーを取り入れることができるようになります。
 木は長い一生を同じところにとどまり天地の気をじっと受け続ける、大きなエネルギーの塊といえる生き物です。そんな樹木の膨大な気を樹木功で分けてもらうことができます。
 樹木功を行う木は、大きくて勢いのある、自分が何となくいいなと思うものを選びます。何となくですが良い気を感じるのはヒノキ・マツ・サクラの木などです。
 行う前の注意事項としては、木と仲良くなって気を分けてもらうものが樹木功だと私は思うので、始める前のあいさつと終わった後の感謝の言葉は忘れずにかけたほうがいいと思います。
 樹木功のやり方は、まず選んだ木の根元に立って幹のところに手の甲(できる人は手のひら)をかざして柔らかく保ちます。そしてその手をゆっくり動かしながら気の感覚を探します。
 気の感覚が得られたら、呼吸に合わせて手の甲を通して木と自分の気を循環させるように意識してみます。息を吸ったときに木のエネルギーが甲から体内に入ってきて、吐いたときに私の気が木に入っていくという感じです。
 これを行うと体にたくさんの気が入って、姿勢が自ずとよくなってきます。
 私は山登りの途中で大きな木を見つけると行うことが多いのですが、行ったあとは体が軽くなり、嘘のようですが楽に山道を登れるようなります。
 また、新鮮な気が満ちた朝の屋外や自然豊かな森の中だと気を感じやすいので、この樹木功を行うのと同じやり方で気の循環をさせることもできます。
 樹木功は本当に気持ちよく、自然の大切さを感じさせてくれる興味深いものなので、気の感覚を得られたらぜひ行ってみてください。
 他に、気で出来ることは、私はあまりやったことはないですが、気を体の調子の悪いところに当ててみることができます。
 これでいろいろな症状がよくなるというのは、よく言われることなので試してみる価値はあると思います。
 また、遠隔気功というのも、目の前にいない人の写真や頭の中でイメージした人の像に気を当てるというやり方で行うそうなので、遠くにいる人を力づけたいときに祈りの意味も込めて行うのもいいかもしれません。

 今までこのブログでは、自発動や静功、タントウコウなどといった気功の功法を私なりにアレンジした健康法について多く書いてきました。
 そして、それらの健康法の中でも自発動という功法を私は基本として考えてます。
 自発動は体を無意識に動かして、体の歪みを整えていくというものです。この動きは体内の気の働きも関係して起きているはずですが、自発動を起こすこの気は、温かさや圧力感など手で感じられる気のようには、私の体の中で感じることはできません。
 中国では、気に「精(物質的な力、精力など)・気(精と神をつなぐエネルギー)・神(意識、精神の力)」という種類があると考られています。気功の深い修練では精を気に変化させ、気を神に変えるということを行うとされます。
 ニンニクを食べて「精をつける」という言い方があるように、精は肉体的なエネルギーと関わります。そして、この精という気は物質的な面があるものとされていますから、手で感じる温かさといった気は精の気と言えるかもしれません。
 そう考えると、私がいつまでも手のひらで気を感じられないのは、体が弱く精の気エネルギーがあまりないからかもと考えてしまいます。

 今回は久しぶりに、「滑舌を良くする方法」「足音を小さくする方法」など、自分でも効果があるのか分からない記事の多い小ネタのカテゴリーに入るものを書いてみようと思います。
 この風呂上がりの体の拭き方も、知っていればもしかすると役に立つことがあるかもしれないので、よろしかったらお付きあいください。


 これからだんだんと寒くなる時期ですが、特に寒さを感じて嫌だなと思うのは、なんといってもお風呂に入るときです。私は痩せているので、風呂場の寒さは骨身にこたえます。(体を洗っている途中でも寒くなってしまい、湯船に入って体を温め直さなければならないほどです)
 冬の入浴の寒さで問題なのは、入ったり出たりするときだと思います。入るときに服を脱いで寒くなったり、出るときに温かい浴室から寒い脱衣所に移ったりすると、急激な温度の変化で血圧が上がってしまい具合が悪くなる人もいます。そのため冬には脱衣所を温めることが勧められていますが、これはとても有効な方法でしょう。

 そして、風呂上がりに寒くならないための工夫で、浴室で体を拭いてから出る、という方法もあります。
 濡れた体の水分が乾いて気化すると、体の熱を奪ってしまうということがあります。したがって湯船から出たら、温かい浴室ですぐに体を拭いてしまうほうが良いのです。
 寒い脱衣所に移って体を拭くのは、場所の寒さとともに、時間がたって濡れた体の水分が乾くということも加わるので、余計に体を冷やしてしまいます。
 浴室で体を拭くために、バスタオルを浴室の中か、浴室の扉を開けてすぐのところに置いておくのが良いでしょう。
 脱衣所で拭かないようにするだけで、かなり寒さを軽減できます。私は誰でもこうしていると思っていましたが、そうでない人も多いみたいです。
 また、この拭き方のほかにも、私は入浴時に一年中温冷刺激を行っているので、風呂上がりに寒くなることはあまりありません。(温冷刺激とは水のシャワーを手足にかけて湯に入るのを数回行うことです。詳しくは「冷えとり下線文」の記事をご覧ください)

 まあ、冬の入浴時の寒さ対策といっても、基本的には風呂につかって十分体を温めれば問題はないことだと思います。
 でも、私の家では本当にたまにですが、ボイラーが凍ってしまったり、燃料の灯油がなくなったりして、風呂に入ったはいいけどお湯を温められないという時があります。寒い時期にぬるい湯から出ると滅茶苦茶に体が冷えて、一気に風邪をひきそうになってしまいます。
 しかし、そんなとき寒くならずに風呂から出られる秘策が、今回紹介する体の拭き方です。
 あまり使うときないのでそれほど大事な情報でないのは確かですが、そんなシチュエーションが絶対にないとは限りません。覚えてもらえばいつか役に立つことがあるかもしれません。

 それでは「ぬるい湯から出るとき体の拭き方」を紹介します。
 まず自分がいつも行うように拭き始めますが、寒くても慌てないで拭きます。(もちろん浴室で拭いてください)早く拭いてしまおうとバタバタすると、風にあたって余計な寒さを感じてしまいます。
 落ちつきながら拭いていると、特に寒く感じられる体の部分がでてきます。そうしたらその箇所を拭くようにします。
 こうやって、「いつも通りゆっくり拭きながら、寒い部分を感じたらそこを拭く」ということを繰り返します。あちこち寒かったら、一番寒く感じるところから順番に拭いていってください。
 お湯がぬるかったとしても、この拭き方だとなぜかじわっと体が温かくなり、湯冷めすることはありません。

 寒いときに、ぬるすぎる湯から上がらなければならないシチュエーションなんてあまりないと思いますが、もしあったらこの寒く感じたところを拭く方法お試しください。
 あと、私は必ず湯船につかりますが、一年中シャワーを浴びているという人もいると思います。そういう人は冬のシャワーで寒く感じるときがあるはずなので、この方法を知っていれば役に立つのでは、とも思いました。



 「最悪」「むかつく」「ダメだ」「嫌だな」「困った」「ウザい」「だるい」「お金がない」「なんで自分ばかり」「だって」「どうせ」「~しなきゃ」「誰々と比べて自分は」・・・などネガティブな言葉といって思い浮かぶのはこういったものですが、これらの言葉が口癖になっていたり、心の中でいつも言ってしまったりしている人もいると思います。
 そういう人は、現実がネガティブなことだらけだからそれに合った言葉を言っているだけ、と思っているかもしれません。
 しかし、よく言われる「引き寄せの法則」では、ネガティブな言葉ばかり口にすることで、良くない現実を引き寄せてしまう、とされています。例えば、「むかつく」「ダメだ」と口癖で言っていると、そういう言葉を言いたくなる現実が目の前にいつも現れる、ということが起きるそうです。
 ですから逆にネガティブなことはなるべく口にせず、意識的に明るく良い言葉を使うようにすれば、ポジティブな現実を引き寄せ、自分のためになると言われています。
 「ダメだ」「なんで自分ばかり」といった言葉がでてきても、「そんな自分だけどよくやっている」と最後につけ加えるようにすればいい、なんてことも聞いたことがあります。
 

 ネガティブな口癖は言いたくて言っているわけでなく、たぶん無意識にでるものでしょう。だから言わないようにすることはかなり難しいはずです。
 私はネガティブなことは人前でなるべく言わないようにしています。それを口にしても状況を改善させることはないし、暗い気持ちになるだけ、と考えているからです。しかし、「ダメだ」「自分なんか」といった言葉が思い浮かんだり、独り言で言ったりすることはけっこうありました。(別に困ったシチュエーションでなくても出てきます)
 そして、そんな言葉がよく出るのは、自分の奥深くにそういったものがたくさん渦巻いているからではないか、と思い落ちこんだりもしました。
 でも、ある時ネガティブな口癖を減らす方法をふと思いついて、それを試してみると、とても効果があるように感じられました。最初は、本当かなと半信半疑でしたが、実感できるほどネガティブな言葉が出てこなくなったので驚きました。
 誰にでも効果があるかは分かりませんが、ネガティブなことばかり口にしてしまい困っている、という方に一度試してもらいたいと思う方法です。


 やり方はとても簡単です。
 まず、口癖になっている言葉を言います。そのとき、その言葉の語尾を伸ばすようにして、息が切れるまで言い続けます。例えば「ダメだ」なら、「ダメだーーー」というかんじで吐く息がなくなるまで言います。息の吐き方は自然に行い、無理をして力を入れるほど吐かないでください。
 やることはこれだけです。何回か続けてみてください。
 この方法をネガティブな口癖・思考がでるたびに行っていくと、あるときそれらの言葉を口にしなくなっている自分に気づくと思います。(内面のネガティブな性質を完全に無くせるということはありませんが、口癖や思考が出なくなるだけでも気持ちは楽になります)

 この方法は、他のいろんな言葉でも行うことができます。
 ネガティブな口癖から、怒ったときに出る言葉、嫌いな人の名前、苦手なこと、困ったこと、嫌な感情を引き起こす言葉、自分がこだわっていること、止めたいこと、などを語尾を伸ばして言えば、それらの言葉をあまり口にしなくなったり、嫌なことが気にならなくなったりするのが感じられると思います。
 またいろんな言葉で試したあとに、「わたしーーー」と言ってみるのも面白いでしょう。
 ネガティブなことが起きる原因は外の世界ばかりにあるのではなく、過剰になった「わたし」という意識がもたらしている面もあります。そこで「わたしーー」と言って自分への意識が軽くなれば、ネガティブになりがちな気持ちも少し楽になるかも、なんて思うのですが・・・(あくまで想像です。でも「わたしーー」と言ってみることに何らかの意味があるとは思います)
 言葉を変えてやってみるといろんな効果があると思うので、気軽に試してみてください。


 この方法に多少なりとも効果があるのは、以下のような理由からではないかと私は考えています。
 「むかつく」「バカ」といった言葉は大きな声で言えばスッキリしますが、人に向かってはなかなか言えないですし、一人で大声で言うなんてことも難しいでしょう。また「ダメだ」「自分ばかり」という口癖も頻繁にいえば周りに嫌がられますし、大声で言っても空しくなってしまいます。
 ネガティブな言葉を言うという行為には、嫌な感情を吐きだすという精神衛生的な意味があります。それでも、やはり言いすぎれば周りに悪影響を与えて、「引き寄せの法則」のようなことも起きるだろうし、自らの心身を固くさせて活力を失わせる原因にもなるはずです。
 でも、こうやって言葉の終わりを息の切れるまで伸ばせば、大声で言ったのと同じように気持ちをスッキリさせる効果があって、感情の切り替え・解消をもたらします。
 呼吸法のようにこの方法を続ければ、自他にマイナスをもたらす言葉・思いを息とともに吐きだせて、それにこだわることが少なくなるのだと思います。







 ふだん、役所やお店とかで立ったまま住所・名前を書くことはよくあると思います。
 こんなとき、字の上手な人なら何も気にすることなくスラスラ書けるはずです。
 一方、字がうまくない人は、書きなれている自分の名前・住所であっても、少し憂うつになるかもしれません。私なんかも自らの書く字を見て嫌になってしまう方です。
 私は写経やペン習字が趣味で、ここのところ3年以上、時間を見つけては練習しています。でも、先生に習わず自己流でやるのが良くないのか、あまり上達しません。完全に下手の横好きになっています。
 座って書く字がうまくないのだから、立って書けば下手になるのも当然でしょう。本当にヒドい字になってしまいます。
 店とかで名前を書くときには、クシャクシャっ、とコントロールがきかない感じでいつも書いてしまいます。
「ていねいに書く必要のないものだからこうなるんだ」
と内心無理に納得するようにしているのですが、実際はどうにもうまく書ける気がしません。ですから、役所の書類みたいなかしこまって書くものも当然ダメです。
 

 そうはいっても、立って書くときはあまりに下手すぎる気がします。ペン習字を始める前よりひどいくらいの字です。
 きれいに書こうとしても、字のうまくない人が投げやりに書く字みたいになるのはどうしてもおかしい、と少し考えるようになりました。
 そこでこの前、初めて立って書く練習をしてみたのですが、いろいろ試してみるうちにうまく書けない原因が分かりました。
 
 その原因は、どうやら紙を自分の体の近くに置いて書いていたからのようです。

 紙を置くのは、書く体勢をとったときの目の位置から机へ垂直に線をおろして、そこから15センチは向こうに置くようにする。こうすると少しは自分の思うような字が書けるようになります。
 思うようなと言ってもたいした字ではないですけれど、今までと比べるとだいぶ違います。
 たぶん、私は立って書くのに背中が丸まり前かがみになるので、紙を体の近くに置く癖がついていました。そして、その悪い姿勢のために、あせったような下手な字を書いてしまっていたのだと思います。
 紙を離して置くと、自然に背筋の伸びた正しい姿勢になって、ゆっくり線が書けて良い字になるのでしょう。
 これを続けていけば、立って書くときも、少しは自信を持てるようになり、字もちょっとずつ良くなるのではないかと期待しています。
 立って字を書くのが苦手な人もけっこういると思います。すべての人に当てはまるかは分からないところもありますが、一度お試しください。


 この方法、立って字を書くシチュエーションの中で一番困るもの、結婚式の芳名帳に名前を書くときにも使えるはずです。
 またお店とかで、人の見ている前だと手がふるえてうまく字が書けないという人にも多少役立つのではと思っています。


プロフィール

Author:まやと
努力なしで最大限の成果を得られる健康法を日々探求しています。趣味 野菜料理を作る 音楽を聴く
ツイッター@mudoryoku

最新記事
TWITEER
まやとツイッター@mudoryoku
フリーエリア
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ